48 無色透明な彼女―1
サブタイ入れました
カフェテリア〝若獅子〟。
生徒の大半が貴族ということもあり、出される料理は一般的な食堂とは比較にならないクオリティを誇る。
平民出の生徒の中には、この食堂を利用するためだけに留年しようと考える不届き者さえいるほどだ。
ロザリーはトレイを抱え、ほくそ笑んでいた。
(やった! 特別ディナー最後の一個を取れた!)
食堂で働く老齢の女性が、料理を出しながら笑う。
「ついてるねえ、嬢ちゃん」
「嬢ちゃんはやめてよ、おばさん」
「学生はみんな、坊やに嬢ちゃんさ。さ、料理乗せて行った行った!」
ロザリーはニマニマと笑みを浮かべながら、料理をトレイに乗せていく。
最後にデザートの小皿を乗せ、振り返って席を探す。
夕食時で、ほとんどの席が埋まっている。
と、そのとき。
「あっ!」
女子生徒の声がした。
驚いたような大きな声で、思わずロザリーもそちらを見る。
女子生徒の足元に、料理が散らばっていた。
「あぁー。料理ひっくり返しちゃったのね」
そう呟いたロザリーだったが、彼女の側でニヤつく男子生徒を見つけて気づく。
ひっくり返したのではなく、ひっくり返された。
おそらくは彼の仕業。
そして女子生徒の素性に気づき、そうされた理由を察した。
男子生徒が言う。
「いたのか、ラナ。見えなかったのは、魔導が透明なせいかな?」
食堂のところどころから笑い声が漏れる。
肩まで伸びた青い髪に、健康的な小麦色の肌。
無色の魔導と判定されながらソーサリエに残った、唯一の生徒。
ラナ=アローズだ。
(ラナが無色なのに学校に残っていること、課外授業でみんな知ったから。まあ、こうなるよね)
そんなロザリーの考えを裏付けるように、男子生徒がラナに絡む。
「いや、悪いのはお前だよな? 騎士になれない役立たずのくせに、厚かましくソーサリエに残ってタダ飯を食おうとしてんだから」
また周囲から笑い声。
ラナはしばらく落ちた料理を眺めていたが、しゃがみ込んでトレイに乗せ始めた。
男子生徒が膝を曲げ、ラナに言う。
「おっ、それ食べるのか? だよな、もったいない。不良品のお前には、床に落ちたエサで十分だ」
ラナが落ちたパンに手を伸ばすと、男子生徒が先にそれを踏みつけにした。
グリグリと床に擦りつけながら言う。
「ラナ~、知ってるか? 無色って家畜と同じ扱いなんだぜ? いくら魔導があっても術が使えない。それじゃあ力が強いだけの牛や馬と一緒だろってわけ。だから無色は家畜のように這いつくばってエサを食うべきなんだよ」
男子生徒は足を上げた。
「ラナ、食え」
ラナは黙って、潰れたパンを見つめている。
目の前のやり取りに、ロザリーは苛立ちを覚えた。
「酷いことするねえ」
食堂の女性が眉を顰める。
ロザリーは笑顔を貼りつかせ、彼女に言った。
「おばさん、ラナが持ってたのと同じのをもう一つ」
食堂の女性は、心得たとばかりにすぐに動き出した。
そしてロザリーは自分のトレイをその場に置き、ラナに近づいた。
先に気づいたのは男子生徒のほうだった。
怪訝そうな顔でロザリーを見ている。
ロザリーはその視線を無視し、ラナの横にしゃがんだ。
「手伝うよ」
呟くような声でそう言い、落ちた料理をトレーに乗せ始めると、毅然とした声が返ってきた。
「いい。同情はいらない」
「そんなんじゃない。……てっきり泣いてるのかと思ったけど」
「役立たずの色無しにはそれがお似合い? おあいにく様。私はそんなに弱くない」
「そうね。弱いなら、もう学校から逃げだしてる」
そこでふと、ラナは顔を上げた。
「あなたは……」
ラナはそこで初めて、会話の相手がロザリーだと気づいたようだった。
「私が何?」
「……学内一の有名人に同情されるなんてね」
「同情じゃないってば。それに、学内一の有名人ならウィニィでしょ」
「彼はいい意味で。あなたは悪い意味で」
「……酷くない、それ?」
そのとき、食堂の喧騒を突き抜けるような大声が響き渡った。
「あいよ! 羊肉の煮込み定食、お待ち!」
ロザリーは落ちた料理を乗せたトレイを持ち、料理の受け取り場所へ向かった。
「ありがとう、おばさん」
そう言ってトレイを交換すると、食堂の女性はバチッ! と音が聞こえそうなほど大きなウィンクをした。
置いておいた特別ディナーのトレイと、湯気が立つ煮込みのトレイを両手に持ち、ラナの元へ戻る。
男子生徒はまだラナの側に立っていて、ロザリーを睨みつけていた。
「おい。空気読めよ、ロザリー」
ロザリーは男子生徒を素通りし、ラナに言った。
「行こう」
ラナが見上げる。
「どこに?」
「どこかに。ここじゃ落ち着いて食べられないでしょ?」
「……わかった」
ラナが立ち上がり、二人は食堂の出入り口へと歩き出した。
「おい! ネクロ!」
男子生徒が顔を紅潮させ、ロザリーを睨んでいる。ロザリーは目も合わせず、彼の横を通り過ぎた。
男子生徒の歯が、ガキリと鳴る。
「無視してんじゃねえぞ!!」
男子生徒はロザリーの背中を、思い切り蹴りつけた。
瞬間、ロザリーの身体を魔導が巡り、黒髪が舞う。
「ぐ、うあぁぁっ!?」
吹っ飛んだのは、蹴った男子生徒のほうだった。
膨大な量の魔導が巡らされたロザリーの身体は、深く根を張った大樹のように強固になっていた。
男子学生は吹っ飛んだ先で寝そべったまま、唖然としてロザリーを見上げた。
「ロザリー、おっ、お前……」
ロザリーは両手にトレイを持ったまま、首だけで振り返った。
「ん? 何かした?」
男子生徒は答えない。
そんな彼に、ロザリーはとびっきりの笑顔を浮かべて言った。
「ごめんね? 気づかなかったのは、魔導が少なすぎるせいかな?」
ざわつく食堂をロザリーとラナが去っていく。
彼女たちの背中を見送る多くの視線の中に、ジュノーのものもあった。
ジュノーは口を押さえ、動揺を必死に噛み殺し、自問していた。
(こんなに?)
(こんなに違うというの!?)
(わかってた! 黒犬との戦いを見てわかってたけど!)
(……不可能だわ)
(このままじゃ、ロザリーに勝てない……っ)