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78 二心同体

「南ランスロー領主、アデル並びにアルマ=カーシュリン様である」


 ロブロイも、ラナも、ロザリーさえも、ただじっと姉妹に見入っていた。

 姉妹の姿はまさに異形である。

 あるのだが、嫌悪感は湧き起らない。

 姉妹の美しい顔立ちも相まって、むしろ神秘的で神々しくすら感じられる。

 ふと、ロブとロイが同時に口走った。


「結合――」「――双生児?」


 すると姉妹が初めて声を発した。


「よくご存じね」「双子は双子に詳しいということかしら?」


 涼やかな声。

 抑揚は少なく、感情は読み取れない。

 姉妹は脇に立つ騎士に尋ねた。


「サベル」「罪状は?」

「関所破りです」

「盗掘者?」「それとも賊の一味?」

「かもしれませんな。いかがされますか?」


 一息の間の後。

 姉妹は涼やかな声を重ねて言った。


「「死罪」」


 一番前にいたロブとロイが、抗議の声を上げる。


「おいおい! そりゃねえだろう!」「何も調べてねーじゃねえか!」


 ロブとロイが食ってかかっても、姉妹は表情一つ変えない。


「南ランスローにおいて関所破りは死罪」「その事実は明らかなのに何を調べる必要がある?」


「こっちだって理由があってやったんだよ!」「ラナ! あの手紙よこせ!」


 ロイに催促され、ラナは懐から手紙を取り出した。

 サベルと呼ばれた騎士が近寄り、手紙を取り上げて姉妹の側へ戻る。


「差出人は……ポートオルカ町長ですな」

「そう」「捨てて」

「はっ」


 サベルは手紙を両手で持ち、迷いなく破り捨てた。


「あ~っ! 何てことするのよ!」


 ラナが立ちあがり、サベルを激しく非難する。

 すると、サベルがぬらりと剣を抜いた。


「ひゃっ! 待った、ちょっと待った!」


 ラナは鎖で繋がれた両手を挙げて、それからしゃがみ込んでロザリーの背中に隠れた。


「そう熱くなんなって」「俺たちゃ丸腰で、鎖に繋がれてんだからさ」


 軽い調子でそう言ったロブロイだったが、サベルはギロリと二人を睨みつけた。

 そして剣を抜いたまま、ロブとロイに歩み寄っていく。


「おいおい、まさか――」「――この場で殺る気か?」


 サベルの歩みは止まらない。

 ロブとロイの顔が次第に青ざめていく。

 二人は同時に弾かれたように飛び上がって、サササッとロザリーの後ろに隠れた。

 サベルは構わず、ロザリーに向かって歩いてくる。

 そして目の前まで来て、白刃をロザリーに突きつけた。


「お前は逃げないのか?」


 処刑人のように冷たく見下ろす目。

 ロザリーは後ろで小さくなる三人を振り返ってから、困り顔で笑った。


「逃げる場所、ないですし」


 笑ったのが不快だったのか、サベルの眉間に皺が刻まれた。

 剣を持ち上げ、いつでも振り下ろせる姿勢に構えた。


「命が惜しくないようだな」

「まさか」


 ロザリーは瞼を閉じて首を横に振った。


「ならば、なぜ恐れない」

「恐れる必要がないから」

「……どういう意味だ?」


 ロザリーは再び目を開き、サベルを見上げた。


「やれるものならやってみろ、と言ってる」


 ロザリーの紫眸が煌めく。

 瞬間、サベルは総毛立った。

 このまま剣を振り下ろせば、自らの首が飛ぶ確信を覚える。

 かといって構えを解くこともできない。

 迷いと怖れで剣先が震えた。

 領主姉妹が声をかける。


「サベル?」「どうなの(・・・・)?」


 サベルは振り向かず、絞り出すように言った。


「……無理だ、勝てない」


 その言葉を聞いて初めて、姉妹の表情が変わった。


「あなたが……?」「戦わずにわかるほどに?」


 サベルはロザリーを見下ろしたまま、静かに頷いた。


「そう」「もういいわ、サベル」

「……ああ」


 サベルは剣を納め、姉妹の脇へ戻っていった。

 姉妹の左側のほうが、懐から何か取り出した。

 ロザリーたちに見えるよう、ぴらりと掲げたそれは封筒だった。


「手紙は――」「――もう一通ある」


 ロザリーが目を細める。


「あの封蝋の刻印、どこかで……」


 すると背後でラナが言った。


「コクトー様よ! こっちにも手紙を出してくれてたんだ!」


 姉妹の左側のほうが、肩越しにもう一方の姉妹へ手紙を渡した。

 受け取った右側の姉妹が、封蝋を剥がして手紙を読み上げる。


「南ランスロー領主姉妹殿。お会いしたこともないのに手紙を送りつける無作法、平にご容赦願いたい。実は、折り入ってお二人に頼みがあるのだ。近々、南ランスローを二人のソーサリエ生が訪れると思う。そのうちの一人ラナ=アローズは無色の魔導性で、にもかかわらず健気にも騎士になりたいと願っている。そう、あなたたちと同じ、無色の騎士となることを目指しているのだ。お二人は王国唯()の、無色の魔導騎士であられる。彼女の指導騎士となり、実習を修了できるよう取り計らっていただきたい。実際に指導していただく必要はない、指導騎士欄に署名していただければいい」


 左手の姉妹が毒づく。


「慇懃無礼な男ね」


 右手の姉妹は頷き、続きを読む。


「さて、話は変わるが〝旧時代〟遺跡群の発掘、及び魔導具研究は進んでいるのだろうか。先代が亡くなられてからは心労もあろう、お若い二人には慣れぬことであろう、とせっつくことはなかったが、あれからもう数年が経つ。王都の技師連からも幾度となく催促がきていることだろう。何か、成果を報告できない理由でもあるのだろうか。もし、その理由が南ランスローを荒し回る賊の一団のせいであるなら――もう一人の学生、ロザリー=スノウオウルをお使いになるとよい。彼女は学生の身でありながら、単独で騎士団を滅した実績がある。個人的には偉大なる魔導騎士――大魔導(アーチ・ソーサリア)に類すべき実力者であると考えている。魔導者揃いと聞く賊の一団であっても、苦もなく排除できるだろう。自前の騎士団を持たない南ランスローにとって、彼女は大いに役に立つはずだ」


 読み終えて、右手の姉妹が吐き出すように言った。


「見透かすような態度が嫌いだわ」


 左手の姉妹が深く頷く。


「丁寧なのは言葉だけ。中身はお願いではなく脅しだわ。まったく、無礼な男」


 それっきり、領主姉妹とサベルは黙りこんでしまった。

 ロザリーが手を挙げる。


「あの……。私について、他には?」


 すると姉妹はキョトンとした顔で聞き返した。


「他に?」「手紙は今ので全てよ」

「あ、ならいいです」


 そう言って、ロザリーは手を引っ込めた。


(コクトー様、私が〝旧時代〟研究に利用されてたこと伝えないんだ)


 ロザリーの背後で、ラナとロブロイがひそひそ話し出す。


「ねえ、これからどうなるの?」

「話聞いてねえのかよ」「賊がいて困ってるんだとさ」

「私たちが討伐するの?」

「俺たちっつーかロザリーな」「その代わりラナ(お前)の実習やってくれってことだ」

「じゃあ私も討伐に参加する!」

「お前は行くな」「足でまといになるだけだ」

「なんでよ!」

「だから話聞けよ」「魔導者揃いって手紙にあったろ」

「ああ……って、そんなのもう騎士団じゃん!」


 最後に声が大きくなり、ラナは慌てて口を手で覆った。

 領主姉妹はそれを咎めず、ただ揃って頷いた。


「まさしく」「連中は騎士団同然よ」

「我が領で抱える騎士はサベルだけ」「他の警備は魔導のない兵卒よ」

「一人だけだからサベルは領都イェルを離れられない」「だから賊は他の村を襲う」

「老若男女、見境なく」「いいえアデル。違いはあるわ」

「そうね、男はその場で殺され――」「――女は犯してから殺される」

「子供は命だけは助かるわね」「ええ。人買いに売るために」


 ラナはぶるぶると拳を震わせた。


「そんなの……酷い!」


 領主姉妹は無表情に話を続ける。


「ええ、酷い」「でも一番酷いのは私たち」

「私たち姉妹は民を守るべき領主」「なのに私たちには何もできない」


 ロザリーがサベルに尋ねた。


「賊の居場所はわかっているのですか?」


 サベルは目を閉じて腕組みしていて、目を閉じたまま答える。


「領境の山に(ねぐら)がある。今もそこにいるだろう」


 そしてサベルは目を開き、ロザリーに言う。


「お前が強い騎士であるのは疑う余地がない。この身、この肌で感じたからな。……だが、本当に一人で一騎士団を相手にできるのか? もし失敗すれば、奴らは復讐に来る。このイェルとて無事ではすまない」


 ロザリーは片眉を上げた。


「大丈夫だと思いますが、懸念はわかります。そうですね……」


 ロザリーはしばし逡巡し、それからパン、と両手を合わせた。


「そうだ、夜襲をかけましょう!」

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