53.お魚とぴよ
ひととおりディアは騒ぐと疲れてしまったのか、眠ってしまった。
パワフルだけど、まだ自分で体力を把握しきれてないんだな。
まぁ、ひよこだし。
今は俺の家に帰って来て、ディアは籠に寝かせている。
ちなみにジェシカも一緒だ。
色々と話さなくちゃいけないからな。
それで紅茶を飲みながら話をしているのだが……。
ジェシカはコカトリス帽子を被ったままだ。
「帽子は外してもよくないか?」
「こうなったら最後まで被ってますわ……。私も覚悟決めてコカトリスやります」
「……真面目ですね」
「まぁ、ディアは突然目を覚ますから、被ってもらう方がありがたいがな」
家に来てからというもの、ジェシカは帽子に一切の不満や愚痴を言わずにいる。
その辺りのプロ意識はAランク冒険者の意地か。
あるいは芸人魂か……関西弁だけに。
「でも、この村に入ってから驚きっぱなしですわ。村そのものが植物魔法でできとる上に、喋るコカトリスまでいるなんて」
「ふむ、こういう村は他にないのか?」
そう言えば、外国生まれの人が来たのは初めてか……?
ナールも王国北部の出身だしな。
商人はよく通るが、外国を拠点にしていた人はいなかったと思う。
冒険者も同様だ。
国をまたいで活躍するような冒険者はごく一部の話である。
「聞いたこともあらへん。本当、こないな魔力をお持ちとは信じられまへんわ」
「なるほど……意外とそうなんだな」
「昔の世界でもありませんでしたからね。魔法ひとつで村を作ってしまうなんて。感覚が麻痺してますけれども」
「植物魔法でなくても土魔法や鉄魔法なら不可能ではないと思うが……」
俺がそう言うと、ジェシカが心底驚いた顔でステラを見た。
やばい、シュールすぎるだろ……。
その帽子被ったまま驚くのやめろ。
あっ、前世でも似たような芸人がいたような。
頭、大きな帽子……うっ。よく思い出せないが……。
「あのレイアがエルト様を高く評価するのもわかるわ。普通の貴族様はそんな風には考えへんからな」
「……え、ええ……ふふっ」
やばい、ステラが笑い出しそうになっている。
普段はそんなに笑ったりはしないステラなんだが……。
どうやらコカトリス帽子が相当面白いらしい。
笑いの沸点が低くなっている。
ステラの様子に気が付いたジェシカが、顔をずいっと近付けた。
しかもコカトリス帽子を前に……。わかってやってるだろ、ジェシカ。
芸人適性が高すぎる。
「ええんやで、笑ってええねんで……」
「い、いえ……ふっくく……。あ、あの……」
「あのステラ様に喜んでもらえるなら本望ですわ。レイアも帽子も喜ぶわ。ちなみにあの人もこの帽子、被ってたからな」
「や、やめ……」
そこまで言ったジェシカが、無慈悲に帽子の紐を引っ張る。
連続で。
ぴよぴよぴよ!
「あっははは……!」
「くっ、くっくく……」
駄目だ、耐えられん……!
と、籠で眠っていたディアが目を覚ました。
「ぴよ! おきたー! あ、なかまだー!」
「せやでー」
違うだろ。
ジェシカがコカトリスアピールで帽子の紐をぐいっと引っ張る。
ぴよぴよー!
「紐を引っ張る強弱で、ちょっと鳴き声が違うんやな」
「不意打ちは卑怯ですよ、あはは……!!」
楽しそうに笑い転げるステラ。
……とんでもない奴がやってきたな。さすがはAランク冒険者といったところか……。
◇
それからまた数日。
ジェシカの引っ越しも落ち着いた。
今日はレインボーフィッシュの件で、生け簀に来ていた。
生け簀も増えつつあり、今は五個の生け簀が稼働していた。
俺とナール、ジェシカ……そしてディアだ。
ディアはどんどん大きくなっている。
もう両手で包み込むというより、抱え込まないと持てない感じだな。
ディアが興味深そうにレインボーフィッシュを眺めている。
「ぴよ、泳いでるー」
「これが魚だ」
「これが……お魚ぴよね」
「レインボーフィッシュは異常なしですにゃ」
ディアを連れてきたのは教育がひとつ。もうひとつは魚を見て、何か反応があるかどうか確かめたかったのだ。
コカトリスクイーンの情報はジェシカも持ってはいなかった。
ひとつひとつ、色々とディアの反応を見ていくしかないのが現状である。
「はー……ほんまに泳いどる! レインボーフィッシュを飼うとるとは……!!」
最初、泳いでるレインボーフィッシュを見たときにジェシカは腰を抜かしていた。
そのあともジェシカは感心しっぱなしである。
どうやらレインボーフィッシュの生け簀は相当珍しいらしい。
……まだ黄金のレインボーフィッシュは見せてない。隠してあるのだが。
なおディアがいるので、ジェシカはコカトリス帽子を被っていた。
しかも黄色いスカーフを首に巻いて、コカトリス度が増していた。
強い。鋼鉄のメンタルか。
ちなみにジェシカとナールの顔合わせは初日に終えている。
そのとき、ナールはあまり帽子には触れなかったな。
後でこそっと言っていたが、冒険者は変わり者が多いらしい。
そうかな……。
印象深い冒険者というとステラ、レイア、ジェシカ、アラサー冒険者か。
そうかもな……。
冒険者に突っ込みを入れないのは、商人ゆえの処世術なのかもしれない。
ゆえにコカトリス帽子のジェシカは、そのまま普通に参加していた。
「……レインボーフィッシュの養殖は百諸島でも挑戦しとるんやけどな。それこそ百年やってもうまくいかへんのに」
「そんなに難しかったのか……?」
「むしろ、どないしてこの村でできてるんですか。そっちの方が凄すぎるねん……」
ドリアードと草だんごのおかげだな。
この二つがないと無理だったろう。
今もスキルの力を宿した草だんご以外は口にしないし。
そこに気が付かないと、確かにどれだけやってもうまく行きそうにない。
俺達はラッキーだった。
しばらくジェシカは生け簀を上から覗いたり、水面に顔を寄せたり……。
俺達は黙ってそれを見守っていた。
「……にしてもどうして、私をここに連れてきたんですか。これ、機密ちゃいますの?」
「ふむ……知恵を借りたくてな。この生け簀をもっと大規模にやりたいんだが、なかなか難しい。知識面でも実践面でも大量の魚の飼育はかなりハードルが高いんだ」
あれから村に来た人に色々聞いたが、レインボーフィッシュはやはり情報が少ない。
あと魚を大量に育てること自体、この世界ではほとんどないのだ。
前世の記憶のある俺は水族館やマグロを連想して、それほど深く考えていなかった。
しかし、商人や元漁師の冒険者から話を聞いて考えを改めた。
この世界ではせいぜい、数十匹の鑑賞魚を育てるのが限界。
いわば数十人の食い扶持を稼ぐくらいで終わってしまう。
しかも養殖の知識があるのは、高く売れる魚だけで種類は少ない。
食べる魚については、ほぼ養殖したりしない。獲ってきた方が遥かに効率的なのだから。
しかもこの王国で魚の養殖は盛んでもない。
これだとザンザスで募集をかけても、養殖を大規模にできる人材は来ないだろう。
ジェシカが来たのは、まさに渡りに船だった。
「協力ちゅうことですか……。めっちゃ魅力的やし、信用してくれるのはありがたいんやけど……」
「即答しなくてもいい。誰かの許可が必要なら、その返事も待とう。とりあえずは提案だ」
「…………こう言うてはあれですけど、変わってまんなぁ」
「自覚はあるよ。でも双方にメリットはあると思うがね」
俺はジェシカをさらに奥へ案内した。
黄金のレインボーフィッシュのいる生け簀だ。
これも今のところ、よくわかっていない。
その情報も欲しいのだが……。
黄金のレインボーフィッシュは少し大きくなったか。
すいすい泳いで、元気の良さは相変わらずだ。
「ぴよー、きれー!」
「いつ見ても綺麗ですにゃ……」
「なぁっ!? 黄金の……! ありえへんー!」
驚いたジェシカが勢い良く生け簀を覗き込む。
どうやらそれほどのことらしい。
……あ、コカトリス帽子がずり落ちてる。
ぽちゃん。
帽子が生け簀に落ちた。
……取れちゃった。
一瞬、ジェシカの動きが止まる。
そして水に落ちた帽子を見て、ディアが声を上げた。
「ぴよー! しんだー!」
「あわ、しもうた!」
「早く拾うんだ!」
しかし水に落ちたコカトリス帽子。
それを黄金のレインボーフィッシュがひょいとつまんでしまう。
「あっ……」
そのまま黄金のレインボーフィッシュは泳いでいく……。
コカトリス帽子をつまんだまま……。
「ぴよー! お魚に食べられたー!」
「生きとるから! ここにおるし!」
「ぴよ! いまたすけるー!」
「あかん、スカーフじゃだめかー!?」
「それより早く帽子を……」
「草だんごで呼び寄せるにゃ!」
……とまぁ、どたばたと帽子を回収したのだが。
一応、ジェシカと協力できることにはなったのだった。
あとはなるほど、帽子が取られると食べられた判定になるんだな……。
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