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72.本気とバット

 さて、本格的にフラワーアーチャー討伐が始まろうとしていた。

 いくつもの班が連携し、敵を撃破していく。


 偵察班、十人。

 工作班、十人。

 予備班、十人。

 戦闘班、二十人。


 これがレイアが連れてきた冒険者の内訳である。

 各班はさらに数人単位のパーティーに分割され、森に配置されていた。


 俺達の村からはステラ、ウッドとアラサー冒険者の一団――三十人が協力している。

 総勢八十人くらいの討伐隊というわけだ。

 ここに補給を担う村の人を足すと百人を超えるが、中々の大所帯である。


 レイアと忍者が次々と戦況を確認しあっては各班に指示を飛ばしていく。

 俺はそれを聞きながら、魔法で盾を作り続けていた。


「戦闘班Aが敵十五を撃破でござる。工作班Bは準備完了。戦闘班Dは敵三十を誘導中でござるな」

「ステラ班を戦闘班Dに合流。戦闘班AはCと交代。工作班Bはポイント十四へ移動、罠を設置」

「了解でござる。おっ、敵本陣は予定通り移動中でござる」


 こんな感じで絶え間なく全体を動かしているわけだ。

 この戦況確認は狼煙や伝令のみ。

 忍者の人が読み取った情報を元に、レイアが動かし方を決めているわけだ。


 いやー……結構大変だ。

 この前、姉妹を助けたときはあっさり倒せた気がするんだが――あれはステラとウッドが強すぎただけなんだな。


 普通の冒険者だとフラワーアーチャーを倒すのにかなり時間がかかる。

 この指揮所にいるとそれがよくわかるな……。


 と、少しして忍者が窓から見える狼煙をじっと見つめていた。

 何かあったのかな。

 ……この狼煙を読み取るのだけでも、えらい苦労しそうだ。

 ゲームの中だとこうした連絡はチャットや外部ツールで終わるんだが。やっぱり電子機器は便利なんだなぁ……。


「……ステラ班、合流してもう敵三十を倒したそうでござる。信じられないでござる……」

「さすが……。こちらもそれなりに手練れを連れてきたつもりですが、やはり最大戦力はステラ様とウッド様になりますね」

「討伐速度もそうでござるが、休みなく動き続けているのも凄すぎるでござる。並の冒険者数十人分の働きでござろう」

「そうですね……。ステラ班はそのまま戦闘班Cと合流して前進、敵を倒していきましょう」

「了解でござる!」


 ふむ、順調そうだな……。

 ステラに新しいバットをプレゼントした甲斐があったというものだ。

 やっぱりまともなバットがないと打者は映えない。


 こっそりチャレンジしていた、大リーグ認定バットの再現。

 植物魔法のイメージで作るには、曲線が難しかったのだが……。折を見て試しては失敗していた。

 しかしやっと……今朝、納得できるものが出来たからな。

 うまく使ってくれるといいんだが……。


 ◇


 一方、ステラとウッドは二人組の班となって敵を撃破していた。

 現在は戦闘班Cと一緒に行動している。


 そして今朝、エルトから新しいバットを貰ったステラは絶好調。

 フラワーアーチャーの弾を百発百中で打ち返していた。


 カッキーン……!


 また一体、種を弾き返されたフラワーアーチャーが崩れて倒れる。


 ステラが装備しているのは、メイプル材の大リーグ認定バット。

 やっとのことでエルトが生み出した逸品である。


 もちろんステラはこれを振ってすぐに良さに気が付いていた。

 これまでのバットとは全く違った。


「どうですか、このバット! エルト様がくれたのですが、やっぱり打った感触が違いますね……硬くてとてもイイ感じです!」

「ウゴウゴ、おとがちがう!」

「あと打球の伸びも! しなりはしませんが、私はこっちの方があってますね……!」


 バット、それは見ようによっては単なる木の棒。

 しかし実際には木の素材から細かく選定されるものだ。木の種類によってしなりが違い、打球にも差が出る。


 幸運だったのは、エルトが前世において実際にバットを握っていたこと。

 それなりに野球をやっていれば、凝ったバットを使うものだ。


 しかし正確に植物魔法で木の種類含めて再現するのは大変だった。

 少しでも歪むと台無しだからである。

 それこそ、この世界の職人が野球を知らずに作ったバットの方がマシ。

 数十本のバットがお蔵入りとなった。


 結局、出来上がったのは今朝になってしまった。

 本当は先端をくりぬき加工して、塗装までしたかったが……。

 ともあれ、エルトの感触で納得できるレベルのバットは仕上がったのだ。


「ステラさん、また敵が来るぜ……。今度はデカイ奴がいるんだが!」

「はい、そちらは任せて下さい!」

「わかった、雑魚はこっちで!」


 戦闘班Cのリーダーはアラサー冒険者。

 連戦で疲れも見えてきているが、ステラはまだ息も切れてない。


 連絡係の冒険者は、その光景に心底から驚いていた。英雄ステラが戦うのを目にするのは初めてであったが……。


「……なんて強さだ。フラワーアーチャーをあんな風に倒すだなんて」

「ああ、信じられないだろ? でもあれが真実なんだ。俺も他のSランク冒険者の戦い振りを見たことあるけど、ここまでじゃなかったぜ」

「ええ、俺も他のSランク冒険者を知ってますが……。木の棒ひとつでフラワーアーチャーに向かっていくのも頭おかしいですけど、それで倒すのはもっとおかしい」


 そんなステラ達の前に現れたのは、フラワーアーチャーの上位個体。

 フラワースナイパーと呼ばれる魔物だ。

 通常、フラワースナイパーはフラワーアーチャーの魔物二百体のリーダーとして現れる。


 その攻撃方法は率いるフラワーアーチャーの攻撃方法と同じ。だが、破壊力は桁違いだ。


 体長はフラワーアーチャーより一回り大きい程度。

 遠くから判別するのは難しい。


 しかし接近してくればその姿を見間違える者はいないだろう。頭部で弱点でもある花はフラワーアーチャーの三倍にもなるのだから。


「いいんですか……? フラワースナイパーの脅威度はBランク。普通の冒険者が敵うレベルじゃないですが……」

「はっ、彼女の心配をするなんて百年早いぜ」


 フラワースナイパーは悠然とフラワーアーチャーの群れから進み出てくる。

 本能で理解しているのだ――誰を倒すべきかを。この中で最優先で射つべき相手が誰なのかを。


 ステラも軽く息を吐き、バットを両手で構える。

 フラワースナイパーが放つ種は時速百五十キロメートル。

 まともに喰らえば、鎧を身に付けた冒険者もダメージを免れない。


 しかも弱点である花の耐久力はフラワーアーチャーの三倍。もはや普通の弓で射撃しても倒せない。

 ゆえにBランク。単独で兵士十人分の脅威があると評価されているのだ。


 しかしステラには気負いも不安もない。

 ……これまでに百を超えるフラワースナイパーを倒してきたのだから。


「ふぅ……!」


 フラワースナイパーが射撃体勢に入る。

 花が膨らみ、種が射出される。


 狙いはステラの腹部。

 ど真ん中のストレート……!

 命中まで、瞬きほどの時間もない。


 バチッ……!!


 強化の魔法により、黄金のオーラに包まれるステラ。

 筋力、反射神経……全てが人間の限界を超える。もっとも、負荷も大きいが。


 ドラゴン相手でも五秒以上の使用はしなかった。しかし刹那の強化でさえ、ステラは無駄にしない。


「……とらえたっ!」


 ステラは放たれた種を、フルスイングで打ち返す。


 カッキーンッ!!


 それはいままでにない手応え。

 エルトお手製の、真なるバットが生み出した芸術的一打。

 まさに会心のホームラン。


 神速の打球はそのまま、フラワースナイパーの頭部に命中する。


「……っ!?」


 フラワースナイパーはぐらりとよろめく。そしてそのまま、後ろ向きに倒れるのだった。


「一発で……!」

「ウゴウゴ、おおあたり!」

「よし、雑魚を追い込め!!」

「「おおおっ!」」


 ステラから黄金のオーラはすでに消えていた。この本気モードを一秒以上使うのは負担が大きい。


 だけども満足感がステラを包んでいた。

 これまでのバットだと、本気モードでは曲がるか折れるかしていただろう。

 だがこのメイプルバットは――耐えたのだ。少なくともこの弾ではびくともしない。


 ステラはこの新しいバットに確かな手応えを感じていた。

 ぐっと手のひらを握りしめる。


「……甲子園、近づいてきましたかね?」


 こうして討伐の一日目は終わったのだった。


フラワーアーチャー討伐率

冒険者による撃破+2%

ステラ・ウッドによる撃破+5%

23%

お読みいただき、ありがとうございます。

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