22.鱗
「……完成した。これで釣れるぞ」
俺は植物魔法でちょっとした竹の囲いを作った。
ペットボトルの飲み物容器を半分にしたような形である。
使い方はとても簡単。
中に草だんごのかけらを入れて、魚が筒に飛び込んできたら引き上げる。
前世で得たサバイバルの知識だな……おびき寄せる餌がよければ、結構捕まえられる。
本当は大きな網があれば良かったのだが、それだともう釣りじゃなくて漁だしな。
とりあえず今日はこれでいい。
「んにゃー、面白そうな仕掛けですにゃん。筒の中に魚が来たら引き上げるんですにゃん?」
「ああ、そうだ。あれだけ勢い良く魚が来るなら、釣糸よりこっちの筒の方がいいだろう」
「糸だと切られそうな勢いでしたにゃん……。体全体を捕まえる方が合理的ですにゃん」
「エルト様はすぐにこういう道具を作れるのですねー、とっても器用です」
ブラウンとテテトカが感心したように言ってくる。
最近は植物魔法の精度が上がってきて、イメージ通りに小物を作れるからな。
細かいものを作るのはそれはそれで魔力を使うのだが、今の俺には余裕だ。
ちなみに草だんごは、テテトカにとって食べ飽きたおやつだそうだ。なので、魚の餌にするのは全然いいらしい。
何がどこでどう役に立つのかわからないものだな……。
この前もドリアードが地面に埋まるのが役に立つと思っていなかったし。
とりあえずはこれで魚を釣ってみよう。
……記憶が戻る前にチャレンジしたときは、あんまり釣れなかったんだよな。
再チャレンジというわけだ。
◇
それから草だんごでの釣りは大成功だった。
どんどん筒に魚が来てくれるんだからな。
浅いところでも入れ食い状態だったし。
魚から来てくれるのだから、うまくいくに決まっている。
「よし、結構釣れたな」
魔法で作った大きい桶には十匹の魚が元気に泳いでいる。
俺とブラウンとテテトカの成果だ。
七色の鱗がきらきら光って、とても綺麗な魚だ。形は鯉に似ているな。
だけど知らない魚だ。ブラウンもこの魚はわからないということで、どうするかは冒険者に聞いた方がいいか。
そしてそのブラウンは芝生で寝転んで一休みしている。テテトカも地面に埋まって休んでいた。
……テテトカは隙あらば地面に埋まろうとする。
俺達にとって芝生で横になるのと同じ感覚なんだろうが、種族が違うとこうも休み方が違うんだな。
「あ、向こうで釣りしてた冒険者のひとたちが来るー」
「ん? いや、見えないが……」
「地面がちょっと揺れてるから、もうすぐ来るよ」
「……お、おう」
長年、土に埋まっていた経験だな。
さすがドリアード。
と、少しして冒険者達がやってきた。
テテトカの振動感知通りだ。
「おあっ……!? あ、あ……テテトカか」
「はーい、今休んでいるんだよー」
「そ、そうだな……。少しずつそれにも慣れてきたよ」
冒険者達はなんだか少しがっくりしているようだ。
あまり釣れなかったのだろうか。
まぁ、聞いてみようか。
俺は先頭にいる、アラサーの冒険者にたずねた。
「お疲れさん、そっちの釣りの戦果はどうだった?」
「いえ、ここの魚は警戒心がすごく強くてね。俺達も冒険者――サバイバルは得意なんですが、全然駄目でした」
冒険者でもここの魚を釣るのは難しいのか。
それだと前に俺がやった程度では、釣れなかったはずだ。
「そちらの方は――えええっ!? こんなに釣れたんですか!?」
「あ、ああ……テテトカの草だんごがいい餌になってな。入れ食い状態だったが、餌がなくなったからな。とりあえずここで終わらせたんだ」
「領主様はなんでも出来るんですね……。森での採集だけじゃなくて、釣りも極められているなんて」
「テテトカの草だんごが凄いだけなんだが……」
俺の魔法で作った筒がなければ、釣り上げるのが面倒だったのは事実だけれど。
思いっきり驚いた冒険者達。
どうやら彼らは、さらに俺への尊敬を深くしたようだ。
それより、確認したいことがある。釣れたこの魚のことだ。
「あと、この魚について知っているか? 俺も見るのは初めてなんだ」
「この魚は――レインボーフィッシュですね。ああ、コイツなら普通にやったら釣れないか……」
アラサー冒険者は納得したように頷いた。
「レインボーフィッシュは食べられないレアな魚なんですが、特殊な習性がありましてね。よく鱗が生え変わって落ちるんです」
「……すでに桶の底に数枚、鱗があるな」
「その鱗が素材として使えるんです。魔力が含まれていて、色合いによって用途が違うんですが……」
ほう、そういう魚だったのか。
食べられないのは残念だが、鱗の方に価値があったとは。
俺は水の張った桶の底から、鱗を一枚取り出してみた。
今、俺の手の中にある鱗はオレンジだ。こうして持ってみると、確かに少しの魔力を感じ取れる。
結構脆そうだな。ちょっと力を入れると砕けそうだ。
「オレンジは肥料用ですね……。砕いて使うと、植物がよく育つはずです」
「ほー、そんな力があるのか……。それは便利だな」
そこまで聞いて俺の記憶がちょっと揺さぶられた。思い出してきたぞ。
うん、ゲームの中でも魔力を含んだ肥料は存在したな。
サブクエストで触れられていたと思う。
ちょっとしたアイテムなので、あまり印象はないが……。
「なんにせよ、いいことを聞いた。この鱗にそんな力があるなんてな。俺の領地にぴったりだ」
「ええ、ですが――体に付いている鱗は駄目なんです。魔力が鱗に溜まっていなくて使えない。自然に剥がれ落ちた鱗でないと、価値がないんです」
「わかった。じゃあ一旦、この魚はリリースだな」
持ち帰って飼育しようにも、設備がない。
生態もよくわからないしな。とりあえず後で湖に帰そう。
と、地面に埋まって首だけテテトカが俺の方をじっと見ている。
いや――テテトカが見ているのは俺の手に持っている鱗の方か。
「これに興味があるのか?」
「なんだか、とてもおいしそうな……」
「おいしそう!?」
ドリアードにはそう見えるのか。
ま、まぁ……肥料になるらしいからな。
「じゅるり」
「わ、わかった……。砕くからちょっと待っててくれ」
「そのままがいいですー」
「生の鱗だぞ。指の力だけでも砕けるとはいえ……」
「……じゅるり」
「よ、よし。草だんごのかわりだ。食べてくれ」
首だけ出ているテテトカの口元へ、俺は鱗を持っていく。
かなり危ない光景だ。首まで埋まった人に鱗を食べさせようとするなんて……。
人から聞いたら斬新な拷問だと思うだろう。
しかし、テテトカはなんのその。気にした素振りは少しもない。
差し出された鱗に迷わず食い付く。
さっきのお魚みたいなのは、言わないでおく。
ぱくり。ぱりぱり……。
そのときの俺はまだ、この行為の意味を知らなかった。
つまりドリアードは鱗を食べると、レベルアップするのだった。
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