36.スキルの価値
こねこねした草だんごが十個できた。
作っている途中で、体から熱が通り抜けた感覚がした草だんごだ。
やはり時間をかけてこねこねすると、この感覚が発動するな。
スキル【ドリアードの力】が発動したので、レインボーフィッシュが食べてくれるはずである。
たぶん、テテトカの言う通りなら……。
「この草だんご作り、それなりに体力を使うな……」
「ですー、意外と大変なんです」
「ひたすらこねるだけなんだが……」
しかし、そのこねるのが大変だ。
スキルが発動するまではやらないといけない。
俺がひとつ草だんごを作る間に、テテトカはみっつ作っている。
この辺りはまだ追い付けないな……。
もっとも、テテトカはドリアードのなかでは一番作るのが早いらしいが。
さすがである。
窓から外を見ると太陽が傾き始めている。
熱中していたけど、かなり時間が経ったな。
今日はこれで終わりにしておこう。
「ひとまず草だんごは、これくらいの数でいいだろう。ありがとう、テテトカ」
「どういたしましてー! また作りましょう~」
「ああ、また教えてくれ」
草だんごを笹みたいな葉で包んで、完成。
とりあえず作ったこれを、生け簀へと持って行ってみるか。
レインボーフィッシュに食べてもらえるか確かめないとな。
他にもスキル関連で調べたいのはあるが、後にしよう。
まずはこのレインボーフィッシュの餌。
これがうまくいけば、十分すぎる。
あとは鱗を数枚もらっておく。
他の人も食べたら、スキルが獲得できるかもしれない。
テテトカとの別れ際、俺はふと頭の上を触ってみた。
ふさふさ。
……ふむ、特に変化はないな。
やはりそういう変化は起きないか。
「どうしたんですかー?」
「ああ……いや……。もしかして、頭に花が咲いたかもと思ったんだ」
「このお花はドリアードに生まれないとダメなんですよー……残念ですけど」
「……ああ、うん。そうだな……」
頭に花が咲くスキルだと他の人は嫌がるかもだし。
まぁ、その危険はないようだ。
◇
次の日。
草だんごと鱗を持った俺は、ふたたび生け簀に来ていた。
アナリアとナールも一緒だ。
俺にスキルが発現したことを説明すると、二人ともすごく驚いていた。
獲得条件はとりあえず、伏せておいたが。
鱗をぽりぽり食べたというと、変人扱いされるかもしれないし……。
まずは草だんごの成果を確かめてからだ。
「信じられません……! スキルは貴族でもなかなか手に入らないものだと聞いていますが……」
「そうですにゃ。よほどのことがないと、新しく獲得はできないはずですにゃ」
「やはりそういう扱いか……」
家でもスキルについては、そういう扱いだった。
先天的に持っている人間がいる一方、大多数の人間には何もない。
とんでもない幸運か努力の果てに手に入れるもの、それがスキルだ。
あるいは貴族から教えてもらうか。
アナリアとナールの知識だと、貴族お抱えの平民はそこそこ持っているらしい。
……まぁ、そういう情報は力だ。独占するだろうな。
「とはいえ、土風呂に入っただけでは効果はなさそうだったがな。この草だんごがどうなのかは、食べてくれるかどうかだ……」
「ええ、その通りですが……ごくり」
生け簀の中にはレインボーフィッシュが泳いでいる。
俺は草だんごを取り出すと、小さくちぎってそっと生け簀に入れた。
だが……レインボーフィッシュは飛び付いてこない。
ドリアードの作った草だんごなら、一目散に突撃するはずなんだが。
しかし一匹のレインボーフィッシュが頭を向けて、ぱくりと草だんごに食い付いた。
「あっ、食べた……!」
「食べました! ちゃんと食べてますね!」
「やりましたにゃ! ドリアード以外の草だんごで、初めて食べましたにゃ!」
よし、食べてくれた。
そして他のレインボーフィッシュも草だんごの匂いに引かれてか、集まってきている。
ちゃんと興味を持ってもらえているようだ。
俺は草だんごをさらにちぎって、生け簀に入れていく。
それらをレインボーフィッシュは残さずにぱくぱくと食べていく。
「大丈夫そうだな……」
「はい、全てのレインボーフィッシュが食べてます!」
「これは大成功ですにゃ!」
ふむ……ドリアードの作った餌のようではないが、まずは完食してくれた。
成功と言っていいだろう。
ドリアードの作った草だんごとの差は、たぶん【ドリアードの力Lv1】というレベル差だろうな。
スキルの成長条件は色々ある。メジャーなのは使い続けることだ。
今回は草だんごをどれだけこねこねしてきたか、という可能性が高い。
実際にテテトカの草だんご作りは、俺の三倍早い。
ひたすらこねこねするしかないわけだ……。
とはいえ、レインボーフィッシュの餌問題は解決の糸口が見つかった。
あとはスキルを獲得してもらうか、だが……。
これが世界のバランスを崩すスキルなら、持たせる人間を選ぶのは慎重にもなる。
しかし、今のところ【ドリアードの力】は草だんごにしか効果はなさそうだ。
さらにスキルが成長しても、土に埋まると周りの植物の成長を促す程度。
いや、別に凄くないわけじゃないが……。
目の前にいる二人は、俺がもっとも信用している二人だ。
悪用や流出はさせないと信じている。
うん、彼女達にはこのスキルを獲得してもらってもいいと思う。
「どうやら実験は成功のようだ。そこで二人に相談があるんだが……」
俺は懐からレインボーフィッシュの鱗を取り出した。
「この鱗を食べて、スキルを獲得してくれないだろうか?」
「「ええっ……?」」
ハモってる。でもそうだよな。
俺だって鱗を食べるのには勇気が必要だった。
前世だったら笑い飛ばしてるところだ。
実際は鱗もピリ辛でおいしいのだが……。
しかし、そういう問題じゃない。
この世界でも領民に鱗を強制的に食べさせたら、歴史に名前が残ってしまう。
とんでもない変態残虐趣味の貴族として、だ。
やはり気が進まないか……。
俺がそう思っていると、アナリアとナールはひとしきり顔を見合わせて――。
「いいのですか……? そんな名誉なことを……」
「とっても光栄ですにゃ……」
うん?
俺が予想してた反応となんか違う。
「スキルを獲得する機会を下さるなんて……」
それから二人の反応を少し見て、俺は知った。
貴族からスキルを教えてもらうのは、特別な報酬になるらしい。
それこそ信頼がないと、何年仕えても教えてはくれないのだそうだ。
なるほど。最初の「ええっ……?」は驚きだったんだな。
「じゃあ、食べてくれるのか?」
「もちろんです。ありがたく頂きます!」
「あちしもですにゃ。このことは当然、死んでも他の人には言わないですにゃ!」
「私もです!」
というわけで、二人とも鱗を食べてくれることになったのだった。
よかった。これでスキルを獲得してくれたら、餌問題は真に解決することになる。
そしてスキルの獲得。
これは俺の大きな武器になるだろうな。
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