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28 死体とロザリー

 選抜隊が洞窟を出ると、外は日暮れが迫っていた。

 残った生徒たちが、妙に騒々しい。


「ロザリーさん、何事でしょうか?」

「わかんない。ただ、何かあったのは間違いないね」


 訝しむロロとロザリーの元へ、一人の生徒が歩み寄ってきた。


「戻ったか。よかった」


 赤の代表(リーダー)代行ウィリアスだ。


「何があったの?」


 ロザリーが単刀直入に聞くと、ウィリアスは言いにくそうに答えた。


「オズの奴が死体を見つけた」

「しっ、死体ですって!?」


 驚いて口を手で覆うロロ。

 ロザリーが小声で聞き返す。


「それって人間の?」


 ウィリアスが神妙な顔で頷く。


「詳しいことはわからない。今、黄の代表(リーダー)代行が調べに行ってる」


 ロロが他の代表(リーダー)の三人を振り返ると、話を聞いていた彼らは、すぐに頷いた。


「私たちも行きましょう」




 現場は洞窟から十分ほど歩いた、茂みの奥だった。

 黄のクラス生が六名、それと赤のクラス生一人が何かを囲んでいる。


「オズ!」


 ロザリーが叫ぶと、彼は今にも泣き出しそうな顔でこちらを向いた。


「ロザリぃ~!」


 駆け寄って、抱きつこうとするオズ。

 だがロザリーは寸前で彼の頭頂部を押さえ、抱きつかせない。

 ロザリーが問う。


「どういう経緯で死体なんて見つけたの」


 オズは口をへの字に曲げながら、説明を始めた。


「俺、トイレ行きたくなって。そしたら茂みから死体がぁ」

「それにしたって、なんでこんな奥まで」

「大きいほうだからだよ、言わせんな!」

「ああそう。次からは誰かに付き添ってもらうのね」

「わ、わかったよ」


 ロザリーは死体のそばまで来て、その場にしゃがみ込んだ。

 死体は上半身のみ。

 損傷が激しい。

 衣服もわずかにしか残っておらず、男性ということ以外は年齢もわからない。


「……野犬か?」


 死体に残された歯型を見て、グレンが言う。

 ジュノーは首を捻った。


「犬にしては大きいわ。もっと大型の肉食獣の仕業に見えるのだけど」

「そんなの、この辺にいるものなのか?」

「この辺にはいなくても、()にはいるかもね」


 ジュノーはそう言って、絶壁の高地を見上げた。


「ハイランドの上は、未だ謎が多い。生態系が違うという話だから、私たちの知らない大きな野獣がいても不思議はない。なにかの拍子にそれが下りて来たのだとしたら」

「……まだ近くにいるかもな」


 ウィニィが黄の代表(リーダー)代行を呼んだ。


「ロイド」

「ハッ」

「お前の意見は?」

「死体はボロボロですが、新しいものです。三日は経っておりません。死体の素性は不明です」


 ウィニィはふと、しゃがみこんだきり動かないロザリーが気になった。


「ロザリー。どうした?」


 ロザリーは返事をしない。

 死体を凝視し、凍りついたように固まっている。


「おい、ロザリー!」


 ウィニィがロザリーの肩を掴んで揺らすと、彼女はハッとウィニィを見上げた。


「……ごめん。あんまり酷くて、頭真っ白になってた」

「大丈夫か?」

「ん」


 そう言ってロザリーは立ち上がり、

「ちょっと風に当たってくる」

 と、その場を去ろうとした。


 だが、その背後にオズがピタリとついてくる。


「……何よ、オズ」

「さっきはさ、死体見つけて、引っ込んじゃった(・・・・・・・・)んだよ」

「んっ?」

「だから、まだ用を足してないんだよ」

「……だから?」

「一緒に。な?」

「冗談よね? 気分の悪い私に、もっと気分悪くなれって?」

「いいだろ~? じゃなきゃここでやるぞ? いいのか? ほれ、やるぞ?」

「……はあ。わかったよ、もう」


 ロザリーは渋々、オズに応じた。


「二人とも、あまり奥まで行かないでくださいよー?」


 ロロの呼びかけに後ろ向きに手を挙げて、ロザリーとオズは茂みの奥へ消えていった。


「ロザリーさん、案外繊細なんですねぇ」


 ロロの言葉にグレンが首を捻る。


「あいつが繊細……?」

「話を戻しましょう」

 とは、ジュノー。

死体()は場所から言って洞窟巡回の兵士でしょう。この近くに村落はないはずだから」


 グレンが頷く。


「となると、一人じゃないな。他の者はどこだ? まだ生きているかもしれないぞ」

「そこは重要ではないわ、グレン。代表(私たち)の使命は、率いる二百人の命を守ること。いるかどうかもわからない生存者の探索ではないわ」

「俺たちは魔導騎士だぞ? 獣ごとき返り討ちにすればいい」

「あなたにはそれができるでしょう。でも他の者は? やられないと断言できる?」

「それは……」


 グレンの頭に、オズの顔が浮かぶ。

 彼の場合、あの怯えようを見ると難しいかもしれない。

 ジュノーが続ける。


「私たちは四百人の群れよ。その内、一人欠けても私たちの負け。ならば、危険は回避しなければ」

「ジュノーが正しい」


 ウィニィは賛意を示し、両手を腰に当てた。


「残りの生徒による洞窟内の調査は取り止め。すぐに砦へ向けて出発しよう」

「ウィニィ様。相手は獣、夜の移動こそ危険です」


 ジュノーがそう言うが、ウィニィは首を横に振る。


「夜通し歩くわけじゃない。この辺は茂みが多くて見通しが悪い。開けた場所を見つけて、そこで野営すべきだ」


 グレンが頷く。


「なら日暮れ前に出たほうがいいな。縦隊は止め、ある程度固まって動いた方がいいだろう」

「すぐに方陣を組めるくらいにな。いっそ、クラスをミックスしちゃうか? 前衛を戦闘能力の高い青のクラス生で固めて、治療ができる黄のクラス生(僕たち)は二列目」

「悪くない。緑のクラス生には使い魔を従える者もいる。使い魔を斥候に出せば、リスクを大幅に減らせるはずだ」

「いいな、それ採用!」


 その様子を見ていたロロが、しみじみと言った。


「いいですねぇ。魔導性を超えて協力し合うなんて、何だか夢みたいです。――あっ」


 感心していたロロがふいに、思いついたように手を打った。


「足跡が教官の仕込みなら、もしやこれも?」


 グレンとジュノーは目を丸くして、死体を見下ろした。


「では、死体(これ)は偽装か?」

「本物にしか見えないけれど」


 ウィニィだけはその可能性が頭にあったようで、まるで驚かなかった。

 彼はおどけて言った。


「どちらにしても同じことさ。あー! 死体だぁー! 生徒だけで何とかしなきゃー! こういう時こそ協力だー! ……って具合に乗ってあげなきゃ、教官たちがかわいそうだろう?」

「ふふ、確かに」


 ロロも、他の者たちもおかしそうに笑った。

 と、そのとき。


「ただいまぁー」


 すっきりとした声が帰りを告げた。


「オズ君。遅かったですねぇ」

「それがさ、聞いてくれよロロ代表(リーダー)。ロザリーの奴、用足してる俺を置いて、一人で帰っちゃったんだぜ? 酷くね? 心細くてちびりそうだったよ」

「用を足してるときにちびりそうってのも妙な話ですが。……んっ? ではロザリーさんはどこに?」

「いないのか? 先に戻ってるとばかり。じゃあ、みんなのところに帰ったのか」


 そう言ってオズが洞窟のほうを向いたとき、彼の背中に付いていた紙がぴらりと落ちた。


「これは……」


 ロロが拾い上げ、それを皆が覗きこむ。


 先に砦へ向かいます

 捜さないでください ロザリー


「ロザリーさん、どうしてっ!」


 ロロはわなわなと手を震わせ、紙を握り潰した。

 ジュノーがグレンに問う。


「協力し合おうと決めた矢先にこれね。――追いかけて連れ戻す?」


 しかしグレンは首を横に振る。


「あいつは俺よりずっと速い(・・)。追いつく追手がいない」

「すいません、皆さん! まさかロザリーさんがこんなことを……」


 赤の代表(リーダー)として、深々と頭を下げるロロ。

 それをウィニィは遮り、頭を上げさせた。


「ロザリーなら一人で大丈夫だろ。目的地は同じなんだ、僕たちも洞窟前まで戻って出発の準備に取りかかろう」


 その言葉に、皆が頷く。

 洞窟の前へと急ぐ道中。

 ウィニィは一人、呟いた。


「ロザリー。何に気づいた?」


 その呟きを聞く者は、だれ一人いなかった。

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