<< 前へ次へ >>  更新
90/127

90 遺跡の中へ

 扉を開けるとすぐ、下り階段になっていた。


「暗いぞ、気をつけろ」


 サベルがそう声をかけた瞬間。


「「きゃっ!」」


 アデルとアルマはつんのめり、階段を転げ落ちそうになった。

 踏みとどまった姉妹を見て、サベルが安堵のため息を吐く。


「やはり、俺が先に行こう」

「いいえ、私たちが」「でも、側にいてほしい」

「わかった」


 そうして姉妹を先頭に、そろりと階段を下りていく。

 階段の行方は闇に閉ざされていて、どこまで続くのかと誰もが不安を覚えていた矢先。

 アデルが言った。


「階段が終わったわ」

「えっ? もう?」


 そうラナが問うと、アルマが言った。


「でも、何も見えない」


 サベルも階段を下り、ロブロイ、ラナ、ロザリーと続く。


「しまった。魔導ランプ持ってくるんだったな」「誰か、聖騎士(パラディン)の人~?」

「いるわけないでしょ、ロブロイ」

「待て。松明がある」


 サベルは荷物から松明を取り出した。

 しかし、なかなか明かりが灯らない。

 屈みこんで松明に火を灯そうとして、苦戦している。

 ロザリーが問う。


「濡れちゃった?」

「油紙で包んでおいたんだがな。……っ、よし。点いた」


 松明の灯りが周囲を照らす。

 そこは石造りの通路だった。

 上下左右の幅が均等な、正方形の通路が続いている。

 ロザリーが奥を見通す。


「突き当りが見える。そこまで一本道ね」


 サベルが松明を掲げて目を凝らすが、彼には見えない。


「よく見えるな」

「夜目が利くので」


 ラナが軽い調子で言う。


「迷路とかじゃなさそうでホッとしたわ」


「甘いぜラナ」

「ここは〝旧時代〟の遺跡だぞ?」

「見たことない仕掛けがわんさかあってもおかしくない」

「ついでに見たことない魔導具がわんさかあってもおかしくない!」


「はいはい。あんたらって、そればっかねぇ」


 サベルが松明の炎の揺らぎを見て言った。


「空気が流れていない。長居しないほうがいい。行くぞ」


 しばらく行くと、ロザリー以外にも突き当りが見えてきた。

 突き当りから左右に通路が伸びるでもなく、袋小路になっている。


「えー、行き止まりなの? ここって何のための遺跡なのぉ?」

「ほんっとバカだな、ラナ」「仕掛けがあるに決まってる」

「そ~かなぁ?」


 姉妹のすぐ後ろを歩くサベルが、首だけで後ろを振り向いた。


「……ロザリー」

「ええ。臭いますね」


 そのとき。

 先頭を行くアデルとアルマが足を止めた。


「まさか……」「ああ……」


 短くそう漏らしたかと思うと、姉妹は駆けだした。


「待てっ! アデル! アルマ!」


 サベルの制止も聞かず姉妹は走り、突き当りの隅で膝をついた。


「ああっ、お父様だ」「あああ……お父様ぁ……」


 ロザリーたちが追いつくと、そこには古い遺体があった。衣服は茶色に汚れ、身体は骨と皮だけになっている。

 ロザリーが静かに聞いた。


「間違いない?」


 泣き崩れる姉妹は同時に頷き、絞り出すように答えた。


「っく、あの眼鏡ぇ」「お母様がっ、誕生日に贈った、特注品なのぉ」


 遺体の顔からずり落ちた眼鏡は、たしかに大量生産のものとは違う品質の良いものだった。


「大丈夫。大丈夫だから」


 ラナが姉妹を覆いかぶさるように抱きしめる。

 サベルがノアの遺体の側に膝をついた。

 ふと何かに気づき、ミイラ化した遺体の髪をかき上げる。一部が乾いた血で赤黒く変色していた。


「側頭部に打撃痕」


 サベルの言葉に、ロブとロイの顔色が変わる。


「打撃痕?」「転倒したとかじゃなくて?」

「他殺だ。致命傷はこれだな」


 サベルは遺体の胸元を指差した。

 汚れと暗さで判然としなかったが、言われてみるとここにも血の跡がある。

 それも、胸からベルトを越えてズボンまでべったりと。


「頭を殴り、昏倒した相手の心臓をひと突き。手慣れている」


 サベルの所感に、ロブとロイが疑問を呈す。


「いや、でもよ」「いったい誰が?」


「ノアは魔導騎士。それをひと突きにできるのだから、言うまでもなく犯人も魔導騎士だ」


「だからどこの魔導騎……まさか」「北ランスローか!?」


「あり得るな。ロザリーはどう思う」


 サベルがロザリーを見上げると、彼女は入り口のほうを向いていた。


「ロザリー、どこ見て……」「まさか、誰か来るのか!?」


 ロブとロイに言われ、ロザリーは慌てて否定した。


「ううん、そうじゃないんだ。ただ――」


 そこまで言って、ロザリーも遺体の横に膝をついた。


「――殺されたってことは、入り口の【鍵掛け】はノアさんじゃないんだな、って」


 サベルがハッと顔色を変える。


「犯人か。発覚を恐れて……」

「犯人の仕業でしょうが、発覚を恐れたからかはわかりません」

「他に理由があるか?」

「普通、戸締りするのって、また戻るつもりがあるときじゃないですか?」

「!」

「とにかく。その辺のことも、手っ取り早く本人に聞きます」


 そしてロザリーはアデルとアルマを見た。

 覚悟はできてるはずの姉妹だが、父の遺体を目の前にして、今も泣きじゃくっている。


「アデル。アルマ。今からノアさんに話を聞こうと思うんだけど……いいかな?」


 姉妹は上目でロザリーを見た。


「……それって」「……お父様を死霊(アンデッド)にするの?」

「しないよ。話を聞くだけ」


 姉妹はぐすんと鼻を鳴らし、揃って頷いた。



 ロザリーは遺体に視線を移し、意識を集中した。

 言葉はかけない。

 ただ、聞き耳を立てて注意深く見つめる。

 いつもなら、これで死者のほうから話しかけてきた。

 しかし、ノアは話しかけてこない。


(ノアさん?)


 こちらから名を呼んでも返事はない。

 しかし、ふとロザリーは違和感を覚えた。

 ノアがこちらを見つめている気がする。

 瞼をグッと閉じてから目を開いて、もう一度見つめる。

 遺体は遺体のまま。

 だが気づけば、ノアは確かにこちらを見ている。


(やば……これは)


 気のせいではない。

 ノアの眼球のない暗い眼窩と、目が合っている。


(間違いない。この奇妙な感覚……)


 底の見えない深い淵を覗いているような。

 月も星もない夜空を見上げているような。


(葬魔灯……!)


 いつしかロザリーの意識は、ノアの眼窩へ吸い込まれていった。

 まるで、魅入られるように。

<< 前へ次へ >>目次  更新