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77 鏡背合わせの姉妹

 夕刻、牢馬車が止まった。

 鉄格子が開けられ、ロザリーたちが引き出される。

 周囲を見回し、ロザリーが呟く。


「ここが領都……」


 領都イェルは、とても小さな街だった。

 小さな家屋が身を寄せ合うようにして建っていて、高い柵が街の周囲をぐるりと囲んでいる。

 家屋の数は多く見積っても百軒ほどか。

 ポートオルカやイクロスと比べるべくもない。

 村と言っても差し支えない規模だ。


 四人は手と腰を鎖で繋がれ、剥き出しの地面を連行されていく。

 街の灯りは少なく、人影は疎ら。

 どの家の窓も、鎧戸が固く閉まっている。

 軒下に吊るされた野ウサギが、やけに痩せていた。

 やがて先導する兵士の行く先に、館が見えてきた。

 三階建てで立派な門があり、その門の前には見張りの兵士が二人立っている。


 ロザリーたちが館の前に到着すると、見張りの一人が館に入っていった。

 しばらくして、見張りはもう一人連れて戻ってきた。

 背の高い壮年の男性で、狩人のような目をしている。

 無精ひげを生やし、くたびれた魔導騎士外套(ソーサリアンコート)を着ていた。

 ロザリーは視線を合わせないようにして、彼を観察した。


(魔導騎士。熟練者っぽい雰囲気。お抱え騎士かな? 身なりに気を使ってないから聖騎士(パラディン)ではなさそう。……何となく、刻印騎士(ルーンナイト)な気がする)


 ロザリーがそう推察していると、先導する兵士が騎士に向かって敬礼した。


「関所破りを捕らえました。四名です」

「ご苦労。子供ばかりだな」

「人数は違いますが、件の学生(・・・・)かと」

「どうだかな。あとは引き受ける」


 騎士が鎖の端を受け取り、館の中へ歩き出した。

 ぐうん、と四人が引っ張られる。


「おっとと」「気を付けてくれよ」


 ロブとロイが訴えるが、騎士は一瞥しただけで歩みを止めることさえしない。

 ずんずんと廊下を進み、階段を上ってまた廊下を進み、もう一度階段を上る。


 そして大きな扉を開けると、広間に出た。

 広間の奥は一段高くなっていて、背もたれのない椅子が一脚、置かれている。

 燭台は灯っているが、誰もいない。


 ロザリーたちが広間に入ると、騎士が思い切り鎖を引っ張った。

 バランスを崩した四人が一斉に床に倒れる。


「領主のアデル様とアルマ様が、お前たちに裁きを下される。そのまま、伏して待て」


 騎士は表情変えずそう言い放ち、広間から出ていった。

 広間の扉が閉まり、ロブとロイが同時にこぶしを握った。


「よしっ!」「聞いたか? 領主姉妹が来る!」


 ロザリーは顔を上げ、ラナを見た。


「よかったね、ラナ。念願の無色の騎士に会える」


 ラナは無言で、笑みを浮かべて頷いた。

 だがすぐに彼女の笑みが陰る。


「でもあいつの態度! うまくいく気がしないんだけど!」


「まあそのへんは交渉次第だろ」「誰がやる? ロザリー、やるか?」


「遠慮しとく。交渉下手だって、コクトー様に太鼓判を押されてるから」

「じゃあ、私が――」


「――あー、ラナはいい」「俺たちがやる」


「なんでよ!」


 ロブとロイが矢継ぎ早に話し出した。


「お前はロザリー以上に交渉に向かない」「馬鹿正直だからな」

「そこいくと、俺たちは商人のはしくれだ」「嘘もつくしな」

「双子のコンビネーションってものを見せてやるぜ」「待てよ、ロブ。今回は相手も双子だぞ?」

「……そうだったな。じゃあ年季の違いを見せてやる」「意味わかんねえ。双子の年季ってなんだよ?」

「俺たちは生まれてずっと一緒だったろ?」「相手だってそうかもしれない」

「じゃあ先手だ。息継ぎせずにまくし立てて、主導権を握る」「それがいい。親父も先手必勝だってよく言ってたしな」


 双子の会話に不安を覚えたラナが、眉をひそめて言った。


「それでも、交渉が上手くいかなかったら?」

「ロザリーが暴れて――」「――俺たちは逃げる」

「でもあの騎士、強そうだったよ? ロザリー、勝てるの?」


 問われたロザリーは、間髪入れず頷いた。


「勝てる。でも厄介かも」

「勝てるけど厄介?」「なんでそう思う?」

「あいつ、いきなり鎖を引っ張って私たちを引き倒したよね? あれって私たちの力を確かめようとしたんだと思うの」


 ラナとロブロイが、ハッと顔を強張らせる。


「思わずロザリーが踏ん張ってたら――」「――力を見極められてたってわけか」

「油断も隙もないわね……」

「勝てると言っても、殺めるわけにはいかない。あいつの他にもお抱え騎士がいたら、ちょっと厄介かもしれない――」


 そこまで話し、ロザリーが口先に人差し指を立てた。


「――来たわ」


 ロブとロイが椅子に対して一番前に陣取り、床にひれ伏した。


「ロイ、先手だぞ」「ああ、わかってる」


 ロザリーたちはひれ伏したまま、ロブロイの後ろで領主姉妹の来るのを待った。

 足音が近づき、広間の扉が開く音。

 ずんずんと歩くのは、先ほどの騎士の足音。

 その後ろを、軽い足音が二人分ついていく。

 後ろの足音はどこか、たどたどしい。

 三人の気配が、広間奥の一段高い場所で止まった。

 騎士の声が低く響く。


「面を上げよ」


 ロザリーたちはゆっくりと上体を起こした。

 領主姉妹は一脚の椅子に背中合わせ(・・・・・)に腰かけて、横目でこちらを見ていた。

 年若く、ロザリーたちと同じくらいであろうか。

 整った横顔はそれぞれ左右を向いていて、揃いの薄い茶色の長い髪は互いの肩に触れている。


 ロブとロイは先手を取れなかった。

 姉妹領主の意外な姿に、不意をつかれたからだ。

 ロザリーもまた、姉妹の姿から目を離せなくなっていた。


(なんでそんなふうに座ってるの?)

(関所破りなんて正視したくないと?)

(わざわざ同じ椅子を分け合ってまで)


 疑問の元を辿っていくと、ある事実に気づいた。


(服が……変)

(同じ生地に襟が二つ。そこから頭出してる)

(一着の服を二人用にして着ているの?)

(……あっ!)


 襟元をよく見ていて、ロザリーは気づいた。

 二人の首の根元がくっついている。

 そしてようやく理解した。

 首も頭も、手足も二人分あるが、それらは一つの胴体から生えている。


 まるで一人の少女が、鏡に背をもたれて座っているかのように見える姉妹。

 彼女たちは、二人で一つだった。

 ロザリーは思わず、神話に出てくる多頭竜(ヒュドラ)を連想した。

 一つの胴体から九本の首が生える竜のことだ。

 だが目の前の姉妹は現実にそこにいて、多頭竜(ヒュドラ)のような恐ろしさはない。

 姉妹の美しい顔立ちも相まって、むしろ神秘的で神々しくすら感じられる。


(この姉妹――椅子ではなく、身体を分け合ってるんだ)


 脇に立つ騎士が言う。


「南ランスロー領主、アデル並びにアルマ=カーシュリン様である」

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