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87 父の行方

 ヒューゴが笑って言った。


「だってノアの墓(ここ)お留守(・・・)だからネ」


 ラナがロザリーの顔を(うかが)う。


「……留守?」

「ノアさんは失踪したの。生死はわかってない。当然、遺体は見つかってないからこの墓は空っぽなの」

「失、踪……。そうなんだ……」


 ロブとロイがハッと顔を上げる。


「ちょっと待て!」「じゃあノアさんは今もどこかで生きてるかもしれないのか!?」


「そうかもしれない。でも、サベルさんは死んでいるだろうって」


 ラナが頷く。


「かわいい娘二人を置いて、だもんね。突発的な事故か、あるいは北ランスローの線も?」

「あり得るね。……とにかく、ここで本人に聞くことは私にも不可能よ」


 ロブとロイは、腰を抜かしたようにストンと座り込んだ。


「……じゃあ、どうすればいい?」

「……決まってる。ノアさんから捜さなきゃだ」

「昨日今日、失踪したわけでもないのに?」

「そうだな。でも、それしか――」


「――あんたら、見ない顔だね?」


 背後から声をかけられて、ロザリーが振り返る。

 そこには中年のふくよかな女性が立っていた。

 彼女は訝しむような眼差しで、一行を見回している。


「あー、えっと。私たちは、アデル様とアルマ様の館にご厄介になっている者で」


 すると女性は「ああ!」と手を叩いた。


「居候してるっていうソーサリエ生だね? ごめんよ、北の連中かと思ってさ」

「いえ、あはは……」


 ロザリーは愛想笑いしながら、ロブとロイに立つよう、手で合図した。


「あんたらも墓参りかい?」

「ええ。ずいぶんお世話になっているので、先代のお父上にもご挨拶しておこうかと」

「そりゃあ殊勝な心掛けだ、うんうん」


 ロザリーはふと思いつき、聞いてみることにした。


「先代のノア様って、どんな方でした?」

「研究の虫さ。それしか頭になかった」


 中年女性はそう、端的に答えた。


「まるでロブロイね」


 ラナがそう、独り言のように言う。


「ノア様が人間らしく見えたのは、エヴァ様がお越しになってからしばらくだね」

「エヴァ様?」

「奥方様さ」


 中年女性がノアの墓石の隣を指差す。

 そこにはノアのものよりだいぶ古い墓石があって、〝エヴァ=カーシュリン〟と刻まれていた。


「奥方様はそりゃあもう、お綺麗な方だったよぉ。女のあたしでもウットリしちまうほどさ。変わり者のノア様が夢中になるほどだ」

「ずいぶん前に亡くなられたんですね」

「アデル様とアルマ様がまだ小さい頃さ。病になって、見る見るうちに弱っちまってねえ」

「病……」

「ノア様も偉い聖騎士(パラディン)を王都から呼んだりしたんだけどね。心が弱られて、どうにもならなかった。やっぱり、お子のことを気に病まれていたのかねえ……」


 一行が静かに聞いていると、中年女性は自分の頬をグイッとつねった。


「余計なことを言っちまったね。悪い口だ、まったく」


 女性は自分を叱りながら、墓場を去っていった。

 暗い空気を振り払うように、ラナが言った。


「ねえ。久しぶりに四人揃ってご飯食べない?」




 領主の館、居間。

 領主姉妹とサベル、ロザリーたちがひと月ぶりに揃った。


「みんなで食事するのは、あの日以来ね」

「違うわ、アルマ。みんなで(・・・・)は初めてよ」

「そうだったかしら?」

「ほら、夜はロザリーがいなかった」

「そうね。朝はロブロイが食べる前に出かけたわ」

「だからこれが初めて」

「記念すべき日ね?」

「ええ、楽しみましょう」


 そう言って、アデルとアルマが皆に微笑みかける。

 ロザリーとラナは微笑みをもって返したが、ロブロイは暗い顔で俯いている。

 アルマが長テーブルに身を乗り出して、ラナに「どうしたの?」と囁く。

 そうなるとアデルは仰け反らざるを得ないので、迷惑そうにしている。


「なんかね、ノアさんはずっと何かをこっそり研究してたんだって。それがどうしてもわからなくて沈んでるの」


 するとロブとロイが言った。


「よせ、ラナ」「二人にわかるわけない」


 アデルとアルマが顔を見合わせる。


「何かを――」「――こっそり?」


「やっぱりわからない?」


 ラナに問われ、姉妹は思い出すように語り出した。


「母が死んでから――」

「――父は憑りつかれたように研究に没頭したわ」

「こうして一緒に食事した記憶すらない」

「ずっと書斎かアトリエに閉じこもってた」

「でも、私たちが領主になってから記録を調べてみると」

「王宮へ届け出た新魔導具の数は、母が生きていた頃と変わらなかった」

「秘密裏に何かを研究していたことは――」

「――たぶん、間違いないわね」


 そしてロブロイに尋ねる。


「資料はなかったの?」

「届け出た魔導具に関係ないデータとか」


 ロブとロイは俯いたまま、吐き捨てるように言った。


「んなもん、とっくに調べ尽してる」

「何も手がかりはない」


 するとアデルとアルマは首を捻った。


「あの蝶の本にも?」

「あの本にも手がかりがないとなると難しいわね……」


 ロブとロイが顔を上げる。


「蝶の本?」「なんだそりゃ?」


「蝶の装丁が施された本よ」

「表紙に大きな蝶の飾り彫りがあるわ」

「本自体もすごく大きい」

「大人がやっと脇に挟めるくらいね」


 ロブとロイが顔を見合わせる。


「なかったぞ!」

「そんな目立つ本、見落とすわけがない!」


「おかしいわね」

「いつも肌身離さず持ち歩いていたのに」


「じゃあ、どこにあるんだ?」

「他に書斎やアトリエみたいな場所があるのか?」


 アデルとアルマが首を横に振った。


「知らないわ」

「私たちが知る限り、父の居場所はその二か所だけ」


 ロブとロイが同時に天井を見上げ、力なく息を吐いた。


「きっと今も持ち歩いてんだな」

「またノアさんを捜す話に逆戻りか」


 その瞬間、サベルがロブとロイを睨む。


「お前たち……ノアが行方不明だと知っているのか」


 ロザリーがおずおずと手を挙げる。


「すいません、私が」


 サベルはロザリーをジトリと見て「口の軽い騎士は信用ならんな」と吐き捨てた。

 するとアデルとアルマが、彼のセリフを鼻で笑う。


「あら。ロザリーが知っているのは、あなたが話したからでしょう?」

「ということはサベルも口の軽い騎士になるけど」

「でも心配しないで」

「私たちはサベルを信用しているわ」


 サベルはバツが悪そうに口を噤んだ。

 アデルとアルマが父親について語る。


「父が行方をくらまして――」

「――丸二年になるわ」

「今でも行方はわからない」

「でも、捜すべき場所はわかる」


 ロブとロイが長テーブルを叩いて立ち上がった。


「「どこだ!」」


「遺跡よ」

「出不精の父が出かけるのは遺跡だけ」


 ロブとロイが反論する。


「遺跡も一つ残らず調べた!」

「地図にある場所、全部な!」


「地図にない遺跡もあるの」

「父が秘密にしてた遺跡がね」


「「何だと!?」」


「一度だけ、連れていってくれたことがあるわ」

「三人だけの秘密だぞ、ってね。フフ……」

「重要な遺跡は秘密にしてたみたい」

「今考えれば、技師連に荒らされたくなかったのね」

「サベル、地図を」


 アデルに求められ、サベルが額縁に入った南ランスロー地図を壁から外して長テーブルに置いた。

 アルマが地図の一点を指差す。


「連れてってもらった遺跡はここ」


 ロブとロイがアルマの指先の地点を食い入るように見つめる。


「こんなとこに……?」

「館のすぐ近くじゃないか」


「山岳地帯の窪地にあって、死角になってるの」

「父いわく、地上からわからないように作られているらしいわ」


「ここにノアさんが……?」


 ラナが地図を覗いてそう言うと、ロブとロイは早足で部屋を出ていこうとした。


「どこ行くのよ、ロブロイ!」


 ラナがそう問いかけると、ロブロイは即座に答えた。


「決まってんだろ!」

「ノアさんを見つけるんだよ!」


 そうしてロブロイが部屋を出た瞬間、サベルが言った。


「そこにノアはいないぞ」


 足音が止まり、ロブロイが戻ってくる。


「「なんでわかる!?」」


「すでに調べたからだ。ノアが失踪してすぐにな」


「何だよ、期待させるなよ!」

「だったら何で話したんだ!」


 ロブとロイが非難の目をアデルとアルマへ向ける。

 すると領主姉妹は言った。


「父は私たちに秘密の遺跡を教えたけれど」

「それは戯れに教えただけ」

「秘密って言われると私たちが目を輝かすものだから」

「喜ばせようとしたのね」

「でも父の性格からして」

「本当の秘密は私たちにも明かさないわ」

「きっと、秘密の遺跡はここだけじゃない」

「私たちにも明かさなかった遺跡がどこかにあるはずよ」


 それっきり、館の居間は静まり返った。

 皆、何をやればいいかはわかっている。

 それをどうやればいいかが検討もつかないからだ。

 皆が俯き、あるいは天井を見上げ、考えている。

 沈黙を破ったのはラナだった。


「……どうやって探す?」


 皆それを考えているのだから、答えてなんてやれない。

 誰もがそう思っていたが、一人だけ違った。

 ロザリーが面倒くさそうに手を挙げる。


「気が進まないけど。私がやる」


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