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73 交易都市イクロス

 ロザリーたちは、カテリーナの船で最寄りの港まで送ってもらうこととなった。


 高速船に乗り、沿岸の景色を左に眺めながら、西へ西へ。

 初めての船旅となる年寄り馬は、どこか不安そうにしている。

 二日目の朝に大きな河口にぶつかり、そのそばの港に船は止まった。

 ここが最寄りの港かと思っていたら、小型の帆船に乗り換えて、今度は川を遡る。

 上流に向かって吹く風は、川の流れをものともせず船を川上へと運んでいく。


 そして昼過ぎに到着したのが、川と大街道のぶつかる町――交易都市イクロスだった。

 内陸の港であるのに、たくさんの船が停泊している。

 町はポートオルカよりずいぶん小規模だが、その活気は負けず劣らずだ。

 船着き場にて、ロザリー一行はカテリーナと向かい合った。


「送って差し上げられるのはここまでですわ」

「ありがとう、カテリーナさん」


 カテリーナはロザリーと握手を交わし、次いでロブロイとも握手し、最後にラナと抱き合った。

 ロブとロイが地図を開き、現在地を確認する。


「イクロス、イクロス……」「……ここだ。かなり近道できたな」


 後ろから地図を覗きこむラナが愚痴る。


「そのぶん、帰りが憂鬱だけどね~」


 するとカテリーナが胸を叩いた。


「帰りだってお任せください! 連絡を下さればいつでもお迎えに上がります。ミストラル近くの川港まで送って差し上げますわ」

「ほんと!?」

「もちろん! 皆さんはそれだけのことをしてくださったのです。今やポートオルカの大恩人ですわ!」


 四人は返事に困ったが、その顔は揃って照れ臭そうにしている。


「そうだ、皆さんにこれを」


 カテリーナが、頭半分ほどの大きさの革袋を差し出した。

 一見してお金だと判断したラナが、両手を開いて拒絶する。


「受取れないよ! ここまで送ってもらったし、無理を聞いてくれたコクトー様への対価(・・)なんだし!」


 カテリーナはくるりと向きを変え、今度はロザリーに向かって革袋を差し出した。


「それじゃ、ロザリーさん」

「ん、ありがとう」


 ラナが身を乗り出すようにして怒鳴る。


「ちょっとロザリー! 何あっさり受け取ってるのよ!」

「このやり取り、町長さんともやったしさ。その上でくれるって言うなら、貰っておくのが礼儀じゃない?」

「そうだぜラナ。貰っとくべきだ」「俺たちはそれだけのことをしたんだって」

「ロブロイは特に何もやってないじゃない」

「「お前もな」」

「むぐっ」


 何も言えなくなったラナに、カテリーナが語りかける。


「ラナさん、これはほんの気持ちなんです。もし大喰らい(グラットン)が今も海峡に居座っていたら、損害はこんな額では済まないのですから」

「う~、わかったよ」

「よかった。……そうだ、もう一つ」


 カテリーナが一通の封筒を取り出した。

 手渡されたラナが封筒を調べる。


「これは?」

「紹介状です。皆さんの身元を父が保証する内容になっています。……父も南ランスローとは

 交流がないに等しいので、お役に立つかはわかりませんが」


 ラナは封筒を胸に抱いた。


「ううん、助かる。ありがとう!」


 カテリーナは頷き、帆船に飛び乗った。

 錨が上がり、帆が風を孕む。

 カテリーナは船の縁に立ち、ポートオルカの日差しのような笑顔を浮かべた。


「それでは皆さん! 旅のご無事をお祈りいたしますわ!」



 カテリーナと別れた四人は、年寄り馬の馬車の荷台に飛び込んだ。

 四人して荷台の幌の中に隠れるのは、人目を避けて中身(・・)を確認するためだ。


「じゃ、開けるよ?」


 ロザリーが持つ革袋の口紐を、ラナが解く。


「どれどれ……」「……うっはー!」

「これ、全部金貨!?」

「やっぱり。受け取ったとき、重いと思ったんだよねー」


 革袋の口から覗く黄金色の輝きに、四人はため息をつくばかりだった。

 ラナがため息交じりに言う。


「金貨って、こんなに神々しいものなの?」

「ただの金貨じゃないぜ」「レオニード金貨だ」


 ロザリーが双子に問う。


「何それ?」

「初代獅子王レオニードの生誕五百年を記念して作られた大金貨だ」「ほれ、レオニードの横顔が刻まれてるだろ?」

「他の金貨より一回り大きくて金の純度も高い」「レリーフが緻密で美術品としても価値がある」

「へぇ。お金としてちゃんと使えるの?」

「当然だ」「王国で最も信用のある貨幣といえる」

「そうなんだ。……これって何が買える金額? ピンとこないんだけど」


 ロザリーが革袋を掲げて尋ねると、ロブとロイが顔を見合わせて首を捻る。


「……城?」「……貴族位?」

「やだ、嘘でしょ!?」


 ロザリーが革袋を放り出し、ラナが慌ててそれをキャッチする。


「ロザリー! 放り投げるとかあり得ないんだけど!」

「そんなの持てないもん! ラナが持っててよ!」

「ううん、大金だからこそロザリーが持つべき。盗られる心配がないわ」

「だな」「それが安全だ」


 反論は認めない雰囲気に、ロザリーは渋々と革袋を受け取った。


「……じゃあ、預かるけど。落としても文句言わないでよ?」


 三人は一瞬言葉に詰まり、それから矢継ぎ早に文句を言った。


「言うわよ!」「言うに決まってる!」「絶対落とすな!」


 ロザリーは口を尖らせ、ポンポンと革袋を手の上で跳ねさせた。


「今更だけど――受け取ってよかったのかなぁ、これ」


 ラナが鼻で笑う。


「ロザリーが受け取ったんじゃない。ほんと、今更ね」

「だって、お城が建つような金額とは思わないもん。ポートオルカの財政的に大丈夫なの?」

「そこは問題ないさ」「ポートオルカは指折りの商業都市だぜ?」

「カテリーナ女史も言ってたろ?」「損害はこんな額では済まない、って」

「そうなんだ? じゃあ差し当たって考えるべきは――」

「なに?」


 ラナが問うと、ロザリーの紫の瞳がきらりと光った。


「――このお金の使い道」


 四人はもう一度金貨の袋に視線を戻し、ごくんと唾を呑んだ。



 四人はさっそくイクロスの町で買い物をすることにした。

 これから行く南ランスローには大きな都市はなく、だったら商業が盛んなイクロスでいくらか使っておこうという思惑だ。


 年寄り馬を若くてよく走る馬に替える案も出たが、賛成なし反対四で否決された。

 今は旅の途中。

 やたら買っても荷物になるだけ。

 そこで馬車を街道側にある馬繋(うまつなぎ)に預け、それぞれ好きに買い物してから集合することになった。


 ロザリーが革袋から金貨を取り出し、一人一枚ずつラナとロブとロイに配る。

 三人はまるで初めてお小遣いを貰った子供のように、にんまりしながら金貨を握りしめた。

 町へ繰り出す三人の背中を見送って、ロザリーは自分の分の金貨を一枚取り出した。


「さて、私は何にしようかな」


 普段はあれが欲しい、これが欲しいと思うのに、いざ何でも買っていいとなると、途端に何が欲しいかわからなくなる。


 ロザリーは目的もなく、イクロスの通りを彷徨い歩いた。

 色鮮やかな果物に、新鮮な野菜と川魚。

 穀物の詰まった麻袋が積み上げられた店先を、宝飾品を満載したロバがよろよろと通り過ぎていく。

 ロザリーはふと、ある店の前で足を止めた。

 刃物店だ。


「ソーサリエで使ってる剣、ダメにしちゃったままだな。カテリーナさんに借りた剣も、力を込めて振ったら刃が欠けて柄もボロボロになっちゃったし……」


 店に入ってみると、なかなかの品ぞろえの店だった。

 包丁や農具が並ぶ棚を通り過ぎ、奥の刀剣類の棚の前に立つ。

 ディスプレイされている剣を眺めていると、後ろから舌打ちが聞こえた。


 振り返ると、気難しそうな店主がこちらを見ていた。

 椅子にドカッと腰かけたまま、手に持った煙管でロザリーの脇を指し示している。

 見ると、安物の剣が雑多に積み重なったワゴンがあった。


(お前にはそれで十分だ、ってこと?)


 ロザリーはワゴンの剣をいくつか触り、またディスプレイに目を戻す。

 するとゴホンッ! と背後から咳払いが響いた。

 見れば、店主がまた煙管でワゴンを指している。


 ロザリーは仕方なく、ワゴンの剣を一本、手に取った。

 そして店主に向かって剣を握る手を見せ、それから魔導を巡らせる。

 店主は煙管を咥えて煙そうに見ていたが、剣の柄がバキッ! と音を立てて砕け折れたとき、目を見開いて煙管を口から落とした。


「……嬢ちゃん、魔導騎士か」

「まだ卵ですが」

「そりゃあ悪かった。悪かったが……その剣も並の騎士なら使うに足るものだぞ?」

「並の騎士よりは力があるかも。で、その力に耐えられる剣が欲しいんです」

「ふぅむ」


 店主は席を立ち、ロザリーの横に歩いてきた。

 そしてディスプレイされている剣の中から一本を、ロザリーに手渡した。

 じわりと重い。

 かといって無闇に重くもなく、剣の頼りがいを証明する重さであるように感じられた。

 これならば――そう思い、ロザリーは剣を握る手に力を込めた。

 柄がミシリと鳴ったが、それも初めだけ。

 剣はロザリーの力に屈することなく、刃を煌めかせた。


「……いいです。すごくいい。今までで一番かも」

「無銘だが、この店で一番の剣だからな。それはつまりイクロスで一番ってことだ」


 そこまで言っておきながら、店主は顔を曇らせた。


「すまん、嬢ちゃん。やはりこれは売れん」

「えっ、なぜです?」

「値が張るんだよ。子供の払える額じゃない。嬢ちゃんの力を見て、つい勧めちまったが……仕入れに大枚叩いていてなぁ」

「ああ、なるほど」


 ロザリーはポケットをゴソゴソと探った。

 そして自分の分の金貨を取り出して、ピーンと指で弾いて店主に投げた。


「おっとと……えあっ!? おまっ、これレオニ……うぐ、本物か……」


 金貨を何度も裏返す店主。


「それで足りますか?」


 ロザリーが問うと、店主はコクコクと頷くばかりだった。

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