03.初めての住人
それからナールはひとしきり驚いた後、俺を尊敬のまなざしで見上げてきた。
なんだかくすぐったいな。
そんな風に見られたことなんて、生まれてから経験がない。
「貴族様……それで、なのですがにゃ。ひとつお聞きしてもいいですかにゃ」
「なんだ?」
「このヒールベリーはまだ手に入るのですかにゃ?」
「継続的に取引できるかどうか、知りたいのか」
「ご明察ですにゃ! もし……もし、これからも継続的に買い取りをさせて貰えるなら、金額に上乗せしますにゃ」
きらきらした目でナールが懇願してくる。
ふむ……俺としても定期的に買い取ってくれるのはありがたい。
ヒールベリーに回復効果があるのは一カ月。
長く置いておけない以上、定期的に持っていってくれた方が都合がいい。
いちいち通りがかりの旅商人に交渉するのも面倒だからな。
決まった商人に売るのが楽だ。
「構わないぞ。俺もその方がありがたい」
「にゃ! 重ね重ね、ありがとうございますにゃ!」
それからは価格の交渉だ。
と言っても相場をあまり知らないので信用するしかないが。
前世でもニャフ族の評判は良かったし、その辺りは任せよう。
ナールは秤を持ってこさせると、ヒールベリーの重さをひとつずつ確かめていく。
慎重に傷ひとつ付かないように、まるで宝石を扱うみたいだ。
……今はそんなに貴重な品物になっていたのか。
ナールの買い取り姿を眺めながら、時代は変わるもんだなぁと俺は思うのだった。
♢
「……品質はどれも最高ランクでしたにゃ。買い取り金額の合計は金貨二十枚でどうですかにゃ」
「そんな大金になるのか」
今度は俺がちょっと驚いてしまった。
平民の家族なら、金貨一枚で一ヶ月は暮らせる。金貨一枚でざっと三十万円くらいの価値があるのだ。
金貨二十枚は貴族の子どもの小遣いとしても多過ぎる。
俺のイメージでは、全部で金貨一枚になればいいかと思ってたんだが。
想像の二十倍の値が付いてしまった。
「今は本当に品薄なのですにゃ。あちしはここで貴族様に会えて幸運ですにゃ!」
「そ、そうか……」
「どうですかにゃ、これでお売り頂けないですかにゃ」
「ああ、もちろん売る。金貨二十枚で問題ない」
すんなりと取引は終了した。
目の前にはぴかぴかの金貨が並べられている。
……こんな大金、初めて見た。
少なくても、エルトとしては初めてだ。
ちょっとテンションが上がってきた。
これだけのお金があるなら、肉をお腹いっぱい食べられるな。
植物の魔法で野菜や果物は食べられる。
しかしまともな肉や魚をどれだけ食べていないことか……。
ああ、食事のことを考えていたらお腹がすいてきた。
「ナール、このお金で食料は買えるのか?」
「! もちろんですにゃ!」
よし、せっかくだ。ちょっと散財してもいいだろう。
今夜はお腹いっぱい、食べてやるんだ。
♢
それからいくつかの取引を終えて、ナールは商会の馬車へと戻った。
もちろんヒールベリーを入れた箱を持ってだ。
「信じられないにゃ……まさかこんなところで、ヒールベリーが手に入るなんてにゃ」
「これまでどこも品薄でしたのが、嘘みたいですにゃ」
答えたのは商会のナンバーツー。茶猫のニャフ族だ。
「……出所は調べないでいいのですにゃん?」
「やらないでいいにゃ。ナーガシュ公爵家は王国五大貴族の一角にゃ。下手をしたら、あちし達の首なんて簡単にすっ飛ぶにゃ」
周囲のニャフ族は一斉に頷く。
貴族は平民にとって恐ろしい存在でもある。
なにせ今ではほとんど失われた驚異の技術、魔法を使えるのだから。
ナールも王国北部ではそこそこ名の知れた商人であったが、公爵の前では吹けば飛ぶような存在でしかない。
「にしても……あの貴族様は気さくでいい人だったにゃ。貴族様とこんなにすんなり取引できたのは初めてにゃ」
「たいてい色々と無理難題を言われますにゃん。それが一切なかったですにゃん」
「その通りにゃ。それにあの若さで領地を任せられるにゃんて――すごく期待されているのにゃ。ホープに違いないにゃ」
ナールの経験上、領地を任せられるのは優秀な子弟だけだ。
まさかこの領地が手切れ金代わりに貰ったものだとは、考えもしなかった。
「あのヒールベリーはきっと実家から開拓資金として渡されたものにゃ。これからナーガシュ家はここを開発していくつもりにゃ」
「物腰も堂々として、子どもっぽい所がなかったにゃん。まるで大人の貴族と話しているような威厳を感じたにゃん……」
「そうにゃ……あちしの眼に狂いはないにゃ。あの貴族様はふんぞり返るだけの人じゃないにゃ。あの方はまだ若いけれど、瞳には――めらめらとしたやる気が燃えているのにゃ!」
そこまで言ったナールは、ぐっと拳を握った。
「決めたにゃ! あちしはここに拠点を作って、貴族様をお助けするのにゃ!」
♢
「それで俺の領地に住みたい、と……」
「ヒールベリーの買い取りもありますにゃ。もちろん税金はちゃんと納めますにゃ」
「ふむ。俺にとってはありがたい話だが……」
ナール達が申し出たのは、俺の領地に住むことと商会の設置。
正直、そんな話になるなんて思いもしなかった。
せいぜい定期的に立ち寄ってくれる程度で、そこまで本格的になるとは……。
「元々、本拠地を移すつもりで来たのですにゃ。商売道具一式、資金も移動させる準備をしておりましたのにゃ」
「……なるほど。元からそういうつもりだったのか。しかしいきなり過ぎないか?」
「今のヒールベリーには、それだけの価値があるのですにゃ!」
ナールだけでない。後ろにいるニャフ族一同も熱く頷く。
「……でもいいのか? 見ての通り、この領地には本当に何もないぞ」
「大丈夫ですにゃ。テント暮らしには慣れてますにゃ!」
商人がいてくれるなら、これから色々と手広くやれるだろう。
俺にとってもメリットは大きいと思う。
俺の知識は魔法に偏っている。ヒールベリーが品薄なのも知らなかったしな。
商売を知っている住人がいてくれれば、心強いのはたしかだ。
「わかった、君達の居住を認めよう。これからよろしくな」
「ありがとうございますにゃ――領主様!」
……領主か。
家族も執事もメイドも……魔法適性のせいで誰も俺を認めなかった。
それがどうだ?
問題だった植物の魔法で、俺について来てくれる人ができた。
それは初めてのことだった。
「どうかしたのですにゃ?」
「いや、なんだか感慨深くてね……」
これは一歩目にすぎない。これからもっと、領民を増やしていく。
でも、俺にとってはとても大事な一歩目なのだ。
領地情報
領民:+20(ナール、ブラックムーン商会のニャフ族)
総人口:21
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