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58 旅路

 作戦会議の翌日。

 旅支度もそこそこに、実習へ出発することになった。


 荷物になる衣服などは必要に応じて購入すればいいし、街道を行くなら市には困らない。

 出発にあたっての唯一の大きな買い物は馬車だった。


 ロブとロイは南ランスローから魔導具を大量に持って帰るつもりらしく、ならば運搬力が必要だということで、一日で馬車を仕立ててしまった。

 馬車を含む旅支度の資金は、すべてロブロイ持ち。


「どこからそんなお金が出てくるの?」


 とロザリーが尋ねると、


「「魔導具修理は金になるんだよ」」


 とハモった答えが返ってきた。


〝王立魔導具技師連合〟という組織がある。

 通称、技師連。

 王都ミストラルの公共設備に使われる魔導具や、黄金城(パレス)内の魔導具を一手に管理する組織で、所属しない者はそれらに触れることさえ許されない。


 だが、それ以外にも魔導具はある。

 黄金城(パレス)外の個人が所有する魔導具だ。

 そういったものは壊れたりエネルギー切れを起こした場合、知り合いの技師に修理を頼むことになる。だが誰でも技師の知り合いがいるわけではない。むしろそんなつて(・・)があるのは少数だ。


 技師ではない無色の魔導持ちは大勢いるが、魔導具の知識を持つ者はほとんどいない。

 技師連が魔導具関連の知識を独占しているからだ。

 そこでロブとロイの出番となる。

 自己流で魔導具の修理法を編み出した二人は、技師連には所属していない。

 つまりはモグリの魔導具技師なのだ。


 今ではつてのない個人からの修理依頼が後を絶たず、一件一件は大したことない謝礼金も積もり積もって大変な額へと化けていた。

 ロブとロイは、


「地方にも技師を心待ちにする人はいる」「だから旅費は心配するな」


 と太鼓判を押した。



 そして、出発から二週間後。

 四人は旅の途中にあった。

 ポク、ポクと年寄り馬が幌付き馬車を引く。

 まだ夏の初めだというのに、やたらと暑い。

 川沿いを来たのに、その川は干上がってしまっている。


 最初の目的地、港町ポートオルカはまだ先。

 御者台のロザリーが、汗ばんだ顔で空を見上げた。

 厚い雲はあるが、降る気配はない。

 後ろの荷台から、双子の会話が聞こえてくる。


「暑いな」

「ああ、()だるようだ」

「夏の男神が張り切ってやがる」

「盛ったところで冬の女王とは寝れやしねえのに」

「のど、乾いたな」

「ああ、カラッカラだ」

「ポートオルカが待ち遠しいぜ……」

「この調子じゃポートオルカだって暑いだろう?」

「港町だ、海がある」

「塩水だ、飲めやしねえ」

「入るのさ。いくら暑くたって海は沸かねえだろ?」

「確かに。海が湯になったなんて聞いたことがねえ」

「海に飛び込むの、想像してみ?」

「おー、冷てえだろうな」

「つま先から頭まで、どぷんと水に沈むんだ」

「ああ……最高だな……」

「どうだ、ちったあ涼しくなったろう?」

「いや、余計に暑くなってきた」


 荷台に沈黙が流れる。

 そして――


「……暑いな」

「ああ、()だるようだ」

「夏の男神が――」


 たまらずロザリーが荷台を振り返る。


「もう! 暑っ苦しい会話をループさせないで!」

「仕方ねえだろ、暑いんだから」「会話もループするってもんだ」

「いいから黙ってなさい!」

「あちー」「うだるー」

「うるさいっ!」

「のど乾いたー」「水くれよー」

「ないよ! 知ってるでしょ!」


 ロザリーはため息をつき、双子の後ろに寝転がるラナを見た。


「ラナ、生きてる?」


 すると返事なく、片手だけ上がった。

 ロザリーは前に向き直った。

 年寄り馬は文句も言わず、しかし急ぐ素振りもなく。

 ただポクポクと歩くだけ。


 そんな年寄り馬の背をぼんやりと眺めていると、音が聞こえた。

 遠く、街道の向こうの空。

 近づいてきている。


「……ねえ! ラナ! ロブロイ!」

「黙れよロザリー」「お前こそうるせえぞ」

「雷! 雨が来る!」


 瞬間、荷台からロブロイにラナまでもが飛び出してきた。

 辺りはあっという間に暗くなり、冷たい風が吹き抜けていく。


「ああ……来る! 来るよ!」

「水筒、水筒!」「バッカ、鍋だよ鍋!」

「何でもいいから早く、早く!」


 大慌ての四人の頭上に、大粒の雨が降ってきた。

 雨は一気に降り注ぎ、地面を、馬車の幌を、四人を、激しく叩く。

 ロザリーは天に向かって大きく口を開いた。

 滴が口の中で集まり、喉を伝って落ちてゆく。

 そのままの姿勢で横目で見やると、他の三人も同じ体勢で雨を飲んでいた。

 地面に置かれた鍋にみるみる水が溜まる様子を見て、ロザリーが叫ぶ。


「桶を買わなきゃ!」


 双子も豪雨に負けじと叫ぶ。


「水、溜めるやつな!」「水筒じゃダメだ、役に立たねえ!」


 ロブとロイはしこたま水を飲んで満足したのか、今度は雨で頭を洗い始めた。

 それを見たロザリーとラナは、顔を見合わせて頷いた。

 そして、馬車から離れ街道脇の林へと入っていく。


「おい、二人とも!」「どこに行くんだ!」


 ロブロイが尋ねると、ロザリーとラナは同時に振り返った。


「体、洗うの!」「覗いたら殺すから!」

「「わーかったよ!」」




 その夜。

 街道から外れた、張り出した崖の下に馬車を停めた。

 荷台からはラナの寝息が、荷台の下からは双子のシンクロしたいびきが聞こえてくる。

 見張り番は交代制で、今宵の当番はロザリーだ。

 街道沿いでも獣は出るので、たき火は欠かせない。

 小枝を炎に投げ入れて、ロザリーは「獣も夏バテしてるだろうけど」と独り言を言った。


 旅は不便に満ちている。

 しかし不思議と慣れるもので、いつしか不便を楽しむようになる。

 風呂は川での水浴びでいいし、それができなくてもしばらくならそれでいい。

 水不足には参ったが、それでも何とかなった。

 旅は退屈との戦いでもあるが、代わりに考える時間が増えた。

 揺らめく炎を見つめながら、ロザリーは今回の絵図を描いた宮中伯の顔を思い浮かべた。


(そういえば……コクトー様は、私が研究所で死者の言葉を引き出していたことを知ってる)

(まさか、それも計算のうち?)

(南ランスローには〝旧時代〟遺跡群がある)

(私が行くことで、魔導具研究を活性化させることが真の目的とか……)

(ううん、さすがに考えすぎね)


 ロザリーは宮中伯の顔を頭から消し去り、まだ見ぬポートオルカの街並みを想像した。

 港町だ、きっと建物は石造りだろう。

 王都に負けず劣らずの活気に違いない。

 港はどうだ?

 船はいくつある?

 港町に住む人は、波音を子守歌に眠るのだろうか?

 そこまで想像してふと、重大な事実に気づく。


「私……海を見たことない」

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