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47 騎士実習

 ――魔導騎士実習制度。


 ソーサリエ三年生が実際に騎士団へ赴き、任務に就く制度である。

 国内いずれかの騎士団へ派遣され、およそ二か月間、騎士としての任務に就く。

 任務は訓練用に用意されたものではなく、現役騎士が実際に行う任務となる。


 派遣される騎士団によっては、危険な任務に駆り出され、命を落とすことすらある。

 それでなくとも先輩騎士と寝食を共にしながらの実習生活は、学生にとって辛く厳しいもの。

 この二か月間が最も多くの退学者が出る期間であることが、それを示している。

 実習から逃れる方法は一つ。

 騎士の道を諦めること。

 実習をクリアし、卒業試験に合格しなければ、騎士となることはできない。


          ――出典『騎士実習要綱』




 夕刻。

 ロザリーはヴィルマの教官室の前にいた。

 グレンとの決闘で乱れた衣服を直し、さっと髪を整える。

 それが済むと扉を二回ノックした。


「スノウオウルです」


 姿勢を正して待っていると、程なく鍵が開く音がした。

 扉が薄く開き、ヴィルマが顔を覗かせる。

 この時間の彼女は、いつにも増して艶っぽく見えた。


「今日は押し入らないのね?」

「いや、その、えへへ……」

「入って」


 招きに従い、部屋へ入る。

 ヴィルマの部屋は、前と同じで薄暗かった。

 様々な薬草の混じり合った臭いと、飲んだ記憶のあるお茶の香りが充満している。


「えーと、今日来たのは」

「わかっているわ」


 ヴィルマが手仕草で、座るよう求めた。

 ロザリーはそれに従い、前と同じソファに座る。


「実習のことね?」


 ロザリーが頷く。


「なんか、実習先の候補はもう決まってるはずだ、と友人に言われて。もしそうなら、教えていただきたいなー、と」


 ヴィルマは唇が縫い付けられたかのように、なかなか返答しなかった。

 しばらくして、憂鬱そうに口を開く。


「あなたの候補は、まだ決まっていないの」

「あ、そうなんですか。仕方ないですよね、帰ってきたばかりだし」

「いいえ。この先も決まる予定はない」

「……はい?」

「指導騎士が決まらないから」

「指導……騎士、ですか?」

「実習先で学生一人に必ず一人つく、指導を担当する現役騎士のこと。実習先が決まり、指導騎士が決まって初めて、実習へ行ける」

「はぁ」


 ヴィルマはふうっ、と長いため息をついた。


「……あなたは勘のいい子だから、正直に話すわ。私はあなたに、魔女騎士(ウィッチ)の指導騎士をつけるつもりだった。あなたは魔女術(ウィッチクラフト)を使える、赤のイレギュラーだから。候補も決まってた。それで問題ないと思ってたわ、校長にも許可を頂いていたし。――でも、ルナールの奴が横槍を入れてきた。あなたを実習へ行かせてはならない、ってね」

「ルナール教官が?」


 ロザリーが、陰湿で痩せた教官の顔を思い浮かべる。


「なぜ私は実習に行ってはならないんです?」

「指導騎士は、学生と同じ魔導性の騎士が当たるもの。ロザリーは死霊騎士(ネクロマンサー)だから、指導騎士も死霊騎士(ネクロマンサー)でなくてはならない、っていう理屈」

「はあ。そういうものなのですか?」

「確かにそう。でないと術について指導できないから。でもあなたのケースは特別でしょう? 死霊騎士(ネクロマンサー)の現役騎士なんていないし、魔女術(ウィッチクラフト)を使えるんだから魔女騎士(ウィッチ)の指導騎士でいいはずよ」

「じゃあ、なぜ?」

「ルナールはあなたを認めたくないの。彼は矮小な人間だから、特異な存在であるあなたを疎み、恐れてる」


 そこまで話し、ヴィルマは不快そうに眉を寄せた。


「本来、担当教官でもない彼の口出しすることじゃないわ。彼もそれはわかっていたのね。私に直接クレームを入れるんじゃなく、保護者たちに訴えたの。慣習を無視してよいのか、それも死霊騎士(ネクロマンサー)という恐ろしい存在に許してよいのか、ってね。話は瞬く間に広がって、五百を超える保護者の署名が校長の元に出されたわ。あなたを送るつもりだった騎士団からは、受け入れられないって謝罪の手紙が届いた。他の騎士団を片っ端からあたっているけど、色よい返事が来ない。おそらくもう、他の騎士団にも話が回っているのね」


 ヴィルマの顔は、ロザリーへの罪悪感とルナールへの嫌悪感で大きく歪んでいた。

 一方ロザリーは、コクトーとの会話を思い返していた。


(私を排除しようとする者。コクトー様の言う通りにするなら、逆にこちらから排除しちゃうべき、か)


 ロザリーは迷わなかった。

 すぐに行動に移すことにした。


「わかりました。ルナール教官と話してみます」

「……あなたが?」

「ええ。ダメですか?」

「う~ん、ダメではないけど。あなたが話したところで、事態は好転しないと思うわ」

「私もそう思います」

「わかってるなら、なぜルナールと話すの?」

「あなたの思い通りにはなりませんよ、って伝えるだけでも意味があるかなって」

「そう。……ロザリー。あなた、少し変わった?」

「えっ? そんなことはないと思いますが」

「ううん、変わったわ。堂々としてる」

「そう、ですかね」

「ま、いいわ。ルナールにはどう話すつもり?」

「決めてませんが……少しだけ暴力をチラつかせようかな、と」

「ええ? それはちょっと――」

「やっぱりダメですか?」

「――この目で見たいわ。ルナールが生まれたての小鹿のように震えるとこ、見てみたい」

「……ヴィルマ教官って、ルナール教官のこと嫌いですよね」

「質問で返すわ。好きな人、いる?」

「いるかもしれないじゃないですか」

「いないわ。断言する」

「ヴィルマ教官も大概ですね」

「子鹿ルナールは見たいけど、やりすぎはダメよ?」

「わかってます。では、失礼します」


 ロザリーはヴィルマに見送られ、彼女の部屋を出た。

 続いて、同じ棟内にあるルナールの部屋へ向かう。

 道すがら、先程のヴィルマの問いが頭の中で繰り返される。


(私、変わった?)

(そんな気もするし、そうじゃない気もする)

(堂々としてる?)

(コクトー様から「胸を張れ」とは言われたけど、別に意識はしてない)

(……ああ、そうか)

(もう隠す必要がなくなったからだ)


 考えているうちに目的のルナールの部屋に着いた。


「留守かぁ」


 ロザリーは部屋の扉に掛けられた〝不在〟の札を、指でコツ、コツ、と叩いた。

 ノブを握ると、鍵がかかっている。


(【鍵開け】する?)


 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

 だがロザリーは思いとどまった。

 ルナールはヴィルマとは違う。

 手順を間違えれば、墓穴を掘りかねない。

 ロザリーは天井を見上げ、一人呟いた。


「夕ごはん食べよっと」


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