73.ミスリルブレイカー
夕方、一日が早く終わったように感じる。
魔法に集中してたせいか。
いずれにしても討伐は順調なようだ。
誰も大きな怪我をせず、フラワーアーチャーを減らせたらしい。
なおフラワーアーチャーの討伐は昼間だけの予定だ。
夜、フラワーアーチャーはあまり移動しない。しかし近付くと昼と変わらずに攻撃してくる。
さらには夜でもフラワーアーチャーの射撃精度は変わらない。正確に振動と音を頼りに狙ってくるのだ。
そのため無理はせず、昼間のみ戦うことに決めていた。
そして今、レイアと忍者の人が今日の最終的状況をまとめている。
「……討伐数は約百八十体でござるな。目標よりも数十体多く倒せたでござる」
「はい、遭遇した上位個体のフラワースナイパーを難なく倒せたのが大きかったですね。いつもはそこで時間がかかるので……」
「ふーむ、しかし飛び抜けた戦果でござるな……。あのフラワースナイパーを瞬殺するとは」
フラワースナイパーか。ゲームの中でもそれなりに厄介な相手だったな。
フラワーアーチャーによく似ているが、射撃力と耐久力が段違いに高い。
その上、接近戦に持ち込んでもそれなりに強い――実は腕力もそこそこあるのだ。
割りと隙がないため、初心者の壁のひとつに数えられていた。
この世界でもフラワースナイパーは脅威度Bランク。
普通の冒険者は戦いを避け、ベテランパーティーがしっかりと多対一で対処すべきとされている。
つまりそれほどの脅威であるわけだ。
「しかもフラワースナイパーが放った弾を打ち返しての撃破でござる。まさに神業……」
忍者の人の言葉を受けて、指揮所の冒険者達が次々に、
「あの弾を避けたり防ぐのだけでも相当苦労するのにな……」
「魔法で倒すにしても、射程の外から一撃で倒すのは至難だぜ。しかも速攻で倒すなんて信じられない強さだ」
「これがSランクの実力か……。いや、Sランクでも頭ひとつ抜けてるんじゃ……」
ふむ、やっぱりステラは凄いんだな。
口々に褒め称えられている。
「あとはウッド様も素晴らしいですね。討伐数からしてBランク冒険者と遜色ないくらいです」
「それも驚いたでござる。弾は受け付けない、しかも力もあるのでござるからな」
「……ふむ、ウッドも役に立てているか。良かった」
今回は動く雷の時と違い、決まったルートを行き来するわけではない。臨機応変に指示通り戦えるか……しかも敵も味方も移動して変わる。
どうやらうまく立ち回れているようだな。これも成長してると言える。
あとはステラにあげたメイプルバットは役に立ったのだろうか。
プロでも使える物のはずなので、大丈夫だとは思うが……。
と、玄関口から歓声があがる。
「冒険者が戻ってきたぞ!」
「出迎えだ!」
お、森に散っていた冒険者達が帰って来たんだな。続々と冒険者達が指揮所に入ってくる。
皆、疲れてはいるようだが……怪我はしてない。それがなによりだ。
扉の外にウッドとステラが見えた。ぱたぱたと走って戻ってきたな。
ステラは玄関口に辿り着くなり、にこやかに微笑む。
その表情で俺は少し安心する。
どうやらバットも役に立ったようだな。
「エルト様……! バット、ありがとうございます!」
◇
「はいはーい、お疲れさまでした。草だんごをどうぞー」
その後、テテトカ達が補給に訪れた。
これも予定通り。軽く飲み食いしてから解散なのだ。
まぁ、森の中だと落ち着いて食べられないからな……。村に戻るまで飲まず食わずもキツイだろう。
その点草だんごはほどよく甘く、携行性にも優れる。
まぁ、メロンとかイチゴとかも用意してるんだが……。甘味は疲れを吹っ飛ばしてくれるからな。
そんな感じで、ざっくりとした軽食会が始まった。
「どんどん食べてくださいねー。おかわりはたんとありますし、作ってますからー」
テテトカが草だんごをこねながら言う。
「ほう、これが草だんごでござるか……」
「はいー。おいしいですよー」
こねこね。
こねこねこね。
テテトカが手を休めずに答える。
もちろん合間に作った草だんごを食べるのも忘れない。
ひょい、ぱく。
全くぶれない一連の動作である。
忍者の人が、そのテテトカの所作に目を見開いた。まぁ、初見だと驚くよな。
他のドリアードも当然、作りながら食べている。
「そ、その……食べているようでござるが?」
「食べますよー。作りながら食べるのが一番なんですから」
「……そ、そうでござるか……」
動じないテテトカ。
こう言われると引き下がるしかない。
「さー、後から片付けの人も来ますけど、どんどん食べましょー」
俺も草だんごをひとつ貰う。
もぐもぐ……。
ふむ、もちっとしてほんのり甘い。
もう食べ慣れた味だが、ゆえにおいしい。
「はふ……おいしいですぅ……」
ステラも幸せそうに食べている。バットは皮に包んで背中にくくりつけているので、ぱっと見は野球少女みたいだな。
「バットの使い心地はどうだ?」
「ええ、とても良かったです! 手に馴染んで振りやすくて……。私、久し振りに本気を出せました」
「そうか、それは良かったな……」
俺はステラの伝説を思い出した。
ステラのバトルスタイルが素手なのは、格闘術が極めて優れているのもある。
しかし、武器の方がステラの全力に耐えられないのだ。
聖剣を折ったり、刃が欠けたり……そういう話は俺でも知っている。
そのためステラの二つ名には『ミスリルブレイカー』というのもある。
ある時、ステラは一戦でミスリルの剣を十本駄目にしたのだ。嘆いたドワーフの鍛冶が付けたのが、そのあだ名という……。
「……まぁ、ひとつ作れて俺もコツが掴めた。また作れるから、折っても気にしないようにな」
「ええっ……!? い、いえ……そんな!」
「バットは折れるものなんだ……」
プロでもバットが折れることはある。
頻繁ではないが仕方ないことだ。
遠く高く飛ばすために、バットは振るしかない。振り続けるしかない。
「一打に全身全霊を込めれば、折れもする。本当に気にするな」
「……わかりました……。奥が深いんですね。得物が壊れるのも、高みに昇る過程でしかないと」
「まさにその通りだ……」
バットを惜しんで打たない打者はいない。折れるのは結果論だからな。
見逃し三振するくらいなら、振ってファールボールでも狙うしかない。
バットは相棒。でも犠牲にもなる。
厳しいがそれが現実。
それが野球というものなのだ……。
うん?
なぜ俺は野球のことをこんなに語っているんだっけか。
「ありがとうございます……。私、そんな風に言ってもらえたの初めてです。皆、武器を壊されるのは嫌みたいで……」
まぁ、バットだしな。
その辺りはよくわからんが……ステラがなんだか感動して頷いていた。
お読みいただき、ありがとうございます。