46.ぴよー!
それから俺は村の中で、コカトリスクイーンの住む場所を選定していた。
体長五メートルだと、かなり広くしないと無理だからな。
幸い、野外で空は晴れている。
野外で色々とやるには良い天気だ。
俺、ブラウン、アラサー冒険者の三人で村の中を見て回る。
そして今は大樹の塔の裏手に来ていた。
ここは塔の影で日当たりが良くない。
なので、まだ何の建物も作っていなかった。
「コカトリスの鳥小屋を作るなら、ここですかねー。コカトリスは多分、暑いのに弱いんで」
「ふむ……そうなのか」
その辺りはあまりゲームでも触れられていないからな。
詳しい生態はザンザスの冒険者に聞いてみるのが一番だな。
「結構な頻度で水浴びしてたり、木陰で休んでいたりしますからね」
「のんびり屋さんとは聞いてますにゃん」
「なるほどな。そうすると鳥小屋は村の中でいいのか……? あ、でも人に近寄って餌を食べるんだったな」
「ええ、コカトリスはむしろ人に抱きついて来るんでね。その辺りは大丈夫でしょう」
そうすると、当面の間はここでいいか。
想像以上に大きくなったり、頭数が増えたら拡張も考えないとだが……。
俺は魔力を腕に集中させる。
「大樹の家」
地面からめきめきと大樹で出来た家が生まれてくる。
ただし厩舎みたいなイメージで作ったので、横にかなり大きい。
普通の家の三倍くらいの広さだ。
その分魔力も消費するが、今の俺なら余裕である。
「おお~……相変わらず桁外れの魔力ですね。あっという間にコカトリス用の家が出来ちまった」
「いつ見ても圧巻ですにゃん……!」
「中は空っぽだがな。どうだ、それらしいか?」
「完璧じゃないですかね……。中の細かい所はうちらでやりますよ。冒険者の中には、実家で畜産やってた奴もいますんでね」
「こちらでも必要なものは調達できますにゃん」
「ありがとう、それは助かる」
「いえいえ……。で、エルト様……ちょっとお願いがありましてね」
アラサー冒険者はこの辺、抜け目ないな。
やはり年の功というやつか。
「どんなことだ?」
「あっちのまだ使っていない土地があるじゃないですか? あちらを第二の広場にして欲しくて……」
彼が指差した先はただの草原。
まだ家も何もない。
「それは構わないが……どうしてなんだ? 今の広場だと狭いか?」
「ええ……あのボールを打つ遊びや練習をするにはちょっと手狭で……」
それってもしかして……野球のことか。
「んにゃん、あれ楽しそうだにゃん」
「今度、ザンザスから来る冒険者にも教えようかと……。そうすると、思い切りやれるところがいいかなーと」
「なるほど……」
まさか俺の教えたピッチングとバッティングが流行り始めるとは……。
やはり野球は偉大!
……でも安易に野球を普及させるのは止めておこう。
ルールはマジでやると複雑だし、スポーツは気を抜くと怪我をする。
まずはボールを打って投げることを楽しんでもらうのだ。
こういうのは長期的視野で考えないとな……。
◇
それから数日間。
俺はコカトリスをよく知る冒険者に話を聞いたり、色々と必要機材を揃えていった。
あとは日常業務だな。
ザンザスとの往来が増え、入ってくる物も増えてきた。
今、ナールの倉庫でそうした物を検品していた。
うん……レインボーフィッシュは元気に泳いでいるな。
ザンザス市民代表としてアナリアも参加してもらっているが、届いた品物がかなりの山になっている。
送り主は全部、冒険者ギルドからか。
「冒険者ギルドから色々と届いているんだな」
ギルドマスター・レイアからの手紙にはこんな風に書いてあった。
『この度の未踏破エリア攻略のご協力、本当にありがとうございました。ザンザス市民一同、深く感謝をしております。
つきましてはいくつかの記念品を作成いたしました。第一弾として特製マントをお送りします。
ご確認の上、問題がなければ販売を始めたく、よろしくお願いいたします』
「確かに提携条件には色々と作って売るとあったが……ずいぶん早いな。まだ一週間も経ってないぞ」
「レイアは商売人でもあります。色々と企画して売り込んでいるんです」
「まぁ、俺に提携を申し込むくらいだからな……。なるほど、これもその売り込みの一環か」
ナールが小さいマントを広げていく。
生地や作りは普通。
しかし生地には金の刺繍が入っている。
『ダンジョンに潜るのは人の性』
『いっぱいいて、かわいいじゃないですか』
『見える……!!』
なんだこれ?
「説明チラシがありますにゃ。英雄ステラの名セリフ刺繍入りマント……とありますにゃ」
アナリアがそのチラシをひょいと覗き込む。
「えーと……ひとつめはダンジョンに挑む心意気を示した一言。来年の冒険者ギルドのスローガンにも採用予定。
ふたつめはザンザスのマスコット、コカトリスを愛する一言。コカトリスにもふられるステラ様の絵画は後日作成予定。
みっつめは動く雷を迎撃するときの勇ましい一言。ザンザスで流行しつつある名台詞……」
ステラはアイドルか。
アイドルでもそんな台詞を刺繍なんてしないぞ……。
……これは売れるのか?
「私も欲しい……」
「飾りたいですにゃん……」
売れそうだな。
すでに二人はうっとりしている。
俺は首を傾げながらマントを眺めた。
うーむ、どこがいいのかいまいちわからん。
修学旅行で買うよくわからんお土産にしか見えないが……。
むしろ、それがいいのか?
それがウケる秘訣か?
……まぁ、考えても仕方ない。
作ってリスクを負うのはザンザスの方だしな。
チェックして問題なければゴーサインを出すだけだ。
売れれば売れるほど、俺の方にもマージンが入ってくる契約だし。
「ステラに確認して問題なければ、いいんじゃないか。ついでに村で売る分も確保しておくか」
「いいですにゃ。きっと売れますにゃ!」
ステラがふぇぇ……となる光景がちらっと思い浮かんだ。
しかしステラが嫌と言ったことは一度もないんだよな。
あれだな、像がいっぱいザンザスにあるようだし感覚が壊れてきてるのかも。
注目を浴びすぎるとそれが普通になる感じだな。
……今度、ちょっと欲しいものでも聞いてみるか。
◇
そして二日後。
孵化条件の準備が整った。
鳥小屋には俺とステラがいる。
高級藁も敷いてあり、魔力灯なんかも完備してるしいい仕上がりだな。
溶液は完成。
これは軽く塗ればいいだけだ。
塗ると活性化し孵化が始まる。
魔力は俺が注ぎ込んだ。
ざっと大樹の塔、十本分の魔力がかかったな。
本来は一人で注ぐものじゃないが……まぁ、これでいいだろう。
いまや虹色の卵は淡い光を放っている。
そして最終段階。
【コカトリステイマー】のスキルを持った人間が温める。
……コカトリスの羽毛を着込んで。
俺の前には、もこもこのコカトリスパジャマを着たステラがいた。
「とてもいいですね、これ……!!」
ナールに用意してもらった、コカトリスの羽毛使用のパジャマ。
なんとこれだけで金貨二枚である。
日本円で六十万円くらいか……高い。
しかし、コカトリスクイーンの孵化条件を満たすにはこれが必須。
ここまでの溶液と魔力の反応はゲームの中と変わらなかった。
最後のこの条件もきっとこれで合っているだろう。
「……悪いな。ちょっとの間、ここで過ごして貰わないといけない。どうなるかわからないし……」
「そんな! この素晴らしいパジャマを着て寝られるなら、どこでも構いませんよ!」
テンションが高い。
本当にコカトリスが好きなんだな。
「はー、素敵……! で、これを着たまま卵を抱えればいいんですね?」
「ああ、卵は柔らかくなってはいないから……そのままで大丈夫だ」
「なるほど! わかりました……!」
そう言うと、ステラはごろんと藁の上で横になった。
窓からほのかに星が見える。
その星明かりがもこもこのステラを映し出していた。
「……私、夢が叶いました」
「うん?」
「コカトリスを飼いたかったんです、ずっと前から」
知らなかった。
やけに乗り気でテンション高いとは思っていたが。
「もうすぐ夢が叶うな」
「ええ……ありがとうございます。ここに住んでいて、本当に良かったです」
にこりとステラが微笑む。
……あれ、この流れで欲しいものは聞けないよな。
というかもうステラの願いは叶ったのか?
うーむ……また機会を考えて話をするしかないか。
こういうのはタイミングが大切だからな。
俺が頭を捻っていると、ステラが声を上げる。
「あ、卵にひびが……!」
「ぴよー!」
ぱりんと虹の石を割って、小さなコカトリスが現れる。
というか、見た目は単なるヒヨコだが……。
魔力を感じるし、やはりコカトリスだな。
しかし、ふさふさでかわいい。
「とうさまー! かあさまー! ぴよー!」
「「喋った!?」」
お読みいただき、ありがとうございます。