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49 無色透明な彼女―2

 旧校舎裏。

 夕日が辺りを赤く染めている。


「へえ。こんなとこあったんだ」

「ぷっ」


 ラナが発した覚えのある台詞に、ロザリーが思わず吹き出す。


「何? 私、変なこと言った?」

「ううん。ここは昔使われてた校舎らしいよ。親友の秘密の場所だけど……ま、いいよね」


 ラナは辺りを見回し、夕日が落ちる芝生の上に腰を下ろした。

 ロザリーもその隣に座ろうとすると。


「ちょっと待って」

「ん?」

「横に座る気?」


 ロザリーはきょとんとして、腰を下ろす途中の姿勢で固まった。


「二人しかいないのに、離れて座るのは変でしょ?」


 しかし、ラナは一言。


「離れて」

「はぁーい」


 ロザリーはラナから離れ、古びた校舎に背を預けるように座った。

 日陰で寒い。

 トレイを膝にのせてラナを見ると、彼女はもう食事を始めていた。


「……いただきまーす」


 ロザリーも食べ始めた。

 時間が経って冷えてはいるが、特別ディナーはそれでも美味しかった。


「……私のこと、知ってたんだね」


 ロザリーがそう言うと、離れて座るラナが答える。


「言ったでしょ、有名人だって」

「私、どんなふうに有名なの?」


 ラナは眉を上げて答えた。


「アトルシャン騎士団をたった一人で殲滅した生徒――その実態は、世にもおぞましい死霊使い」

「おおよそはその通りだ、け、ど!」


 ロザリーは不満げな顔で、リブの香草焼きをフォークでブスブス刺す。


「教官たちは口にしないけど、噂は他の学年にも広まってる。あなたを知らない人はソーサリエにいないわ。ま、私は課外授業(あの場)にいたから知ってて当然なんだけど」

「それもそっか。そういえば、襲われたときはどこにいたの?」

「あなたのクラスの眼鏡の代表(リーダー)に、無理矢理隊列の中に入れられたわ」

「ああ、ロロが。ラナのこと気にかけてたもんね」

「お節介よね、あのおばさん」

「でも、おかげで助かったんでしょ?」

「そうかもね。でも……頼んでないわ」


 ラナはじろっとロザリーを睨んだ。


「あなたもそうよ。頼んでないのに、どうして私を助けたの?」


 ロザリーは答えに困り、首を捻った。


「どうしてって……うーん」

「私を憐れんだんでしょ?」

「だから違うってば」

「じゃ、はぐれ者同士、傷を舐め合いたかった?」

「違~う。でも、なんでかな」

「はあ? 自分でわからないの?」

「なんか、ムカついたの」

「それだけ? 気まぐれってこと?」

「かもしれない。元々、ちょっとイライラしてたから。私さ、実習行けないかもしれないんだよね」

「……それ、私に言ってどうするの?」

「言っちゃダメなの?」

「私は無色よ。無色が実習に行けると思う?」

「思わない」


 ロザリーは即答した。

 ラナが目を丸くする。


「はっきり言うのね」

「だからこそ聞きたい。ラナは無色なのに魔導騎士になるつもりなんだよね?」


 ラナは丸くした目を、何度も瞬かせた。


「なぜそう思うの?」

「無色なのにソーサリエに残る意味って、それしかなくない?」


 ラナはふうっ、と息を吐き、それからロザリーを真っ直ぐに見つめた。


「そうよ。私は騎士になる」


 ラナはそう断言した。

 夕日に照らされたラナが、ロザリーに眩く映る。


「……でも、無色は騎士になれない」

「なら、私は無色で初めての騎士になる」

「じゃあ実習に行かなきゃいけないけど」

「どうにかするわ」

「どうにかって?」

「まだわからない。でも、どうにかする」

「そう、わかった」


 ラナが眉を顰める。


「何がわかったって言うの?」

「参考にならないことがわかった」


 ラナはプッと吹き出した。


「あなたはどうするの? あなたも実習、行けないかもしれないんでしょう?」

「ん。私もどうにかする」

「なーんだ。あなたも参考にならないのね」

「ううん、当てはあるの」


 するとラナは、静かにトレイを地面に置いた。

 そしてすすす、っとロザリーに近寄り、横に座った。


「私たち、協力し合える気がしない?」

「……急に何よ」

「実は、私も当てがあるの。でも、それだけじゃダメで。もう一つ打開策が欲しいなって思ってたわけ」

「何よ、隠してたの?」

「大事な当て(・・)を誰にでも話したりはしないわ。でも、あなたにも当てがあるなら、共有すれば武器が二つになるかもしれないじゃない?」

「理屈はわからなくもないけど」

「私の当て(・・)から話すわ。それでどう?」


 ロザリーはラナの言う当て(・・)が気になった。

 手のひらを上に手招きして、話の続きを催促する。

 ラナは頷いた。


「無色が実習に行けない理由、わかる?」

「たぶん、実習の受け入れ先がないからよね?」

「そう。正確には、指導騎士がいないから」

「そっか、無色の騎士って存在しないもんね。そこは私と同じか」

「……ロザリーも同じ理由で実習に行けないの?」


 ロザリーが肩を竦める。


「ネクロの指導騎士にしろ、だってさ。いるわけないのに」

「じゃあ丁度いいかもね。私、ソーサリエの魔導書図書館(グリモワール)で調べたの。過去に指導騎士無しで実習をクリアした生徒がいないか、ってね。三十年前までしか遡れなかったけど――」


 ロザリーが身を乗り出す。


「いたの?」

「――戦時中の実習免除を除けば、一人だけ。〝黒獅子〟ニドよ」

「ニド殿下、かぁ」


 ユーネリオン王家の第一王子にして、次代の獅子王と目される人物。

 グレンの実習先、黒獅子騎士団の長でもある。


「殿下はソーサリエ生の頃にはすでに王国一の実力者だった。つまり、指導できるような騎士が存在しなかったの。形だけの実習でも良さそうなものだけど、殿下はそれを良しとしなかった」

「で、どうしたの?」

「実習生が殿下。指導騎士も殿下。自分で自分を鍛える()実習って形で王国内を放浪したみたい」

「ええ!? そんなのありなの!?」

「王子だから許されたのかもね。でも記録に残っているのは私にとって幸運だわ。指導騎士がいなくても、実習に行けるって貴重な実例だから。……でも、これだけじゃシモンヴラン校長は首を縦に振ってくれなかった。彼は特別、例外中の例外だからだって」

「ま、そうよねぇ」


 そしてラナは、目を輝かせてロザリーの顔を見た。


「で、あなたの当ては?」

「私のはラナの役に立つような当てじゃ……褒められたやり方じゃないし……」

「焦らさないで。早く教えてよ」


 ロザリーは言いにくそうに話し出した。


「偉い人に頼もうかと」

「偉い人?」

「コクトー宮中伯。獅子王陛下に近い(かた)で、私が死霊騎士(ネクロマンサー)だと知ったうえで、私に騎士になれって言ったの。実習に行かなきゃ騎士になれないから、どうにかしてくださいって頼もうかな、って」


 ラナの瞳が忙しなく動く。


「それで? いつ頼むの?」

「私の実習を邪魔してるのがルナールらしいから、あいつに話を聞いてから――」

「――急いで! 早く頼んで!」

「待って、ラナ。あなたのことまでは保証できない。頼んでもきっと、コクトー様は頷かないと思う」

「それでもいいの! あなたが()実習へ行くことになれば、実例が増える! 王子でもない同級生のあなたが実例になるの! シモンヴラン校長も頷いてくれるかも!」

「……なるほど。私の実習がラナの交渉カードになるってわけね」


 ラナは大きく頷いた。

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