76.音
……さて、盛り上がりはしたもののどうするか。
ステラのきらきらした瞳が俺を見つめている。
整理しよう。
このフラワージェネラルの魔弾はそもそも何なのか。
いわゆる消える魔球には色々と種類がある。
グラウンドの特性を利用したり、投げ方だったり――ボールが本当に消えるわけではない。極端に見えづらいだけだ。
だが魔弾は本当に「見えない」のだ。
話を聞く限り、魔弾に付与されている魔法は
【不可視】だろう。
【不可視】の魔法は対象を視認できなくさせる。
つまり魔法で見えない。
言うまでもなく無茶苦茶である。
【不可視】の魔法自体は衝撃で解除されるが、あまり意味はないな。
フラワージェネラルの射撃精度は極めて高い。
森の中でさえ、数百メートルを時速百五十キロメートルで正確に撃ち込んでくる。
……うーむ。
打ち返せるのか、これ……?
ゲームの中でさえ、このフラワージェネラルの魔弾は打ち返すものではなかった。
防ぐか避けるか――ほとんどのプレイヤーは防御力を高めて防いでいた。
避けようとするのも相当な物好きだけだったはず。
まして打ち落としはできても、打ち返して倒した人は知らなかった。
だが、ステラの反射神経や身体能力は図抜けている。ぶっちゃけ、普通のプレイヤーとは比べ物にならない――本物の超一流スポーツ選手のセンスを持っている。
……確かに打ち破れるだろう方法はある。
俺は前世の記憶で知っている。
フラワージェネラルの不可視の魔弾対策。
攻略サイトの掲示板で考え出されたが、実際に出来る人はいなくて駄目だった案。
それは――。
「手頃な布はあるか?」
「ありますが……どんな布でしょうか?」
「ああ、こうちょうど……」
俺は手のひらで目隠しの仕草をした。
ステラが目をぱちぱちとしばたたかせる。
「目を隠す、ですか……?」
「そうだ。それが魔弾を打ち破る特訓に必要なんだ」
見えなくても打てればいい。
なぜならフラワージェネラルの射撃は正確無比。下腹部を極めて高精度で狙ってくる。
そして弾は全て直球。変化球はない。
つまり見えない弾を振るタイミングさえ掴めれば、打てるはずなのだ……。
だが言うほど簡単ではない。結局、VRのゲーム上ではゲームという制約上、まぐれ当たりを超えられなかった。
現実ではストレートのみなら、タイミングを合わせられる超人はいるだろう。
そしてステラはその超人……のはずだ。
すみっこで忍者の人とレイアが話をしている。
「なんだか凄いことを始めようとしているでござるな」
「……そうですね……。その飽くなき挑戦者魂こそ、Sランク冒険者の証。『打て』……バットがそう伝えに来たような……良い言葉です。新しいステラ様グッズを作りましょう」
「レイアは商人魂が旺盛でござるな……」
その後、布を取ってきたステラに俺は伝える。
「……特訓はする。しかしハードなものになるぞ」
「大丈夫です……! 私、体力だけはありますから……!」
「そうか……。だがキツかったら言うんだぞ」
「私は五日くらい寝なくても大丈夫ですが……。エルト様はどれだけ付き合ってくださいますか?」
「えっ?」
…………。
うーん……。
そこまでは、無理やね……。
◇
夕方。
風は収まり、涼しくて過ごしやすい。
一足先に俺とウッド、ステラは村へと戻っていた。
草だんごは置いておいて、まずは特訓のためだ。
広場には目隠しをしたステラが立っている。
すでにバットも構えていた。
ふむ……我ながら無茶な特訓だな。
本当にこんなので見えない魔弾を打てるようになるのか?
スポ根漫画の読み過ぎでは?
い、いや……ステラなら、英雄ステラならきっとこの特訓で何かを掴めるはず。
俺はボールをにぎにぎする。
まずは遅い俺から投げて、本当に打てるか試そう。
駄目なら別の特訓だな……。
「……俺が打たれたら、ウッドの番だからな」
「ウゴウゴ、わかった!」
ウッドは投げるとかなり早い。百数十キロはあるはずだ。
しかし、とりあえず言い出した俺から投げることにしよう……。
多分、ウッドの投げた球を見えずに打ったら成功なんだろうが。
果たして、そううまく行くんだろうか。
まぁ、やってみるしかないか……。
「じゃ、じゃあ投げるぞ……。投げるときには合図をするから、それに合わせるんだ」
「はいっ!」
練習方法としては悪くないはず……。
実際、バッティングは「見て判断して」やっているものではない。
マウンドから投げたボールは、ミットに到達するまで0.4秒以下だ。
考える時間はない。
ピッチャーの得意球や癖、直前の構えやカウント等々。
様々な手掛かりから本能的に、身体を反応させている。
そしてフラワージェネラルの弾は規則的な間隔で正確に放たれる。
タイミングを掴めれば、ストレートはそれなりに打てる……はずなのだ。
そして俺が狙うのは、ど真ん中のストレート。
それが打てれば魔弾も打てる。きっと。
俺は振りかぶり、すっと投げる。
「それっ!」
よし、うまく投げられた。
球は狙い通りストライクゾーンに収まり――。
カッキーン!
ステラが振った。そう思った瞬間に、俺の身体のすぐ横を打球が通り抜ける。
もうちょっとで当たってた。
完璧なピッチャー返しだ。
「……どうでした? おからだの横を通り抜けたはずですが……」
ええっ……?
見えてないよな?
声でタイミングを合わせるしかないはずだけど……。
というか、今の狙ったの。
「完璧だが……」
「やった……! なるほど……タイミングを掴めれば、打てますね!」
いや、すぐには打てんが。
そりゃ数を重ねてタイミングを覚えれば、当てられる……そのレベルの話のはず。
そうだよな……?
すごい方向に自信がなくなってきた。俺が知らないだけで、プロ野球選手のセンスとかは始めからこのレベルでだったりするのか?
「……よし、もう一球投げるぞ」
試すしかない。
俺は振りかぶり、同じように投げる。
「せいっ!」
カッキーン!
打ち返された打球はまた、俺の体の横を通り抜ける。
も、もう一度……。
「せいっ!」
カッキーン!
「せいっ!」
カッキーン……!
……それから十球。
うまく投げられたとは思う。
そしてステラのバッティングは完璧だった。
全て芯を捉え、打ち返している。
うーん……すごい。
ちょっとした合図で打てるものなのか?
「どうですか……!?」
「俺の投げる球だともう練習にはならないな……。よし、次のステージにいくぞ!」
「ウゴウゴ、おれのでばん?」
「そうだな。今度はより早くなるぞ」
「はい、よろしくお願いします……!」
ま、まぁ……これは嬉しい誤算だ。
とりあえず目隠し特訓は多分、意味がある。
後は速度と徐々に掛け声なしでできるかどうかだが……。
◇
それから日が暮れ始め、段々と薄暗くなってきた。
この特訓は投げる方が大丈夫なら、ずっと続けられるのが利点か。
広範囲は無理だけど、見えやすくする魔法はあるしな。
【月見の苔】
光る苔がステラとウッドの間を照らす。
まさか野球の練習にこの魔法を使うとは思わなかったが……。
だが、それよりも問題があった。
「……も、もうワンセット……!!」
「ウゴウゴ、わかった!」
今やっているのは掛け声をして最初の球を投げ、五秒後に次の球を投げる。
これをワンセット。
二球目は掛け声はなし。一球目のタイミングだけで打つ。
簡単どころか、明らかに超人レベルの挑戦だが……。
しかし打ち返せなくなった。
二回に一回、掛け声を減らした――でもその影響は絶大だった。
一球目は打ち返せる。凄い。
でも五秒後の二球目は当てることさえ稀だ。打ち返すには程遠い。
ウッドの投げ方は完璧である。疲れもせず、一回覚えれば正確に繰り返せるからな。
これは植物系の持つ隠された強み――フラワー種の魔物とも共通する強みだ。
「……うぅ……!」
やはり手掛かりが減ると打てないか。
まぁ、目隠しをしても声だけで打ち返せるだけで神レベルのバッターだろうが。
このまま続けても、ステラが疲労していくだけだ。
これは諦めるしかないか?
他の方法を……。
……いや。まだだ。
音があれば打てるのだ。
それはウッドの投球でも変わらない。
目を閉じていても、ステラは音で打てる。
問題はどれほどの音が必要かどうか。
少なくても弾が飛ぶシュー……という音だけでは無理。
それで打てるなら、もう打ててるはずだ。
ステラももう少し手掛かりがないといけないのだ。
それを俺も知らないと解決できない。
ステラの限界、反応できるぎりぎりとは何だろうか?
何かが引っ掛かる……。見落としている気がする。
思い出せ。
見えない魔弾……そう、見えない。音も普通に飛ぶ弾程度しかない。
……うん?
待てよ、それだとおかしいぞ。
さっきの話だと、フラワージェネラルの射撃はステラを狙ったはず。
しかしステラは避けている。
避けるので精一杯、打ち返せなかった――いや、それはおかしい。
なぜステラは避けられた?
自身を狙う見えない魔弾を、どうして回避できたのか。
野球ならそこは問題じゃない。見えなくてもストライクを取られるだけだから。あるいはボール判定になるだけ。
でもフラワージェネラルの魔弾は避けないと怪我をするはずだ……。
そこに秘密がある、気がする。
「……ステラ、ちょっと聞きたいんだが」
「はい……なんでしょうか?」
「さっきの森で魔弾を避けたと言ったよな。どうやって避けたんだ? あれも見えないだろ?」
「…………そうですね。森の中は音がするから、なんとなくですけどわかるんです」
「…………」
音。
俺の中で、何かが噛み合った。
「ここだとわからないのか?」
「ええ……。不思議ですね、広場だと聞こえないんです……。わかりづらいというか。すみません、うまく説明できてないですよね……」
「いや、十分だ」
ステラが小首を傾げる。
わかった。
多分、俺の考えで合っている。
ステラは無意識に音で弾を把握して回避していたのだ。
この世界ではまだ原理的な物はわかっていないだろうが、俺には前世の知識がある。
エコロケーション。
森には樹木があった。飛んでくる弾の音の反響を手掛かりに、避けることだけはできたのだろう。
まぁ、超人的な能力だが……世界的な冒険者だからこそ無意識、本能的にやっているのかもしれない。
だが、もし反響がきちんと拾えるなら。
打てる――かもしれない。
こんなやり方は前代未聞だろうが……。
俺は静かに呟いた。
「……試してみるか。反響打法」
お読みいただき、ありがとうございます。