5 夢の名残り
ロザリーは目を覚ました。
窓が開いていて、白いカーテンが揺れている。
天井は白く、壁紙は水色。
自室ではないが、見覚えのある部屋だ。
ここはたしか――
「――いむしつ?」
「ロザリー?」
窓の反対側を見ると、愛する人の顔があった。
「ベアトリス」
「ロザリー……よかった!」
そう言って、ベアトリスはロザリーの肩に顔を埋めた。
ロザリーはしばし呆然として、ぽつりと言った。
「私、夢を見てた」
「……そう。とにかく無事でよかった」
「めちゃくちゃな夢だった。なにがなんだかわからなかった。けど――」
ロザリーは胸を押さえた。
あの赤い目の男に掴まれた、心臓の痛みを覚えている。
手首を斬り落とされた痛みも。
腐り落ちる自分の体が放つ悪臭が鼻に残り、あの不快な死の感触が肌に残っている。
しかし、何より――血が滾り力が溢れたときに感じた、あの燃えるような熱が、ロザリーの内で燻っていた。
「ロザリー?」
呆けた様子で固まるロザリーの顔を、ベアトリスが不安そうに覗きこむ。
「あっ、うん。平気。だいじょ――ぶっ!?」
ロザリーは起き上がろうとして、再びベッドに倒れた。
「ロザリー!? 大丈夫!?」
ロザリーは倒れたまま、ベアトリスを見上げた。
「ごめん、身体じゅうすごく痛い。起き上がれないみたい」
ベアトリスはふうっ、と息を漏らし、ロザリーに語りかけた。
「とにかく、しばらく休んで。あなたは三日も目覚めなかったんだから」
ベアトリスは館医になにか言い含め、医務室から出ていった。
「……三日?」
◇
その夜。
館医の去った医務室で、ロザリーはひとり天井を眺めていた。
痛みは相変わらずで、寝返りを打つのにも苦労するほど。
なのに、頭の中は澄み渡っている。
ロザリーは呟いた。
「こわい夢だったな」
暗い部屋の中で、ひとり言が微かに反響する。
答える者はいないのに、疑問が次から次へと湧いてくる。
「あれは戦争?」
「赤目ってなんなの?」
「夢ってあんなに痛いもの?」
「夢なら、どうして覚めた今も痛いんだろう?」
そして、最も大きな疑問。
「あれは、本当に夢だったのかな」
すると突如、答えが返った。
『夢だネ。でも現実でもある』
声はすぐ近くからして、ロザリーは跳ね起きた。
そして激痛が走り、またベッドへ倒れる。
「っ、
『ソノ痛みは、魔導が急激に増えたことによるものサ。肉体が適応しようと変化していて、それが痛みとなって表れている。マ、筋肉痛みたいなものだネ』
「だれ!?」
首だけで必死に見回すが、医務室にはロザリーしかいない。
しかし、内なる声が答える。
『忘れたのかイ? ボクのこと』
それは、夢で見た彼の声。
「……ヒューゴ?」
『ご明察。ってほどでもないネ、会ったばかりだ』
「どうして。ここに骨はないのに」
『ボクが
「あんでっど? ねくろまんさー?」
『
「じゃああれは、夢じゃないんだ……」
『夢でもある。キミはボクが死んだ時のことを夢で見たんだ。ボクの視点でね』
「こわかったし、痛かったよ」
『すまなかったネ。アノ夢は【葬魔灯】という。死者の魂と重なり、ソノ最期を追体験するネクロマンサーの秘術。元々は死者の想いを汲み取るために編み出された術なんだケド……副作用がある。死者の力をコピーしてしまうんだ』
「こぴー?」
『死の体験が強烈すぎて、自分が死者そのものだと錯覚してしまうんだ。そして死が訪れる瞬間、両者の魂は完全に同化する。重なるのではなく、一つになるんだ。【葬魔灯】が終われば引き剥がされるケド、一つになったことを魂は覚えてる。力の複製という形でネ』
「ふーん」
『死の記憶とともに力を受け継ぐ。それが【葬魔灯】。ボクの望みは次のネクロマンサーにボクの力を渡すことだったんだけど――今ここに望みは叶い、キミが力を受け継いだ。素晴らしいことだよ』
「あのね、ヒューゴ」
『なんだい、ロザリー』
「むずかしくてよくわかんない」
それまで機嫌よさげに話していたヒューゴが言葉に詰まった。
『……そっか。マ、仕方ないネ。キミはまだ小さいもの』
「ん……なんか眠くなってきた」
『よっぽどつまらなかったんだねェ、ボクの話』
「そんなこと……ない、けど……」
『眠るといい。きっとソノ痛みも、目覚めたときには消えているから』
「だと……いいな」
『おやすみ、ロザリー』
◇
ロザリーはそれから、ヒューゴとよく話すようになった。
彼は姿を見せないので、ひとり言のようになる。
人前でやると不審がられるので、自然と自室でばかり話すようになった。
自室に戻るのがロザリーは楽しみだった。
ヒューゴの語る彼の半生はまるで冒険譚のようで、ロザリーは夢中になって聞いた。
たまに、ロザリーも自分のことを話した。
ヒューゴの冒険譚に比べればたわいもない話だったが、ヒューゴは真剣に聞いてくれた。
そしてまれに、ヒューゴは死者とネクロマンサーについて話した。
楽しい話題ではなかったが、ヒューゴが自分のために話していることがわかるので、ロザリーは熱心に聞いた。
そうして数か月が経ち。
運命の日が訪れた。