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54 デリンジャー萬鍛治店

 ミストラル城下。

 コクトーとの商談を終えたロザリーは〝金の小枝通り〟の坂道を下っていた。


「うぅ、どんな要求してくるんだろう……」


 昼下がりの喧騒の中を抜け、馴染みの道へと入る。

 もうすぐソーサリエの門が見えようか、というときだった。


「あ」


 見覚えのある女子生徒が、道の反対側を行き過ぎた。

 小麦色の肌の上で揺れる、青い髪。


「ラナ?」


 視線で追うと、ちらりと見えた横顔はまさしく彼女だった。

 どこかで用事でもあるのか、脇目も振らずに歩いていく。


「……コクトー様に頼んだことだけでも伝えとこっと」


 ロザリーは踵を返し、ラナのあとを追い始めた。

 ロザリーは早足で歩くが、ラナもまた早くて追いつけない。

 まだラナが実習に行けると決まったわけではないので、駆け寄って呼び止めるのも気が引ける。


 仕方なくロザリーは、ラナと同じくらいのスピードで彼女のあとをつけることにした。

 ラナは〝金の小枝通り〟を横切り、脇道へと入った。

 酒場やレストランが軒を連ねる通りを抜け、小道を通って住宅区へ。


「いったい、どこへ行くんだろう」


 ほどなく通りの喧騒も静まり、石畳も古いものに変わってきた。

 ラナは迷いなくズンズン進み、狭い路地に入った。

 ロザリーも後に続く。

 そして――


「あれ? 見失った?」


 路地から出てみれば、ラナの姿がない。

 見上げると、路地の角の軒先に看板が吊り下がっていた。

 看板には、金槌の絵と共に〝デリンジャー(よろず)鍛冶店〟の文字。


「デリンジャー? 何だっけ、聞き覚えが……」


 ロザリーは店に近づき、格子窓から中を覗いた。

 広い店内は、商品であろう品々で埋め尽くされていた。

 剣、ナイフ、槍、金属楯などの武具から、草刈り鎌、ピッチフォークなどの農具。

 更には包丁、鍋、ベルトの留め具などの日用品まで節操なく作っているようだ。


 中では似た背格好の二人が働いている。

 同じくらいの身長に似たような色の服。

 髪色は二人とも茶色で、髪型もほぼ同じ。

 後ろ向きで顔はわからないが、年の頃も同じくらいに見える。

 時々、動きまでシンクロしている。


「ん? 待って、デリンジャーって……!」


 ロザリーはハッと気づき、扉に回って店へ飛び込んだ。


「ロブロイ!」


 ロザリーが叫ぶと、二人は同時に振り向いた。

 同じ顔。双子だ。

 二人は同時に目を丸くし、同時に喜色満面となった。


「「ロザリー!!」」


 双子は全く同じ動きでロザリーに駆け寄り、同時に彼女に抱きついた。


「久しぶりだな!」「元気にしてたか!」

「あなたたちこそ!」


 双子の名は、ロブ=デリンジャーとロイ=デリンジャー。

 ロザリーの同級生だ。

 三か月前の魔導性判別の儀式で無色と判定され、それ以来ソーサリエから姿を消していた。


「急にどうしたんだ?」「さては俺たちが恋しくなったな?」


「フフ、違うよ。けど、会えて嬉しい」


「そりゃそうだろう」

「俺たちに会って嬉しくない奴なんていない」

「でもよ、ロイ。俺はお前に会っても嬉しくもなんともないぞ?」

「当たり前だろ、年中会ってるんだから」

「そりゃそうか」

「でも会ってない気がするのはわかるぜ」

「側にいるのが当たり前だからな」

「そうそう、風景と同じだ」

「だからっていなくていいわけじゃない」

「おう、俺達は二人で一人だ」


 ロブとロイは矢継ぎ早に話す。

 間を待っていては埒が明かないので、ロザリーは二人に割って入った。


「待って待って。久しぶりの再会なんだから、二人だけで話さないでよ」


「悪い、ロザリー」

「そうだ、自慢話聞かせてくれよ」


「自慢話?」


「ご活躍だったそうじゃないか」

「やべえくらい強い皇国騎士を討ち取ったんだろう?」


「なんで知ってるの? 一応、ソーサリエ内だけの秘密のはずなんだけど」


「俺たちゃ耳聡いんだ」

「なんせ、耳が四つもある」


「そういや昔からそうだったね」


「ま、中に入って話聞かせろよ」

「時間はあるんだろう?」


「あ、そうだそうだ。実はね、人を追ってきたの」


「人を追って?」「何か盗られたか?」


「ううん、そうじゃない。同級生の――」


 と、そのとき。

 店の奥から人影が射した。


「ロブロイ~。棚の奥の魔導ランプも、全部補充しちゃっていい?」


 その人物がロザリーと目が合う。


「……ロザリー? 何でここに?」

「ラナ。やっぱりここだったのね」




 〝デリンジャー万鍛冶店〟奥、ロブとロイの部屋。

 ロザリーが部屋を見回す。


「すごいね。これが全部、魔導具なんだ?」


 部屋はたくさんのランプと、それと同じくらいたくさんのガラクタで埋め尽くされていた。


 ガラクタはガラス瓶が連なったものや、文字盤がやたら複雑な時計みたいなものや、レンズが真っ赤な眼鏡など――ロザリーにはガラクタとしか形容できないものばかりだ。


 それらが戸棚から床一面、壁から天井にまで吊り下がっている。


「二人で集めたんだ」「ガキの頃からな」


「子供の頃から? 何でまた」


「俺たちは、自分が魔導持ちだって知ってた」「それが無色の魔導だってこともな」


「子供の頃から? 判別の儀を子供の頃に受けたってこと?」


「違う」「魔導具を使えたからさ」


 ロザリーが首を傾げる。


「……魔導具って、誰にでも使えるんだよね?」


 すると、ラナが棚に手を伸ばした。

 近くにあったランプを手に取り、ロザリーに見せる。


「これが魔導ランプ。知ってる?」


「〝金の小枝通り〟の街灯に使われてるやつだよね。火を使うランプより明るくて、夜に遠くから通りを見ると、黄金城(パレス)から伸びる金の枝に見えるからそう名付けられたとか」


「そうね。じゃあこれの仕組みは知ってる?」

「仕組み? スイッチを押せば点くって聞いたことあるけど」

「もっと根本的な仕組みの話よ。普通のランプは油なんかを燃料に燃えるよね。じゃあ魔導ランプは?」

「魔導ランプっていうくらいだから――魔導?」

「半分だけ正解。正確には、無色の魔導を燃料にしてるの」

「そう、なの?」


 ロザリーがロブとロイを見ると、彼らは同時に頷いた。


「魔導具は無色の魔導をエネルギーにする」「ってことは、燃料切れの魔導具にエネルギーを補充できる奴は?」


「……無色の魔導持ち、か。知らなかった」


「実は貴族の間じゃメジャーな判別法でな」「高位貴族ならガキの頃に大抵やってるはずだ」


「へー。そうなんだ?」


「貴族ってのは血を誇るものだろ?」

「強い騎士を生み続ける〝貴い血族〟なんてな」


「うん」


「じゃあ、そこに無色の魔導持ちが生まれたら?」

「血に無色という不純物が混じってるとされてしまう」


「貴族にとって、よくない風評が立つってことね」


「実害もある」

「血に疑いを持たれれば、縁組みがうまくいかなくなる」

「卑しき血を混ぜてはいけない、ってな」

「血を誇る貴族にとって、それは死活問題なのさ」


 ロザリーがため息を漏らす。


「はあー、なるほどね。……もしかして、判別の儀で貴族に無色が少ないのって」


「事前に判別してるからだな」

「無色であればソーサリエに行かせない」


「行かせないなら、その人たちどうなるの?」


「たいていは秘密裏に家から出すことになる」「出されなくても一生幽閉。存在自体が家の不名誉だからな」


「そう、なんだ」


「無色に限れば、貴族より平民のがマシさ」

「それまでと変わらず暮らしていけるからな」


「……なんか、貴族も大変なんだね」


 ロザリーがラナに視線を向けると、彼女は力のない笑みを浮かべた。


「うちは地方の貧乏貴族だから」


「ま、とにかく。俺たちは自分が無色と知ったときから」

「最高の魔導具技師を目指すと決めた」

「無色であることを活かす唯一の道だ」

「優れた技師は腕一本で騎士並みに稼ぐことができる」

「壊れた魔導具を直すのも」

「修行の一環ってわけさ」


 ロザリーが首を捻る。


「あれ? でも、騎士になる気がないなら、なんでソーサリエに入学したの?」


魔導書図書館(グリモワール)さ」

「魔導具関連の本は貴重だ、一般市民じゃお目にかかれない」


「そっかあ。魔導書図書館(グリモワール)が動機の人って、他にもいたんだねぇ」


「他に?」「誰のことだ?」


「ううん、こっちのこと。そっか、魔導書図書館(グリモワール)ねー」


「あとは食堂だな」

「ああ。食堂だけでも入校した甲斐があった」


「じゃあ辞めたの失敗だったね。ラナみたいに粘ってれば、まだ食堂で食べられたのに」


「いやいや」「俺たちも辞めてないぞ」


「え、そうなの!?」


「籍は残してある」「卒業する気はないがな」


「期間いっぱい利用させてもらうつもりだ」「食堂も魔導書図書館(グリモワール)もな」


「はー。相変わらず抜け目ないねぇ。……で。もしかして、ラナも魔導具技師を目指すことにしたの?」

「違うわよ」


 ラナは手に持つランプに魔導を流した。

 眩い光がランプに灯る。


「私の目的は、魔導具にエネルギーを補充すること」

「なにそれ。バイトってこと?」


 ラナが笑う。


「そうじゃないよ、お金は貰ってない。これが目的。言葉通りの意味」


 首を捻るロザリーに、ラナが問いかける。


「ロザリーに質問。魔導騎士が魔導を増やすにはどうすればいい?」

「何よ、急に」

「わからない?」

「わかるよ、基礎魔導学の初歩だもん」

「なら答えてみて」


 ロザリーが渋々ながら答える。


「超回復。筋肉と同じで、疲弊するほど魔導を消費すると、それを上回る量回復する。だから――あ、そういうこと!?」


 ラナが頷く。


「色付きの魔導性なら、術を使うことで自然と成長していく。でも無色はそうはいかない。術が使えないから、効率よく魔導を吐き出せないわけ。無色が最悪なのって術が使えないこと自体より、魔導の成長が遅いことなの」


「ラナはそれを補うために……?」


 ラナは肯定も否定もせず、ただ目を伏せた。

 ロブとロイが交互に話す。


「俺たちは、別に強くなろうとか思ってないしな」

「補充は全部、ラナに任せてる」

「根性あるぜ、ラナは」

「魔導量に関しては他の生徒と遜色ないんじゃないか?」

「最初の頃なんて魔導枯渇するまでやってしな」

「ああ。ここで昏倒してた」


「やめてよ、ロブロイ」


 ラナは恥ずかしそうにそう言い、それからロザリーを見据えた。


「次はロザリーの番」

「私?」

「どうして私をつけたりなんかしたの?」


 ロザリーはハッと気づいた。

 ラナをつけたのはたしかにそうで、つけられて気分がいい人間などいない。

 後ろ頭を掻きつつ、弁解する。


「ごめん、つけるつもりじゃなかったんだ」

「でも、つけたよね?」

「ちょっと話が進んだから、伝えておこうかな、って」

「話って何のこと?」

「実習のこと」

「どう進んだの?」

「さっき、コクトー様に会ってきたんだ。私の実習の許可が出たから」

「へえ! よかったね」

「で、ついでに頼んだんだ。ラナも行けないか、って」


 するとラナは目を見開き、身体をがばっと前のめりにした。


「それで!? どうなったの!?」


 ロザリーは思わず仰け反りながら、答えを返す。


「いや、まだ結果はわからないんだ」

「焦らさないで! そのお偉いさんは何て言ったの!?」

「あー……追って報せる、って」


 するとラナは唇をぎゅっと結び、ふるふると震え出した。


「おい、ラナ……?」「大丈夫か……?」


 ロブとロイが心配そうにラナの顔を覗き込んだ、そのとき。

 ラナは満面の笑みを浮かべ、勢いよくロザリーに抱きついた。

 ロブとロイが驚き、声を上げる。


「ひゅー!」

「なんだ、お前らそういう仲かぁ?」


 対するロザリーは、目を白黒させていた。


「あ、ラナ、えっとね? さっきも言ったけど、結果はまだなんだ。だからそんなに喜ばれても困るっていうか」


 そう言った瞬間、ラナの腕の力が強まる。


「わかってる! でも行けるかもしれない! だから嬉しいの!」


 ロザリーは手の置き場に迷い、遠慮がちにラナの背中をポンポンと叩くのだった。

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