32.レインボーフィッシュ
冒険者ギルドから馬車で送られてきた
サイズとしては日本の家庭にあるビニールプール。
正方形で大して深くはない。そのくらいの大きさだ。
その生け簀は高そうな木材と魔法具の組み合わせになっている。
ポンプとかが魔法具なのだ。
今、ナールとアナリアが目の前で色々と点検している。
水を入れてみると、生け簀の中に流れが生まれた。
ぐるぐると水が生け簀の中で行き来している。
「この生け簀はお金持ちが魚を飼育するのに使うにゃ。けっこうお高いのにゃ」
「ほう、ちなみにこのサイズでどれくらいなんだ?」
「んー……金貨二十枚くらいにゃ。この木材がまだ普通の装飾にゃ……。ここにも装飾入れると天井知らずにゃ」
金貨二十枚。日本円でだいたい六百万円くらいか?
生け簀にその値段は、普通の人には手が届かないな。
まさに嗜好品といった価格だ。
この世界でも魚を飼育する趣味はある。
とはいえ、かなり高価な趣味にはなるが。
アナリアは魔法具のところを熱心に見ていた。
「ふんふん、水質浄化と酸素供給の魔法具つきですね。見事な構造です。こういう装置はザンザスでは作れないです……」
「やはりザンザスでは作れないのか……」
「ザンザスの迷宮から素材は取れるのですけどにゃ。作るのはザンザスでは無理ですにゃ」
ふむ、冒険者ギルドと繋がりを持ったおかげか。
移住者の中にも魚類に詳しい人はいたけれど、飼育の仕方はよくわからないらしい。
レインボーフィッシュ自体、謎が多い魚なのだ。
「とりあえず一時的にレインボーフィッシュを入れるのにでも使えるか……」
「そうですね、まずはその用途には使えるはずです」
「ヒールマンゴーの生産は予定通り。少し湖に行ってみるのもありか……?」
「いいお考えだと思います、エルト様」
生け簀を運ぶのは暇そうな冒険者にやってもらえばいい。
毎日のように土風呂に入っているアラサー冒険者とか。
ここで半日使っても、レインボーフィッシュで成果があれば十分すぎる。
そもそもヒールマンゴーの生産は間に合っているんだし。
ふむ、一回生け簀を試運転してみるか。
……せっかく手に入れたんだしな。動かしてみたい。
「テテトカから草だんごをもらってこよう。もらってきたら、湖でレインボーフィッシュの飼育テストだ」
◇
生け簀はパーツごとに分解できるらしく、人手さえあれば運ぶのは簡単だった。
というか付属の説明書に書いてあったのだ。
「この生け簀はどこにでも楽々設置できます。屋上のテラス等に設置して優雅に魚を観賞しましょう!」
うーん、セレブ。
まぁ、俺は観賞用じゃなくて鱗だけに用があるんだが……。
湖への道を冒険者達とゆっくり進んでいく。
空気はやや湿っているが、雲はない。
雨が降るとしたら夜だろうか。
生け簀の管理係として付いてきたのはブラウンだ。
「これであの魚を飼うですにゃん……。さすが、エルト様は考えが思い切っていますにゃん」
「……そうか? あの魚が育てられれば、鱗が手に入り放題じゃないか」
「いやぁ、それにしてもお金が掛かってますにゃん。リターンは大きいですがにゃん、無駄になるリスクもありますにゃん。あちし達じゃなかなか決められないですにゃん」
「そんなものか」
歩きながら、隣をちらっと見る。
そこではテテトカが上機嫌に歩いていた。
「はふ、また湖へ行くんですねー」
「悪いな、付き合ってもらって」
「いえいえー。ぼくも鱗をまた食べたいですしー」
食欲に忠実なテテトカ。
ま、まぁ……ヒールマンゴーの生産は順調だしな。
むしろドリアードにとっては、鱗はかなりやる気の出る案件のはずだ。
そうして俺達は湖へと着いた。
相変わらず水は綺麗で、とてもよい眺めだ。
ふうむ、少し水中を覗いただけだとレインボーフィッシュの姿は見当たらないな。
やはり警戒心が強いか……。
草だんごなしだと駄目そうだな。
冒険者達に、さっそく生け簀を組み立ててもらう。
一度組み立てて解体してるからな。すぐ準備は終わる。
「できましたにゃん」
「ありがとう、ちょっと下がっていてくれ」
さて……この生け簀があれば、釣りをしないでも魚はゲットできるな。
俺は魔力を集中させて唱える。
ここ数日で新しく覚えた魔法だ。
「巨木の腕」
これは植物魔法の中級魔法だ。
植物魔法に適性がないと、どれだけ魔力があっても使うことはできない。
俺が唱えると、地面からめきめきと巨人の腕のような――太い樹木の腕が出現する。
「おおー、でっかーい!」
「凄い魔法ですにゃん……!」
この『巨木の腕』はこれまでの植物魔法と違って、俺の意思に従って即座に動く。
射程は数メートル、その範囲ならかなり自由に伸び縮みもするのだ。
それなりに魔力は使うが、ちょっとした土木工事も可能なほどパワフルである。
「この生け簀は水びたしになっても大丈夫なんだよな?」
「はいですにゃん。説明書に書いてありましたですにゃん!」
「よし――それなら、生け簀を丸ごと湖に入れるか。草だんごを真ん中にセットしてくれ」
生け簀の中心に置かれる草だんご。
これでレインボーフィッシュはたくさん来てくれるだろう。
俺は草だんごが置かれたのを確認して『巨木の腕』を操っていく。
生け簀の縁を『巨木の腕』が掴む。
そのままゆっくりと湖まで『巨木の腕』が生け簀を運んでいく。
よしよし、うまくできそうだな。
ザブン……!
生け簀が湖へと入っていく。同時にわっとレインボーフィッシュが集まってくる。
前と同じだな。
すぐにレインボーフィッシュが興奮して集まってきている。
「わー、もうお魚さんが来てます」
「んにゃん、激しい食べ合いになってるにゃん。もう引き上げてもいいですにゃん?」
「それも手なんだが……こんなに数はいらないんだよな。とりあえず、このまま様子を見よう。生け簀の中が数匹くらいに減ったら、引き上げるからな」
そうして俺は『巨木の腕』の操作を一旦止める。
これがこの魔法のいいところで、完全に解除しない限り『巨木の腕』は消えたりしないのだ。
また動かしたいときに動かせる。
「はぁ……それにしても、本当にエルト様の魔法は凄いですにゃん……」
「植物魔法は戦闘向きじゃないとは言われているがな」
「それでもこれだけのことができますにゃん。あちし達ではとても無理ですにゃん」
冒険者達もうんうんと頷いている。
誉められるというか、そう言ってもらえるのは嬉しくはある。
やっぱり前世の知識とはいえ、努力して身に付けたものだからな。
さてレインボーフィッシュが落ち着くまで、ちょっと待ち時間がある。
三十分もすれば落ち着くだろうが。
それまで少しだけ待機時間というやつだな。
テテトカは冒険者に頼んで、もぞもぞと柔らかい地面に埋めてもらっている。
はやい……。空いてる時間があれば、テテトカはすぐ埋まりに行く。
まぁ俺達も暇なんだがな。
「ブラウン、俺達はこれで時間を潰すか」
「んにゃ!? そ、それは……!」
「そうだ、ボールだ……!」
俺は懐から小さくて柔らかいボールを取り出す。
念のため、持ってきたのだ。
もちろんブラウンと遊ぶため。
ぽいっとな。
「にゃああああああん!」
ブラウンが楽しそうに駆けていく。
よしよし、これで退屈はしないな。俺もブラウンも運動できるし……。
そして三十分後。
覗いてみると、生け簀の中にいるレインボーフィッシュは数匹になった。
引き上げ時だろう。
『巨木の腕』でゆっくりと生け簀を湖から引き上げていく。
そのまま地面に降ろして――俺達は息を呑んだ。
水の中だと気が付かなかったが、一匹変わったレインボーフィッシュがいる。
きらきらと黄金と銀に輝く、レインボーフィッシュが生け簀にいたのだった。
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