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46 校舎裏の決闘

 ソーサリエ、旧校舎裏。

 古びた旧校舎は人気なく、ロザリーとグレンの二人だけ。

 二人は距離を空けて、向き合っている。


「へえ。こんなとこあったんだ」


 ロザリーは物珍しそうに周囲を見回している。


「昔、使われていた校舎だ。魔導持ちの学生が暴れても耐えられるように頑丈に作ったら、壊せなくなったらしい」

「よく知ってるね、グレン」

「毎朝、来てるからな」

「ああ。日課のトレーニングって、ここで?」

「ここなら人に見られない。見られなきゃ対策もされない」

「だから私にも秘密にしてたわけね」


 グレンはそれ以上の会話を拒否するように、ロザリーへ向けて剣を投げた。

 ロザリーはそれを宙で掴む。

 グレンはもう一振りの剣を握り、鞘から抜いた。


「抜け、ロザリー」

「……グレン」

「怖いか? そんなわけはないよな。お前は俺よりずっと強いんだから」

「グレン。私、言わなかったんじゃない。言えなかった」

「……」

「死者を操る死霊騎士(ネクロマンサー)だから。親友のあなたに軽蔑されるのが怖くて、言えなかった」

「来ないなら、こっちから行くぞ!」


 グレンの右手の甲に、輝く刻印が宿る。


刻印術(エンハンスルーン)!?」


 刻印術(エンハンスルーン)とは、刻印騎士(ルーンナイト)の使う術。

 その特徴は自己改変。

 そもそも優れている魔導騎士の身体能力に、さらに磨きをかけるのだ。

 術者の身体のみを対象とし、様々な効果をもたらす。

 グレンの右手に宿ったのは【星のルーン】。

 俊敏性を倍加するルーンだ。


「シッ!」


 ルーンの強化を受けたグレンが、瞬く間に距離を詰め、剣を振る。

 ロザリーは鞘のままの剣で受け、ギャリィッ! と耳に障る音が響く。


「さすがだな! 〝黒犬〟のときよりずっと速く打ち込んだのに!」

「グレン、やめて!」


 ロザリーが剣ごと、グレンを押し返す。

 飛ばされたグレンは、着地と同時にグッと地面を踏みしめた。

 そして倍加した俊敏性のままに、連続でロザリーを斬りつける。


「グレン、ッ」


 ロザリーは眼球だけで剣閃を追った。

 雨のように降りかかる剣閃を、最小の動きで受け流す。

 すべての剣閃を捌ききると、グレンは驚愕の表情で後ろへ跳んだ。


「すべて捌くのか! それも一歩も動かずに! まるで〝黒犬〟を相手にしてるみたいだ。……いや、あいつより強いんだったな」

「……もう、やめて」


 グレンは、ロザリーに見せつけるように左手を掲げた。


「じゃあ、これならどうだ?」


 グレンの左手の甲に、【剣のルーン】が宿る。

 腕力を倍加するルーンだ。


「――ぅぅううおおオオ!!」


 雄叫びを上げ、襲いかかるグレン。

 二重に強化を受けたグレンは、その力に酔ったかのように目を血走らせている。


「やめて、グレン! あなた、刻印術(エンハンスルーン)を使いこなせてないんじゃないの!?」


 だが、グレンは止まらない。

 歯を剥き、こめかみに筋を立てて剣を振る。

 ロザリーはそれを捌きつつ、グレンに叫ぶ。


「グレン! やめてって――」

「――いい加減にしろよ! ロザリィィッ!!」


 ロザリーも初めて聞く、彼の怒号。

 グレンは肩で息をしながら、ロザリーに向かって剣を突きつけた。


「なぜ剣を抜かない! いつまで手加減するつもりだ!」


 ロザリーはハッと、グレンの怒りの源泉に気がついた。


死霊騎士(ネクロマンサー)だとか、どうでもいい! 俺が許せないのはな、お前は今まで俺に手加減していたってことだ!」

「それは……」

「俺にとってお前は親友で、ライバルだった! 一番近くにいて負けられない相手! それがロザリー=スノウオウルだったんだ! ……でも、お前にとっての俺は、そうじゃなかったわけだ」

「……っ」

「魔導量だけじゃない、剣も手加減してたろう? 〝黒犬〟とやり合ってるときのお前の剣は、質が違っていた! 針のような鋭さ! 確実に殺る意識! 何度も手合わせした俺には、一度も見せなかった太刀筋だ!」


 ロザリーは深く、ため息をついた。


「……そうよ」

「何?」

「ええ、そうよ! 手加減してた! 悪い?」

「ふざけるな! 剣技会のときも、わざと負けたのか!」

「ええ、そうよ! 審判は気づくように、でもあなたには気づかれないようにまじないをかけたわ!」

「俺に花を持たせて、気分良かったか!? それで俺が喜ぶと、本気で思っていたのか!?」

「そんなつもりじゃ――」

「――賞金稼ぎのときだってそうだ! 俺が注意を引かなくても、お前一人で瞬殺できたんだよな? いつも手合わせするときだって、心の中じゃ俺を嘲っていたんだろう!?」


 ロザリーは黒髪を掻きむしった。


「あーっ、もう! うるさいっ! グレンの繊細さなんか知らないっ!」


 グレンが言葉に詰まる。


「……お、俺が繊細?」

「そうでしょ? 自分はライバルのつもりだった! なのに手加減されてたと知って傷ついた! って喚いているんだもの! でも私は、そうしなきゃ相手を殺しかねないの!」

「アトルシャンのことか? あれは戦だ、殺し殺されるものだ」

「その前からよ! あなたに会う前から、私は人を殺めてる!」

「っ!」

「あなたにはわからないわ、私の気持ちなんて!」


 グレンは鼻に皺を寄せた。


「わかってたまるか! 持ってる奴の僻みなんて!」


 グレンが再び襲いかかる。

 ロザリーはそれをすり抜け、鞘のままの剣で彼の顔を強かに打った。

 ぐらりとよろめき、慌てて踏ん張るグレン。


「……効いたぞ。やっと、その気になったか」

「剣は抜かない」

「まだ手加減する気か。この、わからず屋め!」

「わからず屋はグレンのほう!」


 グレンが跳びかかり、ロザリーが打ち据える。

 グレンはまたもぐらつき、それでも踏ん張る。

 何度も、何度も。

 そうして繰り返すこと十数回。

 もはやグレンの構えは見る影もなく、両手のルーンは消え失せている。


「それでも……それでも俺は!」


 グレンが最後の力を振り絞って、ロザリーへ斬りかかる。

 ロザリーは自ら間合いを詰め、カウンター気味に腹部へ突きを見舞った。


「う、ぐっ」


 グレンはガクガクと脚を震わせた。


「……ロザリー。俺は、そんなに頼りないか?」


 そう言い残し、ずるりと倒れた。


「グレン……」


 ロザリーは倒れた親友の勝者のような背中を、敗北者のような眼差しで見つめていた。




 ――夕暮れ時。

 赤く染まる旧校舎裏の地面に、グレンは大の字に倒れていた。

 その横に座るロザリーが、彼に言う。


「ごめんね、グレン」

「何がだ? この顔のことか?」


 グレンの顔は、蜂の巣に頭から突っ込んだかのようにボコボコに腫れあがっていた。

 目も満足に開けられず、口元も喋りにくそうだ。


「両方よ」

「そうか。なら気にするな」


 ロザリーはグレンの顔をちらりと見下ろし、プッと吹き出した。


「酷い顔ね」

「誰のせいだ。……何で顔ばかり打ったんだ?」

「ムカついたから」

「そうか。ムカつかせるくらいは、俺にもできたんだな」


 グレンはどこか満足げに笑った。


「なんでだ?」

「うん?」

「人を殺めたと言った。あれは嘘や冗談じゃないだろ。何で殺した?」

「……昔、遠くの研究所にいて。そこで殺されそうになって、逆に殺して逃げてきた」

「研究所ってなんだ?」

「わからない。コクトー様曰く、魔導具関連らしいけど」

「へえ」

「そうだ! 私、研究所の前は〝鳥籠〟にいたらしいの!」

「ん。そうか」

「何、そのうっすい反応!? グレンと同じ〝雛鳥〟だったんだよ? どこかで私たち、出会ってたかもしれないんだよ?」

「かもじゃない。俺たちはガキの頃に会ってる」

「……えっ?」


 グレンが空を見つめて回想する。


「俺の記憶にあるのは、三、四才くらいのときだ。ロザリー=スノウオウル。なんでこの子だけ、雛鳥なのにタイニィウィングじゃないんだろうって、不思議に思ってた」

「っ! そういやさっき、私のことをスノウオウル(・・・)って。まだ知らないはずなのに」

「いつの間にかいなくなって、俺の記憶からも消えてた。……でも入学の日、お前がいた。黒髪、白肌、そして紫の目。すぐに思い出したよ、あのロザリーだって」

「なんで教えてくれなかったの?」

「お前が覚えてなかったからさ。俺のことはともかく、お前は〝鳥籠〟のことすら、すっかり忘れていた。俺は〝雛鳥〟なんだと伝えても、お前はキョトンとするだけだった」

「……覚えてないの。〝鳥籠〟について知ってるのは、グレンから聞いたことだけ」

「〝鳥籠〟はお世辞にも良い場所とは言えない。覚えていないってことは、忘れたかったんだろう。なら、無理に思い出させる必要もない」


 ロザリーは、グレンなりの優しさに触れた思いがした。


「グレンっぽい考え方ね」

「そりゃそうだろう、俺の考えなんだから」

「でも、隠さないで言ってほしかったなー」


 グレンは呆れたように笑った。


「仕返しのつもりか?」

「だって、私は自然に知り合ったって思ってたけど、グレンは違うんだよね? 私のことを知ってて、仲良くなった」

「ん……ま、そうなるな」

「なら、やっぱり言ってほしかった。……あれ? 秘密があったのはお互い様?」

「おいおい。これで帳消しになるわけないだろう」

「でもお互い様ならしょうがなくない?」

「……はぁ。会ってるなんて言うんじゃなかった!」


 そう言って、グレンはグン! と勢いよく身体を起こした。


「正直、お前のせいだけじゃないんだ」

「ん?」

「イラついてた理由さ。代表(リーダー)になったときの重圧や、貴族連中のやっかみ。張り合える奴がクラスにいないこともストレスだったし……何より〝黒犬〟に完敗したことが堪えた。実習先を決めきれないことも悩みだった」

「へー、グレンがストレスねぇ」

「でも、もう大丈夫だ。目標ができたから」

「どういう理屈?」

「目標があれば腐らずに済むだろう? 思い悩む暇がなくなる」

「そんなものかな。で、目標って?」


 するとグレンは腫れあがった瞼を押し上げ、真剣な眼差しでロザリーを射抜いた。


「俺は、お前を超える」


 ロザリーは目を見開いた。


「……私を?」

「そうだ」

「それ、本人に言う?」

「ふふっ、そうだな。だが、俺にとっては意味がある」


 グレンは剣を逆手に持ち、自分の胸に抱いた。


「グレン=タイニィウィングは、いつの日かロザリー=スノウオウルを超える。それを、親友であるお前に誓う」


 ロザリーはグレンの真剣さに応えるように、一つ頷いた。


「……ん、わかった」


 しかしロザリーは、すぐに首を捻った。


「やっぱり私に誓うのは違う気がする」

「気にするな。おかげで俺は、また悩みが一つ消えたしな」

「そうなの?」

「実習先のことだ。誓いを立てたことで決まった」

「ますますわかんない」

「担当教官には、王都守護騎士団(ミストラルオーダー)近衛騎士団(キングズガード)を勧められてたんだ。俺には後ろ盾がないからコネ作りのために、ってな」

「いいじゃん。両方とも王都に本拠を置くエリート騎士団だし。そのどっちかで決まりじゃない?」

「いや。お前を目指すわけだから、とにかく強く、厳しいところ。王国最強の騎士であるニド殿下の黒獅子騎士団に決めた」

「ええ? そんな決め方でいいの?」

「もう決めたんだ。それよりお前は?」

「何が?」

「だから実習だよ。もう決めたのか?」

「まだ。帰ってきたばかりだもん」

「候補はどこだ?」

「候補?」

「実習先になる騎士団の候補だよ。担当教官から聞いてないのか?」

「ん~、特に何にも」

「そりゃおかしい。実習先の候補は担当教官が決めて、生徒に示すもんだ。お前がいなくたって、候補は決められる。伝え忘れてるんじゃないか?」

「ふぅん。じゃ、ヴィルマ教官に聞いてみる。グレンはいつ、実習に出発するの?」

「明後日」

「明後日!? すぐじゃない!」

「お前が直前まで休んでただけだ。ほとんど皆、明後日のはずだ」

「……なんか、すごく不安になってきた」

「すぐ聞きに行け。早いほうがいい」

「っ、そうね、聞いてくる」


 ロザリーは立ち上がって駆けだそうとして、動きを止めた。


「グレン。私たち、今でも親友?」


 グレンは腫れあがった顔で笑った。


「ああ、親友だ」

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