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88 秘密の遺跡探し

 領主の館、居間。

 地図の前にロザリーが座り、他の者は立ち上がって彼女を見つめている。

 ロザリーは瞼を閉じているが、その奥で眼球が忙しく動いている。

 ロザリーがポツリと呟いた。


「……あった」

「「どこだ!?」」


 ロブとロイが詰問する調子で長テーブルを叩いたので、ロザリーは眉を顰めた。

 双子を無視し、目を閉じたままサベルに尋ねる。


「サベルさん。前に賊を討ちに領境へ行ったとき、途中に丘がありましたよね?」

「ああ」

「それです」

「あれが?」


 ロザリーは地図の一点を指差し「ここ」と告げた。

 ロブとロイがその地点をマークする。


「本当にあの丘に遺跡があるのか?」


 サベルが納得いかない様子で首を傾げる。

 ロザリーが目を閉じたまま、頷いた。


「遺跡があるというか、あの丘自体が遺跡だと思います」

「なぜだ。根拠は?」

「きれいな五角形なんです。土が乗ってるせいで、角は丸くなってますが……辺が不自然なほど均等です」

「……そうか。気づかなかったな」

「上から見ないとわからないでしょうね」


 ロザリーが秘密の遺跡を調べるために取った手段は、墓鴉(ハカガラス)による上空からの調査だった。

 何百、何千羽もの墓鴉(ハカガラス)が南ランスローに散り、ロザリーの脳内に見た映像をリアルタイムに伝えてくる。


「……でもここ、入り口が見当たらないな。ノアさんも見つけていなかったのかも」

「掘り返した跡は?」

「ありませんね」

「……〝旧時代〟以降の遺跡かもしれないな」

「ああ、レオニード王時代の古墳みたいな? 確かにそれっぽいかも」

「ノアのことだ、〝旧時代〟遺跡ではないと知って、あえて無視したのだろう」

「ですね。他を探します」


 ロブとロイが不満げに呟く。


「こんな便利能力あるなら先に言えよな」

「そうだぜ。なんで黙ってた?」


「酔うから嫌なの」


 するとラナが悪戯っぽく言った。


「ロザリーは平穏な日々を楽しんでたから、それどころじゃなかったのよねー?」


 ロザリーの顔がいっそう険しくなる。


「なんだそりゃ?」

「俺たちが骨身削って頑張ってるってのに」

「表向きだけでも、自分も頑張ってるように見せるもんだぜ?」

「友達なくすぞ?」


「そうだー! もっと言ってやれー!」


 ラナが煽ると、ロザリーは鼻に皺を寄せて言った。


「うるさい、気が散る、酔いが酷くなる。いいから黙ってて」


 ラナとロブロイは顔を見合わせ、それから三人揃ってロザリーに顔を寄せた。


「わあー! わあー!」

「うおーっ!!」

「うがあー!」


「止めなさい! じゃないと――」


「じゃないとなんだよ」

「怒っちゃう? 怒っちゃうの?」

「あーん、怖いー」


 するとロザリーは、目を見開いてギロリと睨んだ。


「――あなたたちの服に吐いてやる」


 するとラナとロブロイは煽るのをピタリとやめ、すすすっとロザリーから離れた。

 ロザリーはそんな彼らをもう一度睨みつけてから、再び目を閉じる。

 墓鴉(ハカガラス)の高度をさらに上げ、地図を見るように地形を眺めていくと。


「んっ?」


 ロザリーが目を閉じたまま、首を捻る。


「どうした?」「また見つけたか?」


「……蝶、よね?」


「この時期だ」「蝶くらい、いるさ」


「そうじゃなくて。蝶の形をした池があるの」


「「!!」」


 ロザリー以外の面々が色めき立つ。


「ノアさんの持ってた本! 蝶の表紙って言ってたよね? よね!?」


 ラナがそう言うと、アデルとアルマも顔を紅潮させて頷く。


「どこだ?」


 サベルに問われ、ロザリーが答える。


「クズ鉄村のほう。涸れ谷の上に森が広がってますよね? あの中です」

「あんなところに。 ……しかし、どうやって行けばいい? 涸れ谷の崖を登るのか?」

「ああ、確かに。周囲から隔絶されてますね。……ちょっと調べてみます」


 ロザリーは墓鴉(ハカガラス)を降下させた。

 ロザリーの瞼の裏に映る景色が、空から地上へとズームしていく。


「あ、道がある」

「道?」

「獣道みたいな。繰り返し踏まれて草が生えなくなってる」

「通っていたのは人かもしれんな。道はどこからきている?」

「涸れ谷の反対側へ……んっ、滝がある」

「滝――それは南ランスローを流れる川の源流の一つだ」

「その滝の裏が通れそうです」

「何っ!?」

「滝の周囲は険しいけれど……涸れ谷の崖に比べればずいぶん楽です。じゅうぶん通れる」

「クズ鉄村のアトリエとも近い。これは……」

「ノアさんが通ってたのかも」


 ロザリーはふと、ロブとロイの反応がないのが気になり、薄く目を開けた。

 すると彼らは、目をひん剥いてこちらを凝視していた。

 その顔つきに恐怖を覚えたロザリーは、慌てて目を閉じて言った。


「池を調べる」


 墓鴉(ハカガラス)が滝の裏を通り、獣道の上を羽ばたく。

 ほどなく綺麗な池が見えてきた。


「池の水は透明度が高い。底が見える」

「歩いて渡れそうか?」


 サベルが問うと、ロザリーは頷いた。


「……深くはなさそうです。ああ、人工的な池なのかも、これ」

「なぜそう思う?」

「深さがずーっと一定なんです」

「なるほど、な」

「池のちょうど中央に枯れ木があります。もう根元部分しか残ってない。でも、大きい」


 ロザリーの眉がピクンと跳ねる。


「枯れ木の空洞――(ウロ)の中にボートが見えます。一人乗りの小さなボート」


 そのとき、アデルとアルマが驚嘆の声を上げた。


「アルマ! ボートって!」「ええ! きっとお父様だ!」


「ちょっとちょっと。ボートってだけじゃわかんないでしょ?」


 ラナに言われ、姉妹が説明を始めた。


「お父様は昔、小さなボートを作ったの」

「一人で担げるくらい、小さなボートよ」

「そのときは妙に上機嫌で」

「ええ。だからよく覚えてる」

「私たちは尋ねたわ」

「ボートなんてどこで使うの? って」

「そしたらお父様――」

「「秘密だよ、って」」

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