41 コクトーの調査
・調査➁――ごろつきセーロ
地下牢。
コクトーが鉄格子の外にいるときから、その男はひれ伏していた。
牢に入り、コクトーが尋ねる。
「……なぜ、ひれ伏している?」
男が顔を上げた。
頭頂部が薄くなった、日焼けした顔が笑う。
「へえ、見たとこかなりのお偉いさんだと。そうでしょう?」
「王陛下の側に仕えている」
「やっぱり! へへえー!」
額を石床に擦りつける男を、コクトーは冷ややかに見つめた。
「〝悪運の〟セーロ。そう呼ばれているそうだな?」
「なんでそれを……あいつらか! 親分を売るなんて、ふてえ野郎どもだ!」
「なぜそう呼ばれる?」
「いや、へへ……。あっしは散々悪事を重ねてきやしたが、捕まったことが一度もないんでさぁ」
「散々悪事、か。よもやそれほどの悪党だとは思わなんだ」
「いや! 悪事と言っても空き巣や馬泥棒が主でして! それも特別盗みが上手いわけじゃなく、ただ仕事をしくじってもなんでか捕まらないってだけでして。アトルシャンの騎士様にも、ゲン担ぎに雇われたようなもんで、へへ……」
「その悪運で今回も助かると?」
「いやいや滅相もない! こうして捕まっちまってるわけですから。観念しております、はい」
「聞きたいことがある。お前と四人の子分たちの今後は、お前の態度次第だ」
するとセーロは再び、ひれ伏した。
「わかっておりやす! 命があるだけでありがたいことで! なんでも聞いてください、
「ふむ、殊勝な心掛けだ」
正確という言葉が響いたのか、コクトーの顔から険が薄れた。
「では、正確に! ……とはいっても、あっしは下っ端なんで作戦の全貌は知らねえんで。そこは大目に見て頂けると――」
「――アトルシャンについてはよい」
「は? では何をお話すれば」
「私が聞きたいのは、ロザリー=スノウウルフについてだ。お前とスノウウルフはハイランド地下道で出くわした。お前たちは口封じしようとし、彼女に叩きのめされた。そうだな?」
「へえ、間違いありやせん。でも、なんでわざわざ王国の騎士様のことを、よそ者のあっしにお尋ねになるんで?」
「お前が気にすることではない。そこでお前は、作戦について洗いざらいスノウウルフに打ち明けた。そうだな?」
「その通りです」
「なぜ、素直に吐いた?」
「へっ? なぜってそりゃあ……吐かなきゃ殺されちまうでしょう?」
「質問が悪かったな。スノウウルフは何か魔術を使ったか? 意思に反して自白をしてしまったり、あるいは思考を読まれたりはしたか?」
「ん~、ロザリーの親分はそういうことはなかったですねえ」
「見たところ、拷問を受けたような傷もないが」
「とにかく怖ろしかったんでさ」
セーロの顔が青ざめていく。
「あっしは魔導を持たないただのゴロツキ。騎士様に目をつけられようもんならひとたまりもない。だからそうならないよう、目端を利かせて生きてきた。特に、強い騎士様には絶対睨まれないように。――でも、あれは別物だ。人であるかも怪しい」
話し終えたセーロは、ブルリと身震いした。
「スノウウルフはそれほどの騎士か」
するとセーロはぽかんとして、すぐに首を横に振った。
「いや、ヒューゴの姉御の話です」
「……何と言った?」
「ヒューゴの姉御。あの方も魔導騎士でやしょう?」
「男の名のようだが……どんな女だ?」
「赤い巻き毛の、とびきり艶やかな方です。ロザリー親分も天女のような美しさだが、言っちゃ悪いがまだまだ小娘。対してヒューゴの姉御はもう、今が食べごろと言わんばかり。男なら誰でもイカれちまうってもんで」
「その女も騎士なのだな?」
「おそらく。幻術を使いましたから」
「どんな幻術だ?」
「あっしの目の前で、きれいなお顔の半分がドロリと。ああ、思い出すだけで身の毛がよだつ!」
「ふむ。その後は?」
「旦那の言われた通り。作戦の全容を話したら、ロザリーの親分は外へすっ飛んでいって。ヒューゴの姉御もそれについて行きやした。……聞いたところ、ご学友を助けに行ったとか? いやあ、友情ってのはいいもんですね! あっ、攫う側のあっしが言うことじゃありませんね、へへ」
「ヒューゴ、か」
コクトーはセーロに背を向け、牢の外へ向かった。
「旦那! あっしの話はどうでした!?」
牢から出たコクトーが鉄格子越しに答える。
「概ね満足した」
「じゃあ! 命だけは!」
「お前の話が
そう言い残し、コクトーは去っていった。
・調査➂――ソーサリエ三年グレン=タイニィウィング
「知りませんでした」
グレンは背筋を伸ばし、対面するコクトーにそう断言した。
「ふむ。では、ヒューゴという名に聞き覚えはないか?」
「ヒューゴ? 聞いたことがありません」
「ロザリー=スノウウルフに近しい騎士だと思われるのだが」
「知りません」
コクトーはふうっと息を吐いた。
たかが学生と侮っていた目の前の少年は、今回の調査で最も手ごわい。
学生のくせにまるで一端の騎士のような佇まいで、無表情にわからないと答えるだけ。
聞きたい情報がまったく引き出せない。
手荒な方法が頭をよぎるが、首を振ってその考えを追い出した。
「君は知らない、わからないばかりだな」
「申しわけありません」
「責めているわけではない。しかし、君はロザリー=スノウウルフの親友なのだろう? なのに何も知らないというのが、私には腑に落ちないのだ」
グレンは黙りこんだ。
「親友なのだろう?」
姿勢は変わらないが、瞳が細かく揺れ動いている。
「違うのか?」
「……そのつもりでした。でも、俺はあいつのことをまるでわかってなかった。そんなの、親友と呼べるのでしょうか?」
そこでコクトーは、やっと気づいた。
情報を引き出せないのも当然のこと。
この少年は、本当に何も知らないのだ。
「わかった。君への聞き取りは終わりだ。ご苦労だった」
グレンは席から立ち上がり、折り目正しくお辞儀して、部屋を退出した。
グレンが外へ出ると、シモンヴラン校長が椅子に座って待っていた。
「タイニィウィング」
「校長先生」
シモンヴランは杖を頼りに立ち上がり、グレンを見上げた。
「
「辛い思いなど。自分は何も知らないので」
「で、あってもじゃ」
シモンヴランの顔は苦渋に満ちていた。
グレンが尋ねた。
「俺に謝罪するために、ここで待っていたのですか?」
シモンヴランは首を横に振った。
「いいや。儂もこれから調査を受けるからじゃ」
・調査④――ソーサリエ校長シモンヴラン
「ロザリー=スノウウルフの魔導色は紫。
シモンヴランはあっさりと、そう告白した。
「いつ知った?」
「判別の儀の折」
「ふむ」
コクトーが目を細める。
「事件以前からロザリー=スノウウルフの魔導性を知っていた人物は、貴殿が初めてだ」
「左様ですか」
「なぜ、王宮へ報告しなかった?」
「スノウウルフの権利を守るため」
「権利?」
「教育を受ける権利です。
「それはつまり――
シモンヴランの言葉が淀む。
「確信があったわけでは……しかし裏の歴史に照らせば、そうなるも致し方ないかと」
「裏の歴史? ……そうか、貴殿は校長職の前は魔導院に在籍していたのだったな。魔導院の管理する〝裏史書〟に、
シモンヴランが静かに頷く。
「〝裏史書〟には何と?」
「私の閲覧レベルでは、詳しくはわかりませぬ。ただ……
「忌まわしき魔導性……」
「ロザリーは――スノウウルフは、そのようなものとは違うのです。まことに誠実な若者です」
「それはどうだろう。誠実な若者が、千五百もの命を奪うかな?」
「なっ……!」
死者の数を聞いたシモンヴランは目を見開いた。
「……しかし、それは王子と仲間たちを守るためにしたことであるはず」
「わかっている。だが、ロザリー=スノウウルフが
「非凡な才を持つ学生であるとは認識しておりましたが……」
「真に重要なのは、
シモンヴランは真っ白な眉を寄せ、コクトーに問うた。
「……ロザリーはどうなりますかな」
「私ではない。陛下がお決めになる」