<< 前へ次へ >>  更新
8/76

8 ロザリー14才

 運命のあの日から――五年後。


 ここは獅子王国、王都ミストラル。

 にぎやかな城下の大通りを、二人の少女が駆けていく。


「早く早く!」

「待ってよ~」

「決勝戦が始まっちゃう!」

「わかってる! ……ねね、どっちが勝つと思う?」

「そりゃロザリー様よ!」

「だよね? だよね?」

「去年、一年生なのに準決勝まで残ったんだから!」

「うん! うん!」

「でも決勝戦の相手も同級生で、すごく大きい人らしいから……」

「ええっ? ロザリー様、勝てるかな」

「でもそんなの関係ない! ロザリー様は無敵よ! 絶対勝つわ!」

「うん!」


 少女たちは大きな校門を潜り、その中へ駆け込んで行った。




 魔導騎士養成学校ソーサリエ。

 獅子王国じゅうから集められた素質ある子供たちが、騎士となるべく訓練を受ける教育機関である。


 今日はソーサリエの恒例行事、剣技大会の日。

 一年生から三年生までの全生徒が参加し、最も腕っぷしの強い生徒を決める催しだ。

 一般観覧も許されていて、多くの市民が闘技場に足を運んでいた。


 これから行われるのは決勝戦。

 詰めかけた一般市民や敗退した生徒で、観客席はごった返している。


「よう、ミンツ。惜しかったな」


 観客席に座る三年生が、隣にやって来た同級生に声をかけた。

 ミンツと呼ばれた三年生は、どしりと体重をかけて席に座った。


「ああ、惜しかった。腕があと二本もあれば勝ててたな」

「ククッ。悔しそうだな」

「準決勝に残った三年は俺だけだぞ? 残り三人は全部二年だ。お前だって悔しいだろう?」

「だな」

「二年は化け物揃いだ。どうかしてる」

「あの二人がいるからな。嫌でも刺激を受けて引き上げられるのだろう」

「かもな」


 面白くなさそうに返事するミンツを見て、三年生はまた吹き出した。


「あのな? そんなに悔しいなら、決勝なんて見ずに寮へ帰れよ」

「見るさ」


 ミンツは鼻に皺を寄せて言った。


「あの二人の戦い以外は、すべて前哨戦みたいなものだ」




 審判役の剣技担当教官が、闘技場の中心に向かって歩いてきた。

 観客たちは早くも歓声を上げ、祭りのような騒ぎとなる。

 審判が手を上げると、徐々に歓声が鎮まっていく。


「これより、決勝戦を始める!」


 そう高々と宣言すると、闘技場が拍手に包まれ、指笛が鳴った。

 審判はもう一度手を上げ、拍手が鳴りやんだところで決勝に臨む二人を呼び込んだ。


「東! 二年、グレン=タイニィウイング!」


 再び歓声が上がる。

 長身の少年が入場してきた。

 大人と比べても大柄な体格に、まだ少年らしさが残る顔つき。

 太い首から背筋までを真っ直ぐに伸ばし、長くて厚い長剣を一振り、腰に差している。


「西! 二年、ロザリー=スノウウルフ(・・・)!」


 続いて入場してきた少女は、まるで美しい人形のようだった。

 長い黒髪は星の瞬く夜空のようで、肌は陶器のように白い。

 紫水晶のような瞳で相手を見つめ、腰には細身の剣を差している。


「両者、位置へ」


 定められた場所で二人が対峙する。


「抜剣!」


 それぞれの得物を抜く。


「始めっ!」


 ワッ! と今日一番の歓声が上がった。

 長身の少年――グレンは長剣を右上段に構える。

 対してロザリーは、細剣を持った右腕をだらりと下げている。

 それが挑発でないことをグレンは知っていた。構えもしない、あれがロザリーの構えなのだ。


 グレンは距離を保ったまま、じりじりと右へ回る。

 ロザリーは体の向きを変えることさえしない。

 武器を持たない左手を過ぎ、ロザリーの視界から外れた瞬間。

 グレンが仕掛けた。


「ハアッ!」


 長剣に全体重を乗せ、振り下ろす。

 ロザリーは細剣で斜めに受け、剣撃を流しながら体を入れ替える。


「よっ、とっ!」


 剣の軽さとリーチの短さを活かした、ロザリーの二連突き。

 間合いを取るため飛び退いたグレンへ、さらにもうひと突き。

 グレンは最後の突きを見切り、直後に突き返す。

 結果、リーチで負けるロザリーが飛び退く番となった。

 ロザリーが呟く。


「……やりづらいなぁ」

「観客の目が気になるか?」

「そうじゃなくて。グレンには手の内バレてるから」

「この二年間、ずっと一緒に稽古してきたからな。お互い様だ」

「そうだ――ねッ!」


 今度はロザリーから飛び込んだ。

 向かい撃つべく体に力を込めるグレン。

 と、グレンの間合いに入る直前、ロザリーは急停止した。

 思わずたたらを踏みそうになるグレンへ、ロザリーが先程より速く、飛び込む。

 グレンは舌打ちした。


(お互い様か。我ながら正しいな)


 自分の癖を知った上で、剣も使わず崩された。

 いつもなら後ろへ飛び退く場面だ。

 だがきっとロザリーは、その癖まで計算に入れている。

 雷光のような突きが追ってくるに違いない。

 そこまで考えたグレンは、自ら体を後ろへ倒した。

 胸を狙ったロザリーの突きが、グレンの鼻先をかすめて通り過ぎる。

 グレンは片足を引いて踏ん張り、伸びきったロザリーの腕を下からかち上げた。


「あ、うっ」


 腕だけは引いたロザリーだったが、したたかに打たれた細剣が宙を舞った。

 闘技場を歓声と悲鳴が入り交じった声が支配する。


 グレンはロザリーを見据え、油断なく立ち上がった。

 ロザリーの視線が、遠く転がった細剣へ向かう。


 戻った視線がグレンと合った瞬間。

 二人は同時に細剣へ駆け出した。

 グレンはこの競争に負けることはわかっていた。

 ロザリーは速い。

 現に、ロザリーは自分の二歩も三歩も先を走っている。

 だが、それでいい。

 彼女にとっては細剣を拾い、柄を握り、腰を伸ばしてこちらに向き直って初めて五分なのだ。

 対して自分はそれまでに追いつき、剣を振ればいい。

 追いつきそうになければ、間合いを取り直して五分に戻るだけ。


(……追いつく!)


 予想したほど差が開かない。

 ロザリーは細剣を拾い上げて振り向くまでに、こちらの長剣が彼女の首に届く距離だ。

 そう確信したグレンは、屈みこんだロザリーの背中めがけ剣を振り上げ――足を滑らせた。


「うっ!?」


 慌てて長剣を構え直すが、すでにロザリーの細剣の切っ先がグレンの首に触れていた。

 目の前で、紫の瞳が悪戯っぽく笑っている。


「それまでッ!」


 審判が試合の終了を告げる。


「勝者! グレン=タイニィウィング!」

「えっ?」「はっ?」


 驚いた二人が顔を見合わせる。

 確かにグレンの構えた長剣の刃先も、ロザリーの胸元近くにある。

 パッと見れば相討ちのような格好だ。

 だがどちらが死に体かは、審判から見れば一目瞭然のはずだった。


「教官殿! 私のほうが――」


 異論を唱えるロザリーの耳を、審判が掴んで引き寄せた。


「痛っ、耳がちぎれます教官殿!」

「黙れ。黙って聞くんだ、スノウウルフ」


 審判は静かに、しかし怒気をはらませた声で話した。


「お前、まじない(・・・・)を使ったな? グレンが踏ん張るであろう位置を読み、地面を滑りやすく(・・・・)した。違うか?」

「えっと、その……」

「黙れ、答えなくていい。剣技会において魔術は禁止。明快なルールだ。例外はない。でなければ、魔術を学んでいない一、二年など、三年の相手にならん。お前がわずかばかりまじないを使えたところでそれは変わらない。違うか? スノウウルフ」

「その通りです……」

「即刻、お前の失格を宣言してもいい。だが市民や生徒だけでなく大貴族も見ている剣技会――それも決勝で、反則で勝敗が決することになったらソーサリエ全体の恥なのだ」

「すいません……」

「負けを認め、グレンを勝者として称えろ。でなければ二位も取り上げ、最下位とする」

「称えます」

「よろしい」


 ロザリーはグレンへ手を差し伸べた。

 グレンがその手を掴むと、グイッと引き起こす。

 ロザリーはグレンの腕を高々と掲げた。

 勝敗が判然とせず戸惑っていた観客が、明らかとなった勝者へ拍手と歓声を送る。


「もっと嬉しそうな顔したら?」


 ロザリーが満面の作り笑顔(・・・・)を浮かべてそう言うと、グレンはムスッとした顔のまま言った。


「まじないが反則だって、知らなかったのか?」

「そんなわけない。わかってるでしょ?」

「ああ。勝つために使った」

「そ。……汚い奴だって罵っていいんだよ?」

「反則だろうが、見抜けなかった俺が悪い」

「はー。相変わらずお固いね、グレン。でも――」

「……でも?」

「そういうとこ、好きだよ」

「っ! 冗談はやめろ!」

「ん? なんか勘違いしてない? 友人としてだよ?」

「~~ッ!」


 グレンは耳を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 ロザリーはおかしそうに笑った。

 聡明なのに愚かしいほど真っ直ぐな、親友のそんなところが好ましかった。

<< 前へ次へ >>目次  更新