54.ディアの才能と興味
草だんごでレインボーフィッシュを呼び寄せて、コカトリス帽子を回収した俺達。
良かった、すぐに取り返せて。
濡れた帽子を拭いていると、ディアが話し掛けてくる。
「ぴよ、たすかった?」
「あ、ああ……。水から引き上げたからな。すぐに生き返るから」
死んでないけど。
「ぴよ。このこはすぐしぬぴよ。あぶないぴよ」
「死んどらんて」
「……ぴよ。でもあたまとれたぴよ。しんだぴよ」
「んにゃ。この帽子を頭と思ってるにゃね。ザンザスのコカトリスが、人を仲間と認識してるとは聞いたことがあるにゃけど……」
その辺りは近いがゆえの特性かもしれない。
まぁ、生まれたときから人になつくのは良いことではあるが……。
魚は別の生き物と認識してるのに、コカトリス帽子装備のジェシカは仲間認定なんだよな。
やはりコカトリス帽子が全ての分かれ目か……?
帽子を拭き終えて、ふたたびジェシカが被る。
「……どや!」
「ぴよー! いきてる!」
「ジェシカは不死身だからな」
「ぴよ。すごいー!」
「適当なこと言うてまへんか」
「……気にするな」
「ぴよ。でも、とうさまー。ちゃんとげんきぴよ?」
「元気やで」
「その紐を引っ張ってくれ、ジェシカ」
「慣れてるにゃね」
四六時中一緒にいるからな。
ディアはわかりやすい性格をしているし。
ジェシカが帽子の紐を引っ張る。
もう慣れた手付きだ。
ぴよー!
「ほら、元気だろう?」
「ぴよー! よかったぴよ!」
「よしよし」
ディアはかわいいなぁ。
「……はっ、そうや。黄金のレインボーフィッシュや!」
「そうにゃ、とても驚いてたにゃ」
「あれはめったに見つけられへん個体やねんけど……。この黄金個体が雌やねん」
「ん? 普通のレインボーフィッシュは全て雄なのか?」
「せや。だから黄金のレインボーフィッシュを飼育でけへんと増えへんの……」
そこでジェシカががっくりと肩を落とす。
どうやら苦労があったらしいな。
多分、黄金のレインボーフィッシュが捕まえられなかったとかか……。
……あ。肩を落としたことで、また帽子がずり落ちそうに……!
しかしジェシカはさすがAランク冒険者。
素早く手で抑えて事なきを得る。
ふぅ、よかった。
死んでない。
「……いま、くびがとれそうだったぴよ」
「ギクッ、気のせいだぞ」
首は取れてないからな。
帽子だから。
「きのせいぴよ?」
「あ、ああ……」
「ちゅういするぴよ。すぐしぬぴよ……! しんじゃうぴよ!」
「……お、おう」
「でもジェシカ、あんしんしてー。しんでもすぐたすけるぴよ!」
……ん?
ディアがジェシカとはっきり名前を言った。
もしかして家族以外では初めてか。
どうやらディアの頭の中に記憶されたようだな。
『すぐ死ぬコカトリス、ジェシカ』としてだが……。
◇
それから後、ジェシカからはいくつか質問があった。
まぁ、草だんごのことだな。
レインボーフィッシュ育成の肝心なところは、実際草だんごだけだ。
草だんごがないとそもそも捕まえられない。
少なくても無傷では無理だろう。
そして捕まえても草だんごしか食べない。
継続的に飼育するには、草だんごは必須なのだ。
とはいえ、この情報にはあまり価値はない。
本当に重要なのはスキル【ドリアードの力】。
このスキルのことはぎりぎりまで伏せておくつもりだ。
まぁ、ドリアードがいないと取得そのものが出来ないんだがな……。
ジェシカは協力を前向きに考える、と答えてくれた。
前進と言って良いだろうな。
「全面的に協力できるか、即答はできへん……。でも生け簀を増やすとかはやらしてもらいますわ」
百諸島はその名前の通り、たくさんの島々によって構成された連合国家だ。
当然、漁業については長い歴史と強みがある。
養殖も盛んで、いくつかの魚はかなりの売上を誇るらしい。
まずはジェシカ経由で生け簀を買うことになりそうだな。
これなら双方ともに重要情報は渡さず、とりあえず利益は出るわけだし。
養殖の技術は百諸島にとっても機密だ。そう簡単には教えてくれない。
いきなり大きな取引はできないからな。
ジェシカ、ナールと別れた俺とディアは、大樹の塔に向かう。
そろそろ森の探検も始まるからな。
テテトカも同行するし、様子を見に行こう。
と、大樹の塔に向かう俺達。
いつも通り土風呂には人が入っている。
もう見慣れた光景だな。
「ぴよ。のろいはとけてないぴよ」
「……覚えてたか」
「とけるといいぴよね……」
「そ、そうだな……」
全身もこもこのディアにとって、一部の毛がなくなるのはよほどのことらしい。哀れみの視線を向けている。
ある意味ではこれも情操教育になるのか……?
うん、そう思うとしよう。
大樹の塔ではドリアード達が草だんごをこねこねしていた。
どうやら集団こねこねタイム……おやつ作りの時間みたいだ。
「わー、こねてるー!」
こねこね……。
ひょい、ぱく。
こねこね……。
ひょい、ぱく。
リズミカルにドリアードは草だんごを作っては、半分を食べている。
完成して置いておくのは半分だけ。
ぶれてないな……。
「……食べてるぴよ」
「ああ……あれがドリアードのやり方なんだ」
としか説明しようがない。
ドリアードがえんえんと作っては食べてるなかで、テテトカがこちらに気が付いた。
草だんごをいくつか持つと、こちらにやってくる。
もちろんあの草だんごは俺達の分ではない。
歩きながら食べる用だ。
「エルト様、ご機嫌うるわしゅー」
「ああ、こんにちは、テテトカもいつも通りだな」
「はいー、もちろん。ディアもようこそー」
「ぴよ! きたぴよ!」
もぐもぐ。
テテトカが持っていた草だんごを食べる。
……ふむ。しまったな。
前にディアは草だんごに興味を持ったのだった。
食べたいと言うかな……まだ食べさせるのは早いかな……。
そう思っていると、ディアは明後日の方向を見ていた。
ん、向こうにいるのはこねこねしているドリアード達だな。
「ぴよ。あれつくるの、たのしそー」
「たのしいですよー」
草だんごそのものよりも、作る方に興味があるのか。
ちょっと意外な一面だな。
いや、成長のおかげか……。食欲以外にも興味が出てきたんだな。
親としてはそういう方面は伸ばしていきたい。
うん、草だんごをこねこねさせてみるか。
「やってみるか、ディア」
「ぴよ! やるぴよ!」
「草だんご作りはたのしいですからね」
台に移動して準備する。
……だがここで俺は気付いてしまった。
ディア、どうやってこねるんだ……?
手は翼だし、やはり脚しかないか……ないのか?
うん、ないなぁ……。
ひよこ脚でこねこねだ。
それしかないな。
こねる前の草だんごを前にして、ディアは目を輝かせる。
「あ、ディア……脚でふみふみする前に――」
「ぴよよー!!」
ディアが叫ぶと、魔力がぶわっと立ち上がる。
これは魔法か!?
しかも肌にぞくぞくと来る……かなり強いぞ。
放たれたディアの魔力が大樹の塔を駆け巡る。
……その一瞬が終わった後、ディアの隣には赤い鎧姿の少女がいた。
白銀の髪。恐ろしいほど整った美しさ、そして冷たく据わった目付き。
心が凍るような眼差しとは、こういうことを言うのか。
だが、なんか見覚えがある姿だな。
でも魔力はほとんど感じない。かなり弱い……。
一般人と同じ程度しかないな。
少女がディアに向き直り、頭を下げる。
「……我は地獄の侯爵マルコシアス。魔王の契約を引き継いだのは、貴方か」
魔王……ああ、なるほど!
思い出した。
ステラに倒された魔王。
その魔王が召喚し、使役していた悪魔がいた。
その一人が、確かマルコシアスだ。伝説だとステラに秒殺されて退場したな……。
だがゲーム中だとかなりの力を持つボスキャラだ。この世界でも相当上位の力があるはず……!
というか、ディアはとんでもないな。
まさか召喚魔法の適性があったのか?
いや、コカトリスクイーンの力は人間とは違うのかも……。
「ぴよ、そうぴよ!」
「命令を、我が主。力は戻ってないが、全身全霊を持って遂行しよう」
しまった、考えている場合じゃない。
止めないと。
これはやばいことになる……!
と、ディアが草だんごをぴっと指し示す。
かわいらしく、首を傾げながら。
「一緒にこねてぴよ」
「……は?」
マルコシアスがその場で凍った。
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