<< 前へ次へ >>  更新
21/414

21.出迎え

 テテトカの釣竿が激しく揺れる。

 水面でもバシャバシャと魚が暴れまくっていた。


「お、お、おー! これは、どうすれば……?」

「手を離すにゃん!」


 突然の引きにパニックしてるな。初めての釣りだからな、仕方ない。

 ブラウンの言う通り手を離してもいいんだが、その拍子にテテトカが転びそうだ。


 ふむ、植物魔法で動かないようにした方が安全だな。

 俺はテテトカに駆け寄りながら、植物魔法を発動させる。

 太いツタを生み出す魔法だ。これで釣竿ごと固定してしまおう。


 魔力が放たれ――あっという間にツタが釣竿を包み込む。

 釣竿が少しきしむ音がしたが、それだけだ。植物魔法はこういう固定することには非常に向いている。


 水面はまだ草だんごを食べようとする魚で荒れているが、釣竿はびくとも動かない。

 ……ふう、これで問題ないだろう。引っ張られることもない。


「大丈夫か? もう手を離していいんだぞ」

「は、はい……ふぅ……」


 一息ついたテテトカが釣竿から手を離す。


「はぁ~、ありがとうございました! まさか、こんな風になるなんてー」

「俺も驚いたな。まさかドリアードの持ってきた餌であんな風になるとは……」

「今も魚は荒ぶってるにゃん。草だんごの力はすさまじいにゃん」


 草だんごはまだ釣竿の先にあるのだろうか。

 これだけ魚の勢いがあると、もう草だんごの原型は残ってなさそうだな……。


 今はさっきよりか魚は落ち着いているが、それでも魚影の濃さは見てわかる。

 まだ釣竿の先にたくさんの魚がいるのだ。


「これはひとつの興味で聞くんだが、あのお手製草だんごはどういう風に作っていたんだ?」

「うーん? あの塔の前でとれた薬草をオリジナルブレンドでねりねり、こねこねしただけですー」

「んにゃ、あの君達が埋まっていたところの薬草にゃん?」

「そうそうー、育ちがいい草をもみもみ……」


 ドリアードが埋まっていた土は、植物の育ちが良い。人間を埋めても元気になるくらいだからな。

 その地面で育った薬草類なら、ああいう風に魚も寄ってくるか。


「テテトカ、もうひとつ草だんごをもらってもいいか?」

「はいー。あと数個ですけど、どうぞ~」

「ありがとう…………ほいっと」


 俺は草だんごをちぎって、湖に投げ込んだ。


 バシャバシャ!


 投げ入れたところにすぐさま魚が群がってくる。

 ……すごいな。完全に入れ食いだ。


 これだけ我先に魚がやってくるのなら、釣竿がなくても魚はとれるだろうな。

 というより、完全に草だんごを使って漁ができる。

 試してみる価値はありそうか。


 テテトカとブラウンに向かって、俺は提案した。


「俺の魔法で囲いを作れば、大量に魚をゲットできそうだな」


 ◇


 一方、ザンザスの冒険者ギルド。

 その建物に華美なところはなく、武骨な砦のようであった。


 すでにステラ達の馬車は入口に到着している。

 連絡を受けていた冒険者ギルドは、最大限の礼を持って出迎えの準備を済ませていた。


 それだけではない――何百というザンザスの市民が、使者達が馬車から出てくるのを心待ちにしているのだ。


 出迎えに並んだ人物のなかでも、一際存在感があるのはギルドマスターである。

 名前はレイア、三十三歳。すらっと鍛えられた肉体を持つ、黒髪の美女である。


 その前の半生は誰も知らない。

 冒険者になってから槍さばきだけでギルドマスターへなったという事実だけが、広く知られていた。


「おお……!」


 そのレイアがステラの姿を一目見て、感嘆の声を漏らす。


「お出迎え、感謝いたします」

「英雄ステラ、あなたを迎えられる日が来ようとは……」


 馬車から一番に降りたステラの姿は、神々しささえあった。

 ザンザスに住む者なら、銅像を通じてステラの姿を知らない者はいない。

 まさに銅像の生き写し――並ばなくても、同一人物であることは明らかであった。


 数百年ぶりの英雄の帰還。

 今日という日は、ザンザスの歴史に永久に刻まれることになるだろう。


 そんな心打たれる場面を、ナールとアナリアも馬車から感慨深く見ていた。

 レイアが子供のようにきらきらした顔で、ステラに話しかけている――なので、少しだけ馬車内にて待機しているのだ。


「いつも寝癖で髪ぼさぼさなレイアがちゃんと髪をセットしてるにゃ……」

「ええ……最近はポーション周りのあれこれで常に寝不足。先月はついに過労で倒れたレイアさんが、あんなに元気そうに……」

「もうちょい前は、死んだ魚のほうがマシな目をしてる状態だったのにゃ。それが今は目を輝かせているにゃ」

「ま、まぁポーションがなくて色々な仕組みが破綻してましたからね……」

「んにゃ……あ、そろそろ出た方がよさそうにゃ」

「はい、行きましょう」


 そうして、二人も馬車を出る。

 事前に条件は詰めてあるので、今日は交渉というよりは懇親会みたいなものだ。

 なので、ザンザスも歓迎ムード一色である。


 とはいえ、冒険者ギルドも念のためにステラの本人確認はするようだが。

 しかし記録では指紋も残っているそうなので、それはすぐに終わるだろう。

 冒険者ギルドは、登録時にそういう個人情報はちゃんと収集しているのだ。


 そしてナールとアナリア、ステラはすでに感じ取っていた。

 ステラを代理人代表にしたエルトの判断は、大正解だったということを。

お読みいただき、ありがとうございます。

<< 前へ次へ >>目次  更新