75 南ランスロー
ランスローは王国有数の穀倉地帯である。
大貴族ユールモン家が代々治め、王国の国力を支えてきた。
その広大な領地の南端、ランスロー領全体の二十分の一ほどの辺地を割譲して生まれた新興領が南ランスローだ。
誕生は百年ほど前に遡る。
当時のランスロー領主は英明だが、病がちであった。
思うように政務を行えない彼を支えたのが、妾腹の兄だった。
兄はよく弟を助け、弟の治世でランスローは大きく発展した。
高齢となり、領主の座を次代へ譲る時期が近づいた頃、弟は兄の助けに報いねばならないと考えた。
そこで弟は、ランスローを半分に分け、南部を兄の子に譲ると申し出た。
兄は固辞した。
ひとつの土地を二つに分ければ、必ず争いが生じると考えたからだ。
だが兄の長年の苦労を見てきた弟は、決して譲らなかった。
困った兄が提案したのが、現、南ランスローの割譲案だった。
南ランスローは山岳に囲まれた盆地にあり、領内にあって隔絶された僻地。
弟の治世でもここだけは発展とは無縁の土地であった。
農地にできる平野部は少なく、領民の家より賊の
弟は「それでは報いにならない」と首を横に振ったが、兄は「独立して領地を持てるだけで十分報われる」と言い張った。
最後には弟が折れ、南ランスローが誕生した。
兄弟は跡継ぎたる我が子たちに、事あるごとに言い含めた。
常に助け合い、支え合うのだと。
それから北ランスローと南ランスローは、些細な諍いさえなく、良好な関係を保ってきた。
――二十年前、南ランスローで〝旧時代〟遺跡群が発見されるまでは。
南ランスロー領境付近。
山間の道を、年寄り馬の引く馬車が走っている。
路面が特別荒れているわけでもないのに、後ろの荷台が激しく揺れている。
原因はラナとロブロイだ。
「来たぞ南ランスロー!」
ラナが吠えると、ロブとロイがあとに続く。
「ついに来たな!」「感慨深えー!」
「待ってなさい、無色の騎士!」
「今行くぞ〝旧時代〟遺跡!」「早く見てえぞ新種の魔導具!」
「うおおー!」
「うおおお!」「うおおお!」
「あー、うるさい」
御者台のロザリーは左手で手綱を持ち、右手で頬杖をついていた。
三人は、もうずいぶん前からこの調子だ。
せめて南ランスローに入ってからにしてほしい、とロザリーは心の中で愚痴っていた。
そんな彼女の心中を察したのか、ロブとロイが御者台に出てきて、左右からロザリーの肩に腕を回す。
「テンション低いな、ロザリー」「ついに南ランスローに着くんだぞ?」
しかしロザリーは無言で、ただ前に向かってため息をついた。
ラナが言う。
「ロザリーはもう、やること終えちゃったから。やる気ないんだよね~?」
「……そういうわけじゃないけど」
事実、この実習でロザリーのやるべきことはポートオルカで終わっていた。
南ランスローに用があるのはラナとロブロイの三人だ。
「いいさ、いいさ」「根暗は放っとこうぜ」「そうね、陰気がうつっちゃう」
「……ムカつく」
ロザリーが口を尖らせていると、彼女の後頭部をラナが後ろから押さえつけた。
前屈の姿勢になったロザリーの頭上で、ラナが叫ぶ。
「あれ! 南ランスローの関所よね!?」
ラナが指差すその先に、山裾の谷間を塞ぐように城壁があった。
ロブとロイが地図を取り出し、地形と見比べる。
「間違いない!」「南ランスローの関所だ!」
「やったっ! つ、ついに!」
「ああ……光り輝いて見えるぜ!」「俺たちを待ってる!」
「行こう! 南ランスロー!」
「「おおー!!」」
「ちょーっと待ちなさい」
ロザリーがラナの手を押し退け、頭を上げた。
「南ランスローは人の出入りに厳しいって、あなたたちも聞いたでしょ? それってあの関所が厳しいってことだから、ちゃんと作戦を立てて――」
慎重案を唱えるロザリーに、ラナが言葉を被せてきた。
「――へーきへーき! カテリーナさんから貰った手紙だってあるもん。ロザリーってほんと心配性よね」
ロブとロイもそれに頷く。
「根暗だからな」「ネクロだろ?」
「じゃあ根暗なネクロだ」「クク、そりゃあいい」
双子の話を聞いて、ラナがカッと目を見開く。
「ということは……ロザリーって、
「「ぶはははは!!」」
「うるさい! もう勝手にすれば!?」
そうして意気揚々とした三人と、不貞腐れた一人を乗せた馬車は、関所の門をくぐっていった。
そして、ニ十分後。
関所の外に、四人は並んで立っていた。
ラナとロブロイが呟く。
「追い出されちゃった……」
「全っ然ダメだったな」「聞く耳も持ちやしねえ」
「手紙も見せたのに……!」
「差出人さえ確認しねえ」「危うく破り捨てられるところだったな」
呆然と立ちつくすラナとロブロイ。
ロザリーだけは、それ見たことか、といった表情を浮かべている。
「何とか言えよロザリー」「言いたそうな顔してる」
「だからね? 私が言ったように――」
「――やっぱ言わなくていい」「聞くだけムダだ」
「あなたたちねえ!」
「もう! どうでもいい喧嘩はやめて! それより入る方法を考えようよ」
「入る方法つってもなあ……」「話も聞いてくれないんだぜ?」
ロザリーがポンと手を打った。
「三人が前のめり過ぎたんじゃない? そこまで入りたがるって、いかにも怪しいもの」
「う~ん……」「無くはない……」
ロブとロイが揃って腕を組み、下を向く。
ラナがロザリーに問う。
「だからさ。それが原因だったとして、どうやって入るの?」
「どうやって? ……うーん、一度不審に思われたら難しいかも」
「それって、あきらめろって言ってる?」
「そうだと言ったらあきらめる?」
「まさか! あきらめるわけない!」
「だよねぇ……」
「「そうだ!」」
ロブとロイが一斉に頭を上げた。
「ロザリーってすげえ騎士なんだよな?」「黒獅子ニドに並ぶっていう」
「まだ騎士でもないし、並んだ覚えもないけど……だとしたら何?」
「ロザリーが土下座して頼め!」「地面に額を擦りつけて頼め!」
「なんで私が!」
ロザリーが食ってかかろうとした瞬間。
ラナがロブとロイの頭に拳骨を落とし、振り向きざまにロザリーのすねを思いっきり蹴り上げた。
「がっ!」「げっ!」
「はうぅぅ……」
その場にへたり込む三人。
「もう、いい加減にしてよね。話が進まないじゃない」
すねを押さえたロザリーが、恨めしそうにラナを見上げる。
「なんで私だけ、
「ロザリーには弱点つかなきゃ効かないと思って。でも、意外と効いたみたい?」
「普段からはそんなに魔導巡らせてないから……」
「あ、そうなんだ」
頭頂部を押さえていたロブとロイが、ラナを見上げて言う。
「俺らにばっか考えさせんなよ」「ラナも案を出したらどうなんだ?」
するとラナは反論するでもなく、人差し指を立てて見せた。
「実は、一つ妙案があるの」
「ほう」「どんな?」
ラナはしゃがみ込み、三人の耳を集めた。
そして囁き声で案を明かす。
妙案の中身を聞き、三人は思わず仰け反った。
「ラナ、お前――」「――本気か?」
「冗談よね!?」
しかしラナはニヤリと笑い、目配せした。
「本気も本気。だってそれしかないでしょ?」
「……確かにな」「……それしかない」
ロブとロイも驚きこそしたが、乗り気のようだ。
南ランスローに用のないロザリーだけが頭を抱えた。
「聞くんじゃなかった……」