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33 尋問

 目覚めた男はもう、逆らう気概を持ち合わせていなかった。

 自ら武器を捨て、頭巾を脱ぎ、ロザリーの足元にひれ伏して、薄くなった頭を深々と下げている。


 ヒューゴは赤毛の美女に化けたまま、洞窟の壁に背を預けて男の様子を眺めている。

 男はちらちらとヒューゴを気にしながら、自白を始めた。


「あっしはセーロと申しやす。アトルシャン公国騎士団の者でさ」

「ふぅん……待って、あなた魔導騎士じゃないでしょう?」

「……騎士団に雇われたごろつきでさ」

「それでいい。情報は正確にね。でないと――」


 ロザリーがヒューゴを親指で指し示すと、彼女ヒューゴは「もっと愛し合いましょう?」と、微笑んだ。


 セーロは正座になり、激しく頷いた。


「答えます! 何でも正確に答えやすぜ、ロザリーの親分!」

「親分なんて呼ばないで、意味わかんない。……そうね、騎士団の総数から聞こうかな」


 セーロの目が宙を数える。


「総勢二千八百。騎士が八十ってとこですか」

「八十!」


 思わず驚いた反応をしたロザリーだったが、ふと疑問に思いヒューゴに尋ねた。


「騎士八十人って多い?」

「質によるわね。あなたたちのような学生の集団であれば、取るに足らない烏合の衆。精鋭揃いだとすればかなりの戦力だと言える。砦攻めはもちろん、王都での暗殺や破壊工作も可能ね」

「そう……総勢は夢で見た数と合うわね。馬の蹄もあった、騎馬は何騎?」

「馬ですかい? 騎士の人数分と、あと公子様のぶんですな」

「公子様?」

「アトルシャン公国のお世継ぎ、ジョン公子でさ」

「そいつが指揮官ね」


 するとセーロは首を捻った。


「名目上はそうですが……実質的な大将はボルドークの旦那でしょうな」

「そのボルドークって何者?」

「アトルシャンの英雄、〝黒犬〟のボルドーク。ご存じない? 皇国圏ではわりと名の知れた方ですが……」

「黒犬……」


【葬魔灯】で見た巨大な獣がロザリーの頭をよぎる。


「公子様はなんてえかこう……世間知らずなところがあって。ご気性があまりよろしくない。この作戦は公子様の発案らしいんですがね、公国内では反対が多かったようでさ。ボルドークの旦那が乗らなければ、立ち消えになってたでしょうなあ」

「多数の反対を押し切れるくらい、影響力のある人物ってことね」

「なんせ〝英雄〟ですからね」

「私も聞いていいかしら?」


 ヒューゴが壁から背を離した。

 セーロは何でも聞いてくれ、とばかりにコクコク頷いている。

 ヒューゴは、行き止まりに空いた空洞を指差した。


「このトンネル、通すの大変よね?」

「ですね」

「どうやって掘ったの?」


 ロザリーがプッと噴き出した。


「そりゃ、つるはしとかスコップなんかを使ってじゃないの? その質問、いる?」


 ヒューゴは赤毛の奥で眉を寄せた。


「あなたは知らないでしょうけど。ハイランドって高さだけじゃなく、けっこう厚み(・・)もあるのよ。つるはしなんて使ってたら何十年とかかるわ」

「へえ。じゃあ、魔導騎士が掘ったとか」


 するとセーロが呆れた様子で言った。


「いやいや。騎士の方々は土木工事なんてやりませんぜ」

「そうなの? 私なら〝野郎共〟に年中無休で掘らせるけど」


 ヒューゴがますます眉を寄せる。


「あなたってほんと、(しもべ)を便利に使ってくれるわよね?」

「えへへ、そうかな?」

「褒めてないから。……で、公子様はどうやって掘ったの?」


 セーロの答えは実にあっさりしたものだった。


「そんなに掘ってないんでさ」

「どういうこと?」

「洞窟全体がこういうふうに埋まってるわけじゃないんで。むしろ埋まってるのは一部だけで、大半は空洞のまま。それを繋ぐように掘るだけなんで」

「なんだ、そういうこと」

「ま、それでも大変には違いないんですがね。掘りに掘って、やっとトンネルが通ったのが――」

「――二日前ね?」


 ロザリーが言葉を被せると、セーロは目を瞬かせた。


「いや。去年の今頃には通っていやしたぜ?」

「……去年?」

「あ、直前まで来てた、が正確ですね。すいやせん」

「それはいい。なぜ直前まで来てるのに、すぐに入ってこなかったの?」

「そりゃ、時期を待ってたからでさ」

「時期……?」


 ロザリーはハッと、ある可能性に気づいた。

 セーロの胸ぐらを掴み、激しい口調で問い詰める。


「作戦の目的は何!? お前たちは王国に侵入して、何をしようとしている!」


 セーロはすべてを覚悟した面持ちで、作戦の目的を白状した。


「課外授業で砦を訪れる、王国第二王子ウィニィ=ユーネリオンを攫うことでさ」

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