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56 ナンバーズ

 数日後。

 再び廃校舎裏。


「何よ、ヒューゴ。見せたいものって」

「いいから。さ、キミはココに座って」


 ヒューゴはロザリーを地面に座らせ、周囲を見回す。

 人目がないことを確認すると、荒々しい声を響かせた。


「〝野郎共〟ッ!」

「んっ?」


 ヒューゴの声に反応して、ロザリーの影が揺らぐ。

 影から一つ、また一つと骨の手が伸びてきた。

 地面に手をかけ、地上へと這い上がってくる。


「あなたたちって、ヒューゴが呼んでも出てくるのね……」

「呼ばなくたって出てこれるヨ。(しもべ)は基本的に出入り自由ダカラ」

「はあ!? 聞いてないんだけど!?」

「そりゃ教えてないからネ。心配はいらないヨ、ボク以外は用もないのに出てこない。自我がないからネ」

「……ヒューゴ。私の知らないところで、勝手にうろついたりしてないよね?」

「してるケド」

「ちょっと!」

「仕方ないダロウ? 主人がボクを穴蔵に閉じ込めたまま、なかなか出してくれないんだからサ」

「それは……」

「気づいたのサ。主人が勝手を通すなら、ボクも勝手にすればいいんだって」

「もう、勘弁してよ……」

「心配ご無用。ボクはキミよりずっと常識的だから」

「それって五百年前の常識でしょう?」

「それでもキミよりはマシ。さ、今は彼らだ、注目してくれ」


 現れ出た〝野郎共〟は、全部で十体。

 ロザリーが荷運びでよく使っていた個体だ。

 ヒューゴが、また荒々しい声で命令する。


「整列ッ!」

「「ウ~イ」」

「えっ」


 互いにぶつかりながらも、懸命に横一列に並ぶ野郎共。


「えっ、えっ? 今、この子たち、返事を……」


 続けてヒューゴが叫ぶ。


「番号ッ!」

「1!」「ニ?」「サァン」「死」「ヴォ」「666……」「質? 死地?」「ハァチィ」「苦ッ!」「汁ゥゥ……」


 ロザリーは絶句した。

 そんな彼女に、ヒューゴが得意げに言う。


「どうだい? すごいだろう」

「……この子たち、何で喋れるの?」


 ヒューゴが更に胸を張る。


「モチロン、仕込んだからサ。そりゃあもう苦労したけれど、ソノ甲斐あって簡単な会話ならこなせるまでになったヨ」


 そのとき〝野郎共〟のうちの一体が「キョェェッ!」と奇声を発した。

 ヒューゴはその一体に目をやり、無言でロザリーに視線を戻す。


「……まだちょっと怪しいけどネ。自分の考えを話せるレベルを目指しているヨ」

「自我を取り戻しつつある……ってこと?」


 ヒューゴが首を横に振る。


「自我は崩壊してる。新たな自我が生まれつつある、が正しいだろうネ」

「そっか……う~ん……」

「何? 不満顔だケド」

「不満っていうかさ。自我があるってことは、自分の意思で行動できるってことよね? ヒューゴみたいに自分勝手に抜け出されても困る」

「そんなことはさせない」


 ヒューゴは後ろ手を組み、整列した野郎共に向き直った。


「いいか! 〝野郎共〟ッ!」


 よほど仕込まれてきたのか、〝野郎共〟がビシッと姿勢を正す。


「貴様らは、ここにおわすロザリー=スノウオウル様の忠実な(しもべ)である!」

「「ウーイ!」」

「貴様らに自由はない! 権利もない! 当然だ! 貴様らは汚らしい奴隷なのだから!」


 途端に野郎共の肩が落ちた。

 骨格が丸出しなので、落胆したのがよくわかる。

 しかしヒューゴは容赦しない。


「返事はどうした!」

「「ゥェィ……」」

「声が小さい!」

「「ウーイ!」」

「違う! 返事は『はい! 喜んで!』だ!」

「「ハイヨロコンデー!」」

「休みが欲しいか!」

「「要リマセンッ!」」

「褒美を望むか!」

「「要リマセンッ!」」

「では何のために働くのか!」

「「御主人様ノオンタメニ!」」

「甘えるな! 手を抜くな! 死ぬ気で働け!」

「「ハイヨロコンデー!」」

「貴様らはもう死んでるがな!」

「ギャハハ!」「ゲラゲラ」「ウシャシャ!」

「誰が笑えと言ったッ!」

「「……」」

「さあ笑えッ!」

「ヒヒヒ!」「ドゥフフ」「ホホホ……」


 その様子を眺め、ロザリーはぽつりと呟く。


「なんてブラック……」


 と、そのとき。校舎の陰から悲鳴が聞こえた。


「うひゃっ!?」

「やばっ、見られた?」


 ロザリーが慌てて振り返ると、そこに青い髪の女子生徒が立っていた。


「なーんだ、ラナか。脅かさないでよ」

「こっちの台詞なんだけど」


 ラナは〝野郎共〟を警戒しながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「ロザリーって、本当に死霊(アンデッド)を操るのね」

「そりゃあ死霊騎士(ネクロマンサー)だもん。ラナは何でここに?」

「これ」


 ラナは小脇に抱えていた書類を取り出した。

 そのうちの一枚をピラッとロザリーへ見せる。


「なになに? 本状はラナ=アローズの実習を許可するもので――実習許可状!?」


 思わずロザリーが大声を上げると、ラナははにかみながら笑った。


「信じていなきゃ諦めちゃいそうだったから、無理矢理にでも信じていたけど。でも、本当に実習行けるなんて信じられない!」

「でも、これで行ける。よかったじゃない」

「全部、ロザリーのおかげ。ありがとう」

「いいってば。やったね、ラナ!」

「ん。嬉しい」


 ラナは笑顔を浮かべたまま、恥ずかしそうに(うつむ)いた。

 しかしふと、、真顔になって顔を上げる。


「でもね、ここ」

「ん? ……指導騎士欄が空欄?」

「他の書類見ても理由がわからなかったの。()実習が認められたってことかな?」

「いや、それはどうかな。コクトー様は無理だと言ってたけど」

「そうなると、ここに理由が書かれてるのかなって」


 ラナは一通の封書をロザリーに手渡した。

 差出人はコクトー。封書の宛先はロザリーになっている。


「――商談の結果ね」


 ロザリーが緊張した面持ちで封を切ると、中の手紙を横からヒューゴがかっ(さら)った。


(わたくし)めが、お二人に読んでさしあげましょう」

「ヒューゴ、返して」

「いいからいいから」


 ヒューゴは捕まえようとするロザリーの手からするりと逃れ、手紙を自分の背中に隠した。

 ラナが声を潜ませ、ロザリーに尋ねる。


「……誰?」

「ああ、ごめん。彼はヒューゴ。私の(しもべ)――精霊騎士(エレメンタリア)でいう使い魔みたいな?」

「へえ。じゃあ、あの人も死霊(アンデッド)なの?」

「そう。ついでに私の指導騎士」

「使い魔が!?」

「元魔導騎士なの」


 ヒューゴは二人のやり取りをよそに、手紙を開いた。

 そして中を読み上げ始める。


「――商談下手なスノウオウルへ。ラナ=アローズの件、了承した。代わりに邪魔な貴族を一人、葬ってもらう」

「うえっ!?」


 血の気を引かせるロザリーを見て、ヒューゴの口角が上がる。


「――葬ってもらうつもりだったが、もっと重要な案件を思い出した」

「……ヒューゴ。あなたねぇ」


 ヒューゴはニヤニヤと笑いながら、続きを読む。


「――東方出身で魔導もない私がどうやって今の地位までのし上がったか、君は知っているだろうか。それは東方――王国間の航路で財を成し、その財と販路をそのまま王宮へ差し出したからだ。今でもポートオルカに着く商船団は、王国と私に多大な利益をもたらし続けている」

「東商人って予想、当たったね」


 ヒューゴがこくりと頷く。


「――ところがこの半年、利益が上がらないでいる。船が来ないからだ。こちらから新たに船を送っても戻らない。ことは重大だ。貿易による儲けは出ないし、王国内では入手できない多くの品をこの販路に頼っている。何より、何かが私の邪魔をし続けているということが我慢がならない。ついては、この問題の解決を商品の対価としたい」


 ラナが言う。


「……気になったんだけど。商談とか商品って、もしかして私の実習のこと?」

「いや、あー。うん」


 言い淀むロザリーを見て、ラナは何となく事情を察した。


「そう。なら、私もやる」

「簡単に言うけどさ、なんかすごく厄介な問題っぽくない?」

「それでも一緒にやるわ」


 ラナの眼差しは、もう決めたといわんばかりのものだった。

 ロザリーは困り顔でヒューゴに問う。


「問題について、もうちょっと情報ない?」


 するとヒューゴは素っ気なく答えた。


「詳細は追って報せる、ってサ」


 ロザリーはため息をついた。


「またそれ。嫌なんだよねぇ、先延ばしってモヤモヤしてさ」

「でも、手紙にはまだ続きがある」

「そうなの?」


 ヒューゴは咳払いし、また手紙を読み始めた。


「――対価とは別に、もう一つやってもらわねばならないことがある。先日伝えたように、()実習は難しい。君でも厳しかったのだから、魔導に劣るラナ=アローズでは事実上不可能だ。となれば指導騎士が必要だ、無色の魔導騎士が」

「そんなの、存在しないじゃない」


 ラナが眉を(ひそ)めてそう言うと、ヒューゴはゆっくりと首を横に振った。


「――二人いる。南ランスローの領主、双子の姉妹だ。領主であった父親が急逝したのだが、とある事情により姉妹をすぐに新領主に据える必要があった。ユーネリオン獅子王国では魔導騎士しか領主にはなれない。しかし双子は魔導こそあったが、騎士ではなかった。まだ幼く、ソーサリエを卒業どころか入学さえしていなかったからだ。騎士になるのを待つ猶予はない。そこで、特例として魔導騎士の資格を与えることにした。いつの日かソーサリエを卒業することを条件として。……姉妹の魔導が無色と判明したのは、ごく最近のことだ」


 ラナが目を見開く。


「無色の魔導騎士……もう存在したのね」


 一方、ロザリーは首を捻っていた。


「姉妹で領主? 普通、どっちかじゃない?」


 ヒューゴが答える。


「その辺りについては書いてないねェ。書いてあるのは――特例とはいえ、この二人はまごうことなき〝無色の魔導騎士〟である。どちらか、あるいは両名に指導騎士欄に署名してもらいたまえ。それをもってラナ=アローズの実習の証明とする――だってサ」

「なるほど。……ラナ、大丈夫?」


 ロザリーが問うと、ラナは明るい表情で首を傾げた。


「ん? 何が?」

「この領主姉妹に署名してもらわなきゃ、実習は行き損ってこと。あんなに喜んでたのに無駄になるかも、って思ってさ」

「ああ、それ。落ち込んだりしないわ、むしろ燃えてきたくらいよ」

「あ、ラナってそういうタイプ?」

「だって、今のままじゃロザリーに頼りっきりじゃない。でも、ここからは私次第。絶対に領主姉妹とやらに認めさせてみせる!」


 ラナは鼻息荒くそう言い放ち、両こぶしを握り締めた。

 彼女は燃える瞳でロザリーを見た。


「そうと決まれば作戦会議ね!」

「作戦……会議?」

「私、ポートオルカも南ランスローもどう行けばいいか知らない。ロザリー、知ってる?」

「うん、知らない」

「じゃあ下調べしなきゃでしょ? まず、地図が必要ね」

「旅支度もしなきゃだね。日程、どのくらいになるんだろう。……あー、旅費が要るのか! どうしよう、旅ができるほど蓄えないよ」

「それについてはあてがあるわ」

「あて? ラナって貧乏貴族じゃなかったっけ?」


 ラナが笑う。


「私の実家のことじゃないわ。行く先々で旅費を稼げて、なおかつ私たちの旅にホイホイついて来そうな人たちを知ってるの」

「……そんな奇特な人、いる?」

「そうと決まれば善は急げ! 行こう! おー!」


 こぶしを突き上げるラナ。


「お、おー」


 ロザリーが慌ててこぶしを上げると、そのときにはもうラナは歩き出していた。

 ロザリーは急いで〝野郎共〟を影に仕舞い、彼女のあとを追いかけた。

 旅のリーダーはラナになりそうだ。

 そう、思いながら。

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