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6 運命の日―1

 朝。

 渡り廊下を行くロザリーが、庭師に元気よく声をかける。


「おはよう、ハンスさん!」

「やあ。おはよう、ロザリー」


 警備の騎士がロザリーに声をかける。


「おはよう、ロザリー」

「リアムさんもおはよう!」


 その日もいつもの朝だった。

 いつも通り食堂へ行って朝食をとり、窓のない部屋へ。

 違っていたのは、ここからだった。


「おはよう、ベアトリス。……あれっ?」


 部屋へ入ってきたベアトリスは、白衣の男を連れていた。

 ロザリーの知らない男だった。


「おはよう、ロザリー」


 ベアトリスは華やかに笑った。


「その人は?」

「ああ、研究者仲間よ。今日はロザリーに質問があるの」


 そう言って、ベアトリスは膝を折った。

 目線を合わせ、ロザリーに問いかける。


「ここのところずっと、誰かと話しているよね? 誰と話しているの?」

「え、いや。ええと」

「隠さなくていいの、怒らないから。私がロザリーに怒ったことある?」

「……ううん」

「じゃ、話してみて?」


 ロザリーはしばらく逡巡し、仕方なく打ち明けた。


「……ヒューゴと話してる」

「ヒューゴ? 知らないな、誰のこと?」

「前に、夢で見た人」

「もしかして、倒れたとき?」

「うん」

「ここにはいないようだけど。いつ出てくるの?」

「いつもいっしょにいる。声だけなの」

「今も一緒にいるの?」

「うん」

「――そう」


 ベアトリスは立ち上がり、ロザリーに背を向けた。

 そして白衣の男と密談を始める。


「どう思う?」

空想上の友人(イマジナリーフレンド)ではないのか? 彼女の年なら、そう珍しくもないが」

死霊(アンデッド)が憑いた可能性は?」

「ひとり言以外に異常はないのだろう? 死霊憑きならば霊障が起きるものだ」

「そうかしら。彼女はネクロマンサーよ? 死霊が従順に従っている可能性は十分にある」

「いずれにしても。彼女はもう調査には使えない。常に空想の中にいるならば、引き出す情報は信用できないし――」

「――死霊憑きならば危険ね」

「その通り」

「潮時、か」

「残念だが、廃棄すべきだろう」

「気にすることないわぁ。少し早まっただけのことよ」


 密談が終わり、ベアトリスが振り返った。

 その顔にいつもの笑みがない。


「ベアトリス……?」


 しかし、ベアトリスは返さない。

 ロザリーをちらりと見ただけ。

 気分を害してしまったか。

 やっぱりヒューゴのことなんて話すんじゃなかった。


 そんなふうにロザリーが考えているうちに、白衣の男が扉を開けた。

 扉からぞろぞろと男達が入ってくる。

 いつもの、人骨運びの人夫たちではない。

 男達はみな、剣を携えた警備の騎士たちだった。

 中にはリアムの姿もある。


「ロザリー=スノウオウル」


 ベアトリスがいつもと違う呼び方で名を呼んだ。

 声色に優しさはなく、鋭くさえある。


「あなたを廃棄することにしたわ」

「はいき、って……?」

「賢いあなたならわかるはず。処分。スクラップ。ゴミ。――いらなくなったから捨てるって意味よ」


 ロザリーは聞かずにはいられなかった。


「なにを?」

「飲み込みが悪いわね。ロザリー、あなたをよ」


 躊躇いなくそう答えたベアトリスに、ロザリーは愕然とした。


「そんなのやだっ!」

「それはあなただけ。他のみんなはそれを望んでいるのよ?」

「……えっ?」

「死体と話すなんて、普通の人にはと~っても気持ちの悪いことなの。みんなは仕事だから、仕方なくあなたに優しくしてただけ。本当は一緒になんていたくないの。庭師のハンスも、食堂のサラも、リアムだって……ね?」


 ベアトリスが目配せすると、リアムは無表情で頷いた。


「みんなそう。私だってそう、あなたを捨てた母親もそう! 愛されるわけないじゃない、死体臭い子供なんて!」

「うそ! うそだよっ!」

「あら、愛されているつもりだったの? いいえ、あなただって知っていたはず。――私の部屋を覗いた、あの日から」


 ベアトリスが笑った。

 ロザリーが今まで見たこともないくらい、冷たく、醜く。


「さあ、誰が殺る?」


 ベアトリスはゲームでも始めるように騎士たちを見回した。

 しかし、誰も名乗り出ない。

 ベアトリスはため息をつき、騎士の一人を指差した。


「じゃ、リアム」


 指名されたリアムが進み出た。

 一歩、二歩とロザリーへ近づく。


「リアムさん、うそだよね?」


 リアムはわずかに眉を寄せ、振り返ってベアトリスを見た。


「本当に殺るのか?」


 ベアトリスが鼻で笑う。


怖気(おじけ)づいた?」

「そうじゃない。だが、子供は斬ったことがない」

それ(・・)はただの子供じゃない。死体と語る化け物よ。生かしておけば、恨んで死霊を引き連れて復讐に来るかもしれない。それがあなたの妻子の元でないといいわね?」


 リアムはロザリーに向き直った。

 そして、シィィンと鞘を鳴らして剣を抜く。


「リアム、さん」

「悪いなロザリー。恨むなら、そう生まれたことを恨め」

「っ」


 ロザリーが後ずさる。

 リアムは剣を構えたまま、一歩ずつ距離を詰めてくる。

 一歩、二歩と後ずさるうちに、ロザリーの背中がすぐに壁にぶつかった。


「……いやだ」


 ロザリーが首を激しく振る。


「やめてよ、リアムさん」


 リアムはもう、答えない。

 ただ、殺意をまとって近づいてくる。


「だれか、だれか助けてよ」


 懇願しても、この部屋の誰も冷たく見ているだけ。

 リアムの白刃が迫る。


「こんなのいやだ。やだやだやだ――」


 そして、ロザリーは身を震わせて叫んだ。


「――助けてヒューゴっ!!」

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