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59.心のノート

 俺は色々な人から聞いたり、読んだりした知識を思い出していた。

 ザンザスのダンジョンの特徴である。


「ザンザスのダンジョンで【生きている魔物】はコカトリスだけだったか」

「ええ、今のところ明らかになっている部分では……ですね」

「となると、何らかの原因でザンザスのダンジョンからここに来たか……。あるいは逆にここから連れていったのか」


 ダンジョンは魔力によって生成された特殊な空間だ。

 超自然的なフィールドが広がっている。

 しかしルールはある。

 そのひとつが生物は産み出せない、ということだ。


 そのためもしダンジョンに生物がいれば、それはどこからか連れてきたはず。

 原種となる存在がいるのだ。


 あとはこの通路の行き先か……。


「推測でいいんだが、もしこの地下通路がダンジョンに繋がっているとすれば、どこになりそうだ?」

「ええと……この通路は第三層【謎解きの庭園】ですね。なぞなぞやパズルしかないところです。そこにも未踏破エリアがあります」

「ふむ……その未踏破エリアとここが繋がっているかも、か」


 俺とステラが話し込んでいる間に、冒険者が集まってきた。

 穴はまだ光る苔に照らされている。覗けば普通に通路は見えるだろう。


 ステラと同じように考えた者がいたのか、段々と冒険者が熱気を帯びてくる。

 ザンザスのダンジョン入口は都市中央のひとつしかない。もし他から入れるならば大発見だ。

 ステラがぽつりと口にする。


「……二層のせいで荷物が限られますからね。希少な物はありますが、効率は良くないですし」

「ちらっと聞いたことがあるな……。この通路からショートカットできれば価値があるだろう」

「はい、金銭的な利益も大きいでしょうね。レイアも喜ぶでしょうし」


 その場合はもっとダンジョンに近い所に縦穴が必要だろうが。

 アラサー冒険者も興奮を隠さない。


「こりゃ、もしかして……本当ならとんでもない事ですぜ」

「ふむ……まぁ、そうかもな。まだなんとも言えないが」

「散々第三層にも潜ってきたんだ、間違いないですよ。しかし、こんな仕掛けがあるなんて……エルト様の魔法がなけりゃ、死ぬまで気が付きませんね」


 口々に冒険者達が意見を言い合う。

 どれくらい昔からあるか、他に知っている人はいたか……早速白熱してるな。

 が、誰も飛び込んで行ったりはしない。


 さすがにそこまで軽率じゃない。

 地下は意外と怖い。ガスや崩落、さらにトラップがあるかもしれない。


 プロである冒険者はそれを理解しているのだろう。

 発見は発見。しかし安全性は別問題。下に降りようとは言い出さない。


 そんな中マルコシアスは穴を覗きながら、周囲をぐるぐる歩き回っている。

 ……言い方はあるが、まるで興奮した犬みたいな……。


「父上……この穴なのですが」

「……降りようとは言わないよな? 危ないかもだぞ」

「ぎくっ。でも下から……」

「下?」


 マルコシアスが穴を指差す。

 その指し示した先には横穴が続いている……森の奥方向だな。

 あ、何かいる。


 光る苔にぼんやりと影が映し出されていた。

 その影が声を上げる。


「ぴよ?」

「あ、なかまぴよ!」

「ぴよよ??」


 影は戸惑ったように身じろぎした。

 あれはコカトリスか……?

 ぴよぴよ鳴いてるし。

 さっきと同じくらいの大きさの影だな。


「……ぴよ、ぴよー!」


 影はもう一声発すると横穴から姿を消した。

 横穴の奥へと走り去ったらしい。


「……いっちゃったぴよ」

「あれはコカトリスか……」

「そうぴよ。あなのしたからきたぴよ」

「あのコカトリスが走った先は、どこかに繋がっているらしい」

「このきのかげにいた、なかまとよくにてたぴよ。きっとかぞくぴよ」

「ディア、見分けが付くのか?」


 俺にはさっぱりわからなかった。

 さすがコカトリスクイーンだ。


「わかるぴよ!」

「そうか、ディアは凄いな」


 なでなで、ふさふさ。

 俺は褒めて伸ばすのだ。


「ぴよー……とうさまのて、きもちいー」

「我が主、我が主。我も影に気が付きましたよ?」


 すっとマルコシアスがディアに近寄る。


「すごいぴよ!」

「そうでしょう?」


 そのままマルコシアスは頭をディアの前に差し出す。

 うん?

 ……もしかして撫でて欲しいのか。


 しかしディアに意味は通じてない。

 マルコシアスの仕草はスルーされていた。

 まぁ、ディアは撫でられることはあっても自分から撫でることはないからな。


 少ししてマルコシアスがディアに上目遣いで、


「あの、我が主……?」

「ぴよ?」

「……マルちゃんは撫でて欲しいみたいだぞ、ディア」

「ぴよ、なでてほしいぴよ?」

「……(こくこく)」

「いいぴよ!」


 ディアが胸ポケットからちょこんと羽を出して、マルコシアスの頭を撫でる。

 ……うん、まだディアの羽は小さいからね。

 軽くなぞるくらいだな……。

 それでもマルコシアスは満足そうだが。


 あとマルコシアスは本当に地獄の侯爵か。

 ……今のところ忠犬マルちゃんだな。


 ◇


 とりあえず、穴には降りないことにした。

 満場一致の決定だ。


 アラサー冒険者いわく、


「こういう調査は鉱山技術者やドワーフに任せた方がいいですよ。ザンザスの冒険者ギルドなら、つてがあるはずですぜ」


 とのことだ。

 この地下通路がザンザスに繋がっているなら、どうせ説明がいる。

 俺の領地だけの話じゃないからな。


 逃げていったコカトリスの件も含めて、相談しなければならないだろう。


 さしあたり休憩所の地盤を強化して、さらに森の奥へと進んでいく。


 目指すはもちろん、横穴の先だ。

 さっきの影が走り去った方向だな。


 どこに続いているかわからないが、恐らく地下通路への出入り口があるんだろう。

 それを目標にする。


 先頭に立つのはマルコシアスだ。

 すんすんと鼻を利かせている。


「ふむふむ……匂いはあちらからだな」

「マルちゃん、本当にわかるんですか? さっきの影の匂いなんて……」


 ステラの問いかけに、マルコシアスは当然とばかりに頷く。


「干し草の匂いがするからな。それを辿ればいいだけだ」

「……そうだな、頼んだぞ」


 突っ込みどころはあるものの、有用なのは間違いない。

 ますます犬っぽいが。


「我が主、これもうまくいったら……その……」

「ぴよ、なでるぴよ! なでなでぴよ!」

「よし頑張るぞ」


 気合いを入れたマルコシアスが歩いていく。

 そのすぐ後ろに俺達が続く。


 匂いを辿れるなら、すぐにコカトリスも見つけられるだろうな。


 ところで俺は少し気になったので、ステラに耳打ちする。


「……マルコシアスは前からこんな性格だったか?」

「いえ、孤独は好きじゃないにしても苛烈な方でしたが……」


 マルコシアスが森の奥を指差す。


「こちらです、我が主! そんなに遠くないですよ!」

「わかったぴよ!」


 まぁ、本人ははりきっているからいいか……。

 ディアとも仲良くしてるし。


「こちらの性格が素なんですかね……」


 ……そうかもな。


ディアの心のノート

 あな、どこかにつづく。

 なかまがふたり。

 マルちゃん、なでるとよろこぶ。

 あたまをだされたら、なでる。

お読みいただき、ありがとうございます。

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