<< 前へ次へ >>  更新
9/76

9 入学の日

 魔導騎士養成学校(ソーサリエ)入学のいきさつは、ロザリーが十二才のときに遡る。



 ――王都ミストラル。

〝獅子王〟エイリス=ユーネリオンの座す黄金城(パレス)と、その周囲の城下町からなる獅子王国の首都である。

 黄金城(パレス)は小高い丘の上にそびえ立ち、丘の斜面全体に城下町が広がる。

 高さ十メートルを越える城壁が丘をぐるりと包み、その内側に敵兵の侵入を許したことはただの一度もない。


「うわぁ! これが王都!」


 巨大な城門をくぐると、目に入るのは人、人、人。

 行き交う人は絶え間なく、雑踏のにぎやかさは声を張らねば隣の人と話せないほど。


「今日はお祭りってわけじゃないよね?」


 大きな声でロザリーが聞くと、ヒューゴは深くかぶったフードをつまんで周囲を見回した。


「大都市は毎日こんなモノだ」

「大都市って王都以外にも?」

「そりゃあるサ。東方商国ノ都や、魔導皇国ノ皇都バビロンはもっと大きい」

「すごい! 世界は広いねぇ!」


 ロザリーは臆することなく雑踏の中をズンズン進んでいく。


「あー、御主人様」

「なあに、ヒューゴ?」

「あまり、はしゃがないでくれるかなァ」

「なんで?」

「目立つダロウ?」


 ロザリーはヒューゴを振り返り、怪訝な顔をした。


「このくらい、いいでしょ?」

「よくないネ。キミは死者を操る死霊騎士(ネクロマンサー)だ。人に疎まれ、蔑まれる宿命なんだよ。目立っていいことはない」

「あー、もう。その文句は聞き飽きた……よっ!」


 ロザリーは、ふいに駆け出した。

 人ごみを器用に縫って、王都の丘を上っていく。


「チッ! 向こう見ずな御主人様ダ!」


 後を追って、ヒューゴも駆け出す。

 商店の前にできた行列の間をすり抜け、荷を山と積んだ馬車をかわし。

 二人の差はジリジリと縮まっていき、丘の中腹付近でロザリーは捕まった。


「あ~ん。また負けた~」

「ボクに勝とうなんザ五百年早いネ」

「私ってヒューゴの力をそのまま貰ったんだよね? なのになんでいつも負けるのかな?」

「経験や技術の差だ。その点、キミはまだまだだヨ」

「頂上の金ピカ城に入ってみたかったのにぃ~」

「王城に? バカを言う。曲者を討とうと騎士が大挙押し寄せてくるだろうよ」

「私、負けるかな?」

「負けはしない。が、手合わせとは違うから命ノやり取りになる」

「じゃあ、やめとく」


 そしてロザリーはにんまりと笑った。


「最初の目的通り、魔導騎士養成学校(ソーサリエ)に入学しに行こう」


 ヒューゴはげんなりとした表情を浮かべた。


「本気なのかイ?」

「もちろん! ちょうど入学年齢の十二才だし。それに入学手続きが今日からって、これはもう運命じゃない?」

「必要ないと思うンだが……」

「元々はヒューゴが言い出したことでしょ。それが近道だって」

「たしかにキミは山奥育ちのせいか常識に欠けるし、教えるべきボクの持つ常識は五百年前のものだし……」

「知識を得るには書物が一番。書物がいっぱいあるのは魔導書図書館(グリモワール)。でも魔導書図書館(グリモワール)には貴族しか入れない」

「一方、魔導騎士養成学校(ソーサリエ)にも魔導書図書館(グリモワール)がある。入学できるならソレが近道――そう、たしかに言ったが、ねェ」

「……目立ちたくない?」


 ヒューゴは静かに頷いた。


「舘での出来事を忘れたのかイ? アレが死霊騎士(ネクロマンサー)の宿命。一度きりだとは思わぬことだ」


 ロザリーは笑顔を消し、そっぽを向いた。

 腕組みして、不機嫌そうに街並みを睨んでいる。

 ヒューゴは長いため息をついた。


「……わかった。入学しよう」


 途端、ロザリーの顔がぱあっと輝いた。


「ほんと?」

「仕方ない」

「気が変わったりしない?」

「だったらその前に行こう。もう入学の手続きを受け付けてるハズだ」

「うん!」


 ロザリーはスキップを踏み出しそうな足取りで歩き出した。


「そうだ、ヒューゴ」

「なんだイ?」

「私が授業受けてるときは好きに出かけていいからね?」

「ご冗談ヲ。影の中からいつも見守ってるヨ」



「一般入学希望者はこちらでーす」


 魔導騎士養成学校(ソーサリエ)、校門前。

 組み立て式の机がいくつも並べられ、その前に受け付けする職員が十名以上座っている。

 そして、その職員たちの前には大行列ができていた。


「嘘。これ全部、入学希望者なの?」

「これは日暮れまでに終わるかねェ」


 二人は適当な列の最後尾に並んだ。

 ロザリーがヒューゴに囁く。


「……魔導の素質のある人って少ないって聞いたけど」

「少ないネ」

「多いじゃん」

「いや、そうでもナイみたいだ」


 そう言って、ヒューゴは別の列の先頭を指さした。

 入学希望者と職員が、何やらもめている。


「ダメです。許可できません」

「そこを何とか! どうかこれで……」

「賄賂なんて渡してもムダですから!」

「そんなあ! はるばる西方ハンギングツリーから来たんですよ!」

「そんな遠くから何しに来たんです!」

「もっ、もちろん入学するためです!」

「あなたに魔導はありません! 多少力持ちなだけです!」


 行列に並ぶ人たちにざわめきが起きている。

 どうも魔導がないと知っていながら並んでいる者もいるようで、一人、また一人と列から抜けていく。


「魔導がないのに入学しようと? なんで?」

「入学して卒業すれば騎士になる。騎士とは貴族だ。失うものはないし、ダメ元で――ってとこかナ?」

「あっきれた」

「そうかイ? ボクは好きだなァ、ああいう人たち。野心的で、愚かで」


 揉めていた入学希望者はまだ諦めきれないようで、机にしがみついて動かなくなった。

 ついには警備の騎士に両脇を抱えられ、どこかへ連れられていく。

 それを見た途端、列から大勢が抜けた。


「……こんなにいたんだ」

「だネ」

「日暮れ前には終わりそう」

「うン。いいことだ」


 行列が歯抜け(・・・)になったので、列が再編成されていく。

 最終的に残ったのは二十人に満たない程度。


(あの男の子たち、顔がそっくり。双子かな? 初めて見るや)

(ん? あの眼鏡の女の人も同い年? ずいぶん大人びて見えるけど……)


 そんなふうに人間観察しながら列に並びなおしていると――


「あっ」

「っと」


 他の入学希望者――大柄な少年とぶつかった。


「すまない。怪我はないか」

「うん、ぜんぜん」


 ロザリーは少年を見上げた。


(この人も同い年よね? 大きいな……)


 そして少年の顔色がおかしいことに気づく。

 目を見開き、耳まで紅潮している。


「あの、何か?」

「お前は……」

「私? 私はロザリー。あなたは?」

「俺は……グレンだ」

「グレン。よろしくね」


 ロザリーはそう言って手を差し出した。

 しかしグレンはなかなかその手を握らなかった。


「グレン?」

「ああ、いや……もしかして、ロザリーも魔導騎士養成学校(ソーサリエ)に入学するのか?」

「ん? ええ、もちろん」

「そうか!」


 グレンは喜色満面でロザリーの手を強く握った。

 そのとき、二人に職員から声がかかった。


「次の方ぁ~?」


 見れば、職員の前にいくつも空席ができている。


「行かなきゃ」

「ああ、またな!」


 グレンは機嫌よさげに空いた職員の前に歩いていった。


「変な人」


 ロザリーがそう呟いた瞬間、ヒューゴが肩の上からにゅっと顔を突き出してきた。


「気に入らないねェ」

「何よ、ヒューゴ」

「気に入らない、気に入らない……」


 先ほどの職員が再びロザリーに声をかける。


「あのぉ~? 待ってるんですがぁ?」

「あ、すいません」


 ロザリーはその職員の前に素早く移動し、席についた。

 その動きに、職員が目を丸くする。


「身のこなしは魔導アリっぽいですが……規則ですので検査させていただきますねぇ~」

「検査?」


 何やら薄く輝く鉱石が、ロザリーの前にゴトンと置かれた。

 隣に来たヒューゴが言う。


魔導鉱(ソーサライト)か。ボクの時代と変わらないねェ」

「なにそれ?」

「コレを持って魔導ヲ巡らせるだけでいい。それで魔導のあるなしがわかる」


 そして耳元で囁く。


(加減しないと割れてしまうヨ。このレベルの魔導鉱(ソーサライト)は、大魔導の力に耐えられない)

「大魔導?」

(かつてのボクがそう。今のキミがそう)

「ふーん。ま、いいや」


 ロザリーは石を手のひらに置き、魔導を巡らせた。

 薄かった輝きが次第に増し、発光していく。

 ロザリーはその光に心地よさを感じ、目を閉じて、さらに魔導を巡らせた。


(そこまでダ)


 ヒューゴに肩を叩かれ、魔導を止める。

 目を開けると、職員は前にも増して目をまん丸にしていた。


「すごい輝き! 文句なしの合格ですぅ!」

「あ、どうも」

「卒業して、すごい騎士さんになってくださいねぇ。そしたら私が入学検査したんだって自慢できますからぁ~」


 そう言いながら、職員は書類を用意した。


「えーと、まずお名前から聞きますねぇ~」

「はい、ロザリー=スノもごっ……」


 ヒューゴが突然、ロザリーの口を塞いだ。

 ロザリーは振り向いて、小声で不満を口にする。


(何よ、ヒューゴ!)

(偽名を使うべきダ)

(偽名!? なんで!)

(君の家名――スノウオウルは鳥の名ダ)

(なにそれ)

(魔導皇国の名だよ。ココハ獅子王国。名乗るべきではない)


「あのぉ~。さっきからあなたはなんなんですかぁ?」


 訝る視線を向けられて、ヒューゴはとびっきり嘘くさい笑顔を浮かべて進み出た。


「コノ子の保護者です。ちょっと実家ヲ追い出されたり妻と別れたりで、家名が変わりまして」

「ああ、なるほど。それでお名前はぁ?」

「……ロザリー=スノウウルフ(・・・)

「スノウウルフ、と。お父様のご職業は?」

「アー……旅人です」

「無職ですねぇ~。では、ご住所は?」


 ヒューゴとロザリーが顔を見合わせる。


「住まいはありません。旅暮らしなものデ」

「ないでは困りますねぇ」

「あの!」


 ロザリーが割って入った。


「入学すれば寮に入れると聞いたんですが」

「あぁ~。すぐ入れると勘違いされる方、毎年いらっしゃるんですよねぇ~」

「入れないんですか!?」

「貴族の方はすぐ入れるんですが、一般の方はお待ちいただくことになりますぅ~」

「待つ……何を待つんですか?」

「ん~と、一般の方は魔導があっても色無し(ハズレ)が多いんですよねぇ~。なので、ハズレかどうかわかるまでは寮に入れない規則なんですぅ~」

「ハズレ? ……そのハズレかどうかはいつわかるんですか?」

「色判別の儀式でわかりますから。三年生の頭、二年後ですねぇ~」


 ロザリーは思わずのけ反った。


「そっ、それまでいったいどうすれば!」

「王都在住でない方は、知り合いを頼るか、宿を探すかですねぇ~」

「知り合いなんていません」

「では宿ですねぇ」

「あの、王都の宿って高いですよね?」

「ですねぇ。ただ、逆に安い宿もおススメしません、そういう宿がある場所って、治安の悪いところですからぁ~」

「なるほど……」

「心配しなくても大丈夫ですよぉ、王都はお給金も高いですし、仕事自体も多いですからぁ。魔導がある方なら肉体労働を二、三時間こなせば日銭は稼げますよ~」

「はぁ」

「では、空き時間でできる仕事を見つけて、住まいが決まったらご連絡くださいねぇ~」


 職員はその後もいくつか質問し、返答を書類に書き記していく。

 最後に何か所かにサインをして、書類を机でトントン揃えた。


「はいっ、以上になりますぅ。この書類を持って校内にお進みください。係りの者がおりますので、あとはその者の指示に従ってくださいませ」

「わかりました」


 ロザリーは書類を受け取り、立ち上がった。

 そして校内に向かおうとすると。


「あ、最後にこれだけ言わせてください」


 と、職員が呼び止めた。


「はい、なんでしょう」


 すると職員はとびっきりの笑顔で言った。


「ようこそ、魔導騎士養成学校(ソーサリエ)へ!」

<< 前へ次へ >>目次  更新