14.冒険者
ごくりとステラが息を飲んだ。
わかっている、ステラは腹芸が出来るタイプじゃない。
今みたいにすぐ顔や態度に出る方だ。
俺の意図するステラの役割は、ずばり親善大使。
ザンザスの市民を味方につけて欲しいのだ。
今はまだビジネスライクな付き合いだろうが、いずれはもっと広範囲で提携したい。
そのためにはザンザスでの知名度、好感度も重要になる。
とはいえこの考え方は、この世界では珍しいかもしれない。
さて、それをうまくステラに伝えないとな。
「ザンザスの人達はステラのことをずいぶん慕っているようだ。劇や本にもなっているようだし、顔見せくらいはしてもいいんじゃないか?」
「ふぇぇ……。それはそうですが……。そうですね、わかりました……やって、みます」
ちょっと悩んだステラだったが、最後には頷いてくれた。
そうなんだよな……付き合いは短いが、ステラはあまり断らない。
ありがたい反面、無理をさせていないかと気になる。
「……嫌なら、やらなくてもいいんだぞ。無理することはないからな」
「ありがとうございます……。でも大丈夫です、嫌というより……恥ずかしくて」
「……恥ずかしい?」
俺が首を傾げると、ナールとアナリアがそっと目をそらした。
その反応、何か知っているな。
「どういうことだ?」
「……わたし、ぼっちなんです……。冒険者もずっとソロで、友達もいなくって……それも劇で……うぅぅ……ぐすっ」
「わ、わかった! 聞いて悪かった!」
闇が深いぞ、ステラ。
そういえば前にもこんな展開があったな。
あれは元婚約者を決闘で倒す話だったか。
……うーむ、ステラは悪い人じゃないと思うんだけどな。
しかし、なにぶん今とも違う昔のことだ。
ブラックホールのように深い闇が、そこかしこにあったのかも……。
「ふぇぇ……」
「俺は友達だからな? ……だから、その……」
「本当ですか? エルト様が?」
「あ、ああ……」
うう、これでよかったのか?
ステラがきらきらした目で俺を見る。
よかったのか、いまいちわからないが……でも友達か。
なぜそんなことをとっさに口にしたのか。
うーん……領民はいるけれど、俺にも友達はいないからだ。
そう、認めざるを得ない。
家でもそういう人はいなかったからな。
だから、ステラの言葉に反射的に答えてしまった。
……たぶん、俺も友達に飢えていたのかも。
「えへへ……」
ステラはこれまでの気弱そうな態度から変わって、にこにことしている。
少なくとも――俺への好感度は上がったみたいだな。
◇
細かなところも詰めたので、後は手紙を返すだけだ。
冒険者ギルドは手紙と一緒に伝書鳩も付けていた。
用意周到だな。これなら返した手紙はすぐに着くだろう。
特に問題なければ、あとは実際にザンザスへ使者を送り契約文書を取り交わすだけだ。
これはさっきも話し合った通り、ステラに前面に立ってもらおう。
……俺は父の命令で、ここから離れられない。
監視があるわけじゃないが、これは意地でもある。
今はもうここに集まった人の領主として、ちゃんとやるだけだが――見返したい気持ちも少しあるのだ。
ある意味、子供っぽいかもしれないが……。
あとはまぁ――俺も一応、貴族なのだ。
貴族は貴族の呼び掛けでしか領内を離れたりしない。
平民との話し合いで行くのは、めったにない。
俺は別にそんな風には思わないが、向こうの受け取り方はわからない。
俺自身がザンザスに行くことは、良い印象を与えない可能性がある。
貴族としてなっていない――そう思われるかもしれないのだ。
なので、代理人を立てる方が無難だろう。
少なくとも当面の間はな。
◇
それから数日後。
俺は冒険者達と領内の西にある森に入っていた。
冒険者ギルドへの手土産として、何か素材はないかと探しにきたのだ。
もちろんウッドも一緒だし、ブラウンも素材鑑定人として同行している。
魔物が出るかもしれないので、ブラウンはウッドの肩に乗っているが、
「全然揺れなくて快適ですにゃん……」
かなりのご満悦のようだ。
しかし、森は薄暗く獣道しかない。
当然か。俺も森に入るのは初めてだ。
ナールが入口を見た感じでは、素材はかなりありそうとのことだったが……
ちょうどいい機会なので、俺も新しい魔法を試しがてら参加したのだ。
植物魔法は単に、生み出すだけじゃないからな。
今の俺は中級魔法【森の鑑定人】を発動させている。
これは前世の知識だと、周囲の植物を把握する魔法だ。
何かあると頭のなかにそれが言葉になって思い浮かぶ――はずだ。
全く戦闘向けではないが、素材採集にはとてつもない力を発揮する。
一度、どれほど効果があるか試したかったのだ。
と、頭のなかに突然言葉が思い浮かんでくる。
……なるほど、こんな感じになるのか。
『右の木の陰、爆裂草』
「むっ……右の木の陰に、爆裂草があるな。回収してくれ」
冒険者がさっと向かい、喜びの声を上げる。
「へへぃ! ああ、あった! ありやした!」
「……すごいですにゃん。冒険者よりも早く色々な素材を見つけてますのにゃん」
「俺が見つけるのは植物だけだが……。鉱物や動物はわからないぞ」
「それでも素晴らしいですにゃん。あちしが思うに、十年やってきたベテラン冒険者よりも眼力ありますにゃん」
なるほど、思ったよりも魔法の効果は大きいみたいだな。
実際、使ってみないとわからないものだ。
「ウゴウゴ。えだ、じゃま!」
ウッドには大きな腕で枝や茂みをどけてもらっている。
二メートルもあるウッドのパワーは相当のものだ。
おかげでかなり楽に進めていた。
『次の草むら、シルバークローバー』
「次は二十歩先の草むらに、シルバークローバーだな……」
「銀で出来たクローバーですにゃ、それは高く売れますにゃん」
こんな感じで次々と素材をゲットしていく。
一時間も進む頃には、冒険者達の目付きがかなり変わってきていた。
なんというか、一目置いているみたいな雰囲気だ。
「……領主様は植物にも詳しいようだ。あんなにぱっぱっと見つけられるとは」
「学識があるってことだな……。やはり貴族様は違うんだな……」
これは認められている――そう思っていいのだろうか。
それならなによりだ。
冒険者ギルドとも、うまく付き合っていけそうだな。
と、そこでまた反応があった。
……なんだ、これは。
『三十歩先、ドリアードの村』
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