<< 前へ次へ >>  更新
41/78

41 コクトーの調査

・調査➁――ごろつきセーロ


 地下牢。

 コクトーが鉄格子の外にいるときから、その男はひれ伏していた。

 牢に入り、コクトーが尋ねる。


「……なぜ、ひれ伏している?」


 男が顔を上げた。

 頭頂部が薄くなった、日焼けした顔が笑う。


「へえ、見たとこかなりのお偉いさんだと。そうでしょう?」

「王陛下の側に仕えている」

「やっぱり! へへえー!」


 額を石床に擦りつける男を、コクトーは冷ややかに見つめた。


「〝悪運の〟セーロ。そう呼ばれているそうだな?」

「なんでそれを……あいつらか! 親分を売るなんて、ふてえ野郎どもだ!」

「なぜそう呼ばれる?」

「いや、へへ……。あっしは散々悪事を重ねてきやしたが、捕まったことが一度もないんでさぁ」

「散々悪事、か。よもやそれほどの悪党だとは思わなんだ」

「いや! 悪事と言っても空き巣や馬泥棒が主でして! それも特別盗みが上手いわけじゃなく、ただ仕事をしくじってもなんでか捕まらないってだけでして。アトルシャンの騎士様にも、ゲン担ぎに雇われたようなもんで、へへ……」

「その悪運で今回も助かると?」

「いやいや滅相もない! こうして捕まっちまってるわけですから。観念しております、はい」

「聞きたいことがある。お前と四人の子分たちの今後は、お前の態度次第だ」


 するとセーロは再び、ひれ伏した。


「わかっておりやす! 命があるだけでありがたいことで! なんでも聞いてください、正確に(・・・)答えさせていただきやす!」

「ふむ、殊勝な心掛けだ」


 正確という言葉が響いたのか、コクトーの顔から険が薄れた。


「では、正確に! ……とはいっても、あっしは下っ端なんで作戦の全貌は知らねえんで。そこは大目に見て頂けると――」

「――アトルシャンについてはよい」

「は? では何をお話すれば」

「私が聞きたいのは、ロザリー=スノウウルフについてだ。お前とスノウウルフはハイランド地下道で出くわした。お前たちは口封じしようとし、彼女に叩きのめされた。そうだな?」

「へえ、間違いありやせん。でも、なんでわざわざ王国の騎士様のことを、よそ者のあっしにお尋ねになるんで?」

「お前が気にすることではない。そこでお前は、作戦について洗いざらいスノウウルフに打ち明けた。そうだな?」

「その通りです」

「なぜ、素直に吐いた?」

「へっ? なぜってそりゃあ……吐かなきゃ殺されちまうでしょう?」

「質問が悪かったな。スノウウルフは何か魔術を使ったか? 意思に反して自白をしてしまったり、あるいは思考を読まれたりはしたか?」

「ん~、ロザリーの親分はそういうことはなかったですねえ」

「見たところ、拷問を受けたような傷もないが」

「とにかく怖ろしかったんでさ」


 セーロの顔が青ざめていく。


「あっしは魔導を持たないただのゴロツキ。騎士様に目をつけられようもんならひとたまりもない。だからそうならないよう、目端を利かせて生きてきた。特に、強い騎士様には絶対睨まれないように。――でも、あれは別物だ。人であるかも怪しい」


 話し終えたセーロは、ブルリと身震いした。


「スノウウルフはそれほどの騎士か」


 するとセーロはぽかんとして、すぐに首を横に振った。


「いや、ヒューゴの姉御の話です」

「……何と言った?」

「ヒューゴの姉御。あの方も魔導騎士でやしょう?」

「男の名のようだが……どんな女だ?」

「赤い巻き毛の、とびきり艶やかな方です。ロザリー親分も天女のような美しさだが、言っちゃ悪いがまだまだ小娘。対してヒューゴの姉御はもう、今が食べごろと言わんばかり。男なら誰でもイカれちまうってもんで」

「その女も騎士なのだな?」

「おそらく。幻術を使いましたから」

「どんな幻術だ?」

「あっしの目の前で、きれいなお顔の半分がドロリと。ああ、思い出すだけで身の毛がよだつ!」

「ふむ。その後は?」

「旦那の言われた通り。作戦の全容を話したら、ロザリーの親分は外へすっ飛んでいって。ヒューゴの姉御もそれについて行きやした。……聞いたところ、ご学友を助けに行ったとか? いやあ、友情ってのはいいもんですね! あっ、攫う側のあっしが言うことじゃありませんね、へへ」

「ヒューゴ、か」


 コクトーはセーロに背を向け、牢の外へ向かった。


「旦那! あっしの話はどうでした!?」


 牢から出たコクトーが鉄格子越しに答える。


「概ね満足した」

「じゃあ! 命だけは!」

「お前の話が正確(・・)であれば、な」


 そう言い残し、コクトーは去っていった。



・調査➂――ソーサリエ三年グレン=タイニィウィング


「知りませんでした」


 魔導騎士養成学校(ソーサリエ)、面談室。

 グレンは背筋を伸ばし、対面するコクトーにそう断言した。


「ふむ。では、ヒューゴという名に聞き覚えはないか?」

「ヒューゴ? 聞いたことがありません」

「ロザリー=スノウウルフに近しい騎士だと思われるのだが」

「知りません」


 コクトーはふうっと息を吐いた。

 たかが学生と侮っていた目の前の少年は、今回の調査で最も手ごわい。

 学生のくせにまるで一端の騎士のような佇まいで、無表情にわからないと答えるだけ。

 聞きたい情報がまったく引き出せない。

 手荒な方法が頭をよぎるが、首を振ってその考えを追い出した。


「君は知らない、わからないばかりだな」

「申しわけありません」

「責めているわけではない。しかし、君はロザリー=スノウウルフの親友なのだろう? なのに何も知らないというのが、私には腑に落ちないのだ」


 グレンは黙りこんだ。


「親友なのだろう?」


 姿勢は変わらないが、瞳が細かく揺れ動いている。


「違うのか?」

「……そのつもりでした。でも、俺はあいつのことをまるでわかってなかった。そんなの、親友と呼べるのでしょうか?」


 そこでコクトーは、やっと気づいた。

 情報を引き出せないのも当然のこと。

 この少年は、本当に何も知らないのだ。


「わかった。君への聞き取りは終わりだ。ご苦労だった」


 グレンは席から立ち上がり、折り目正しくお辞儀して、部屋を退出した。

 グレンが外へ出ると、シモンヴラン校長が椅子に座って待っていた。


「タイニィウィング」

「校長先生」


 シモンヴランは杖を頼りに立ち上がり、グレンを見上げた。


魔導騎士養成学校(ソーサリエ)の長でありながら、学生への調査を拒否できなかった。辛い思いをさせた。どうか、許してほしい」

「辛い思いなど。自分は何も知らないので」

「で、あってもじゃ」


 シモンヴランの顔は苦渋に満ちていた。

 グレンが尋ねた。


「俺に謝罪するために、ここで待っていたのですか?」


 シモンヴランは首を横に振った。


「いいや。儂もこれから調査を受けるからじゃ」


・調査④――ソーサリエ校長シモンヴラン


「ロザリー=スノウウルフの魔導色は紫。死霊騎士(ネクロマンサー)でございます」


 シモンヴランはあっさりと、そう告白した。


「いつ知った?」

「判別の儀の折」

「ふむ」


 コクトーが目を細める。


「事件以前からロザリー=スノウウルフの魔導性を知っていた人物は、貴殿が初めてだ」

「左様ですか」

「なぜ、王宮へ報告しなかった?」

「スノウウルフの権利を守るため」

「権利?」

「教育を受ける権利です。死霊騎士(ネクロマンサー)は赤のイレギュラー。儂とスノウウルフが黙っておれば、魔女騎士(ウィッチ)として教育を受けることができます」

「それはつまり――死霊騎士(ネクロマンサー)と発覚すれば魔導騎士養成学校(ソーサリエ)にいられなくなる。死霊騎士(ネクロマンサー)がそれほどの危険因子だと認識した上で、それを隠していたということになるが」


 シモンヴランの言葉が淀む。


「確信があったわけでは……しかし裏の歴史に照らせば、そうなるも致し方ないかと」

「裏の歴史? ……そうか、貴殿は校長職の前は魔導院に在籍していたのだったな。魔導院の管理する〝裏史書〟に、死霊騎士(ネクロマンサー)についての記載があるということか」


 シモンヴランが静かに頷く。


「〝裏史書〟には何と?」

「私の閲覧レベルでは、詳しくはわかりませぬ。ただ……死霊騎士(ネクロマンサー)は厄災の申し子である。王国に不幸を招く、忌まわしき魔導性であると」

「忌まわしき魔導性……」

「ロザリーは――スノウウルフは、そのようなものとは違うのです。まことに誠実な若者です」

「それはどうだろう。誠実な若者が、千五百もの命を奪うかな?」

「なっ……!」


 死者の数を聞いたシモンヴランは目を見開いた。


「……しかし、それは王子と仲間たちを守るためにしたことであるはず」

「わかっている。だが、ロザリー=スノウウルフが死霊騎士(ネクロマンサー)と知っていた貴殿も、彼女がそれほどの力と残虐性を有しているとは予想していなかった。そうだな?」

「非凡な才を持つ学生であるとは認識しておりましたが……」

「真に重要なのは、死霊騎士(ネクロマンサー)であることではない。単独でアトルシャン軍を殲滅してみせた戦闘能力だ。残酷で容赦がなく、魔導量は極めて多い。なのに誰もそれを知らず、彼女は一介の学生として過ごしてきた。この事実こそが問題なのだ」


 シモンヴランは真っ白な眉を寄せ、コクトーに問うた。


「……ロザリーはどうなりますかな」

「私ではない。陛下がお決めになる」

<< 前へ次へ >>目次  更新