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74.不可視の魔弾

 翌朝。

 また森に集まり、フラワーアーチャー討伐が再開された。

 基本的には朝に集まり、夕方まで討伐。

 そして夜は村に帰って休む……このサイクルの繰り返しだな。


 昨日と同じように俺はまた盾作りだ。ペース的には大丈夫なので、またひたすら作るだけだな。


 そして指揮所ではレイアと忍者の人が朝から状況確認をしている。

 ……レイアは相変わらずコカトリス帽子を被っているな。

 忍者の人も黒ずくめだし、俺は盾を作り続けている。ぱっと見はよくわからない謎の空間だった。


「朝イチから偵察させているでござるが、昨日の夕方から敵に変わりなしでござるな。そして敵全体がゆっくりこちらに向かってきているでござる」

「予定通りですね。今日も敵を削りながら――そろそろ敵本陣が掴めそうですか?」


 実はボス個体がいる敵本陣には、まだ偵察が入り込めていない。

 わかっているのは外周の部分だけ。本陣には数百のフラワーアーチャーが密集しているからな……。まだ詳細はわかっていない。


「今日か明日にはわかるでござる。本陣の大きさからして、本陣のフラワーアーチャーは三百数十体。外から見える敵本陣に、ボス個体は見当たらないでござる。恐らく中央にいるのでござろう」

「敵の残りは七百五十体ほど。今日中に二百体は倒したいですね」

「レイアの指揮ならイケるでござろう」

「……私というよりは、実際に戦う冒険者の皆さんに頼ることになりますが」

「皆、冒険者で――ギルドマスターはレイアだろう? なら、それもある意味レイアの力だ」


 俺の言葉にレイアが微笑む。

 なんというか、驚きと喜びが混じったような顔だ。


「……おかしなことを言ったか?」

「いえ、ありがたくお言葉を頂戴いたします。ご期待に応えるよう、全力を尽くします……!」


 そしてレイアはおもむろにコカトリス帽子の紐を引っ張った。


 ぴよ!


 うん?

 ……なぜ今、紐を引っ張ったんだ?

 忍者の人がこっそりと俺に耳打ちしてくる。


「照れ隠しでござる……。いつもコカジャンキーとか言われているでござるからな」


 コカジャンキー……。

 コカトリスジャンキーの略だよな。


 危ない薬をやってる人みたいになってるぞ

 。

 いや、コカトリスは薬かもな……。最近、ディアがかわいくてしょうがない。

 もしディアをモデルにしたグッズが出たら、買って並べてしまうかもしれない……。


 ◇


 その頃、ヒールベリーの村。

 大樹の塔ではせっせと草だんご作りが行われていた。

 今日の夕方も軽食が必要だからである。


 ドリアードが並んでこねこねしている。

 もちろん半分くらいは、その場で消費されているが……。


 その中でマルコシアスも張り切ってこねこねをしていた。

 頑張る父上と母上のために……!


 こねこね。

 こねこねこね。


 汗を流しながら頑張っている。

 そうして出来上がった草だんごを、マルコシアスはドヤ顔でテテトカに見せるのだが……。


「ふぅ……ふぅ……。どうだ……!?」

「うーん、こねたりないですねー」

「がーん!」


 ばっさり。

 テテトカが草だんごに妥協することはない。

 匠の目は草だんごの出来映えを冷静に見極めるのだ。


「ぴよ……ぴよ……」


 ディアも布を敷いた草だんごを、足でふみふみしていた。


 ふみふみ。

 ふみふみふみ。


 前回よりも成長しているディアは力強い。

 片脚できゅっとふむ……もう片脚できゅっとふむ……。それを交互にやっていく。


「どうぴよ?」


 多分こんな物かなとディアは思って、テテトカに訊ねる。

 その草だんごを手に取り、じっと見つめるテテトカ。

 ややあってテテトカが言う。


「できてますねー」

「やったぴよ!」

「ううっ……我は役に立たないのか……」

「腕だけでやってるんですよー」

「かたとこしもつかうぴよ!」

「ど、どうやるんだ……?」


 首を傾げるマルコシアス。


「のばしたうでをぴーんとさせるぴよ。それをかたとこしでおしこむぴよ」

「伸ばした腕を……? ほうほう」


 マルコシアスは言われた通りに腕を伸ばす。

 そしてそのまま、草だんごに手をついてこねこねし始めた。

 腰を動かし、肩でぐりぐり押し込むように……。


 こねこね。


「そんなかんじぴよ」

「ええ、その方がいいですよー」

「なるほど……!」

「かあさまがいってたぴよ。うでだけだと、ちからはいらないぴよ!」


 ぐっと羽を伸ばして力説するディア。


「おおー、なんだかとっても説得力あるぞ!」

「こしとかたをきわめて、こーしえんぴよ!」

「こーしえん、ですか?」


 テテトカが首を傾げる。


「そうぴよ、かあさまがいってたぴよ。なんだかたいせつなところぴよ。うつのをがんばるといけるぴよ」

「我も聞いたな。木の棒を振ると到達できる極地とかなんとか……」

「へー……そうなんですねー」


 テテトカが頷く。

 ならきっと、違うのだ。

 自分が――テテトカが聞いたことのある「こーしえん」とは。語感が似ているだけか。


 この寒い季節を一区切りとして……千回ほど前。

 つまり千年ほど前。

 ドリアードに寿命はないので、時間は問題ではない。

 全てを覚えているわけではないが、忘れてもいなかった。普段は考えないだけなのだ。


 それくらい前に、テテトカは「こーしえん」と女王から聞いたことがある。

 でも、女王は言っていた。「こーしえん」は投げる者の聖域だと。

 打つ者の極地ではない。そんな話は女王は――旅立った女王は全く言っていなかった。


 なら違うのだろう。ステラが言っていた「こーしえん」とは。

 なにせ遥か前の話だし……。

 うん、違う話だ。


 テテトカはそこで思考を打ち切った。

 とりあえず、やることをやらないといけない。


 草だんごを作って、食べる。

 これをやらないとなにもかも始まらない。


「さ、どんどん作りましょー。夕方には持っていかないとですからねー!」

「わかったぴよ!」

「頑張るぞぉ!」

「はいー、たくさん作りましょー!」


 ◇


 その日、ステラとウッドは敵本陣へと近付きつつあった。

 周辺部の敵を削るのは他に任せ、まずボス個体を確認するためだ。


 フラワーアーチャーの警戒網はレイアの指揮でズタズタになり、穴だらけになっている。

 確かめるなら――早めに。

 ステラ班とアラサー冒険者の班はフラワーアーチャーを倒しながら突き進んでいた。


 それには理由がある。

 フラワーアーチャーのボス個体はフラワージェネラル。

 これは決まっている。

 しかし、フラワージェネラルには厄介な特性がある。強大な魔力で自己を強化するのだ。


 場合によってはドラゴンよりもタフな耐久型、あるいは高速でフラワーアーチャーを生み出す生産型……。

 個体による戦闘力と特殊能力の幅がかなり大きいのだ。


 そのため早い段階でボス個体を確認するのは必須である。

 ボス個体の特性によっては、作戦全体を修正する必要があるかもしれないからだ。


 この確認には視力の良さが要求される。

 薄暗い森の中、フラワーアーチャー三百体の奥にフラワージェネラルはいるのだから。


「……そろそろボス個体が見えてくる頃ですかね」

「ああ、そのはずだ……」


 知識があり目も利くアラサー冒険者が静かに言う。

 敵本陣は他にいくつもの班がつついているが、本命はステラ班とアラサー冒険者の班だ。


「早く確認できれば、それだけ優位になるからな……」


 言いながら、アラサー冒険者はするすると木登りする。器用なものだった。


「俺も元偵察班出身だ……。あと少し、あと少しで……」

「もうひと突きしましょうか?」

「いや、姿を確認したらすぐ下がるから……あっ、やべえっ! 避けろ!」


 アラサー冒険者の声が飛ぶ。

 瞬間、ステラは殺気を感じた――冷たい無機質な殺気。

 フラワーアーチャー特有のものだ。


 狙われている……!

 ステラはとっさにそう感じた。


「……っ!」


 避けられたのは幸運だった。

 ステラが身体をひねった脇を、一瞬の風が通り抜ける。


 ズドォォォン……!


 低い音を響かせ、ステラの背後の樹木にそれが――フラワーアーチャーの弾がめり込む。


 樹にめり込むまで、ステラには弾が見えなかった。

 速すぎたのではない。

 普通ならステラには捕捉できるスピードだった。


 単に見えなかったのだ。


 アラサー冒険者が樹から降りながら叫ぶ。

 すでにボス個体の見極めは終わったようだった。


「ちっ、厄介だな……。ボス個体は魔弾型だ!」


 射出する種に魔法を付与する。

 ゆえに長射程であり不可思議な弾を放つ――射撃特化のフラワージェネラル。


 かなりレアな型であり、ステラも実際に相対したことはなかった。

 倒してきた数十体のフラワージェネラルで初めてである。


 知らずにステラはぐっとバットを握りしめる。

 冷や汗が流れるが構ってはいられない。


 そして本能が告げていた。

 これを打たずして甲子園はない、と。

 なぜだかステラには、そう確信できたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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