42.目指せ、○○
ザンザスの迷宮【無限の岩山】
ステラ達はいよいよ未踏破エリアである、雷精霊の住み処に踏み込もうとしていた。
彼女達がいるのは、雷精霊の住み処前の安全地帯。
小さな岩の前に縦一直線で並んでいた。
その両脇をワープボールが跳ねながら通りすぎていく。
気の抜けそうな、あの音を鳴らしながら。
ぽよーん、ぽよーん。
ワープボールには誰も当たってはいないものの、精鋭冒険者達はかなり疲れている。
特に水色の魔術師は荒い息を吐いていた。
「ぜー、ぜー……」
「……ここが最後の安全地帯です。ここから先は雷精霊の住み処まで休めません。息を整えてくださいね」
「は、はい……。しかしステラ様は軽々と行かれますね。息も切れてはいませんし……」
「ま、まぁ……慣れですね」
「さすがです! それにウッド様も軽快ですよね……。とてもツリーマンとは思えない身のこなし方です」
「ウゴウゴ! うまくできてる?」
「彼は私と訓練しましたからね。なにせ歩けば馬車と並ぶくらい速いですし。太陽光があればスタミナは無尽蔵。しかも素直なので動きをすぐ学習して修正します。凄いんですよ……!」
「だ、だいぶ早口ですね……?」
「……あ、すみません。エルト様からお預かりして、その教育を任されたのが嬉しくって」
その言葉に精鋭冒険者達が固まる。
水色の魔術師が信じられないという顔でステラとウッドを見た。
精鋭冒険者達はウッドをステラの同伴者としか聞いていない。
もちろん、今までの動きでそれも納得していたのだが……。
まさか大貴族のエルトから「預かっていた」とは思わなかったのだ。
それはつまりこの攻略に失敗することは、大貴族の顔に泥を塗ることに他ならない。
精鋭冒険者の経験上、それはとても良くないことである。
と、そこまで考えると精鋭冒険者達の顔色が悪くなってきた。
もふもふのコカトリスを見ていたのと同じくらいに。
「……うぅ……」
「ど、どうしたんです? 顔色がいきなり悪くなってますよ」
「い、いえ……。ウッド様はどこか大変名のある魔術師が生み出したものとは思っていましたが……」
「あ、ああ……! 大丈夫ですよ。エルト様は気さくで良い方ですから。訓練にも付き合ってくれたりしましたし……」
「そ、そんな貴族様がいるんですか……!? 投げっぱなしではなく?」
「ええ、エルト様はそういう方ではありませんから……」
「ウゴウゴ! いろいろかんがえてくれる!」
「……それはとてもよい貴族様ですねぇ」
そんなことを話しているうちに、精鋭冒険者達の息も整ってきた。
「それでは行きましょうか、未踏破エリアへ!」
「「はい!」」
◇
雷精霊の住み処に来ると、ワープボールは見かけなくなる。
その代わり野球ボールくらいの大きさの魔物、動く雷が出現するのだ。
この雷精霊の住み処は、これまでの岩山とは全く違う。
ぐるりと水晶に囲まれているのだ。
その風景に精鋭冒険者達は圧倒される。
「……初めて来ましたけど、綺麗ですね」
「ええ、ここもいいところですよね……」
きらきらとした水晶の間を警戒しながら進んでいく。
ステラとウッドはすでにミスリルの棒を取り出していた。
数分歩くと――いよいよ動く雷が現れる。
それはばちばちと放電しながら、空中に浮かんでいた。
「……来ましたね」
この動く雷も生きている魔物とは言えない。
エリアに入ってきた侵入者に突撃するだけの存在だからだ。
ステラはすっと棒を構える。
何日もの特訓とエルトからのアドバイスの末、ステラはひとつのフォームを身に付けていた。
それは一本足打法。
片足で立ちながらバランスを取る、難易度の高い打ち方である。
しかしステラは強靭な身体能力でそれを会得していた。
「打ってみせます……!」
動く雷もステラを認識し、放電しながら突進してくる。
その速さ、時速百五十キロメートル。プロ野球の投手が放つ球速と大差ない。
「見える……!!」
ステラは体をずらしながら、フルスイングで動く雷を振り抜く。
完全に芯は捉えている。
カッキーン……!
動く雷は痛烈に跳ね返されると、そのまま水晶に当たって砕け散った。
「「おおー!!」」
「ふぅ、まずは一体目……。でもどんどん来ますからね」
「ウゴウゴ! つぎはおれも!」
「ええ、カバーしながら打っていきましょう!」
ウッドも棒を持ってやる気満々である。
精鋭冒険者も魔法の準備を整え、打ち漏らしを迎撃する陣形だ。
そんななか、ステラは訓練の最中にエルトがこぼした台詞を思い出していた。
エルトいわく、棒を振る人が目指す境地があるのだと言う。
……あまり聞いたことのない言葉なので、妙に印象深かったのだ。
意味はよくわからなかったが、ステラもなんとなく語感が気に入っていた。
なので、それを口に出してみた。
「目指せ、甲子園……です!」
◇
ヒールベリーの村、大樹の塔。
お菓子を食べる会は問題なく進んでいた。
ちょっとテーブルの上に、ドリアードの入った鉢植えが並んでいるくらいだ。
うん……これは問題ではない。
単なる文化の違いである。
善か悪かと聞かれれば、完全に善なのだ。
なにせドリアードは喜んでいる。
「んにゃ……おひとつどうぞにゃ」
「わーい! もぐもぐ……!」
ナールが草だんごをテテトカに食べさせる。
もちろんニャフ族の背は小さい。
彼女達もテーブルの上に乗りながら、ドリアードに草だんごを食べさせていた。
なかなか動きのあるお菓子会になっていた。
仕方ないね、ドリアードは鉢植えに入ってるんだから。
腕を鉢植えから出せば草だんごは取れるのだが……それはドリアード的には邪道らしい。
「やっぱり全身が鉢植えに入っての草だんごは格別ですー!」
「そ、そうか……」
「はいー! これが贅沢というものですー!」
「う、うん……そうかもな……?」
草だんごは確かにおいしい。
もぐもぐ……。
用意された紅茶にも、すっと抜けるような清涼感がある。
よく合っている。
「紅茶のお代わりはいかがですか?」
ティーポットを持ったアナリアが呼び掛けてくる。
「ああ、ありがとう。もらおうか……」
「……まさかこうなるとは……」
「ま、まぁ……楽しんでいるんだからいいんじゃないか?」
ニャフ族も楽しんでいるようだ……。物珍しい光景だから、ノリノリなだけかもしれないが。
この辺り、ニャフ族はとりあえずやってみよう的な所があるからな。
それが逆にありがたい。
「……しかし食べ比べると、ドリアードの作った草だんごはおいしいな」
もちもち。
そう、微妙に……ほんのわずかにそうなのだ。
「やはり経験の差だな……」
「そんなことないですよー? エルト様もすぐに草だんご名人になれます!」
「……ふむ……そうなればいいんだが」
「エルト様が草だんご名人に……!?」
「いや、スキルの成長も含めてだからな?」
テテトカはもぐもぐと幸せそうな顔をしている。
……ふむ。俺も食べさせてみようか。
「俺の作った草だんごだけど、食べるか?」
「はい! 草だんごはいくらでもどんとこいー、です!」
「よし……」
「もにゅ……もぐもぐ! おいしー! ほぼドリアード級です!」
にこにこ顔のテテトカが太鼓判を押してくれる。
まぁ、こういう顔を見るだけでこっちも幸せになる。
「……ふむ、草だんご名人は近いかな」
「はいー! みんなも目指そう、草だんご名人です!」
「そうだな、たまにこういうのをやるのもいいだろうな」
「えへへー、またやりましょうー!」
そうしてお菓子会は成功に終わった。
ドリアードもニャフ族も楽しんでくれたみたいでよかった。
ちなみに会が終わった後、俺は村の入口にある看板に書き足しておくのを忘れなかった。
なんとなく、来る人に周知しておいた方がいいと思ったのだ。
『テーブルの上に鉢植えがあっても、気にしないでください』
お読みいただき、ありがとうございます。