26 開かずの扉
「ロロ……私たち、小さいね」
「ええ……ちっぽけです、ロザリーさん」
二人は立ち止まり、目の前の絶壁を見上げていた。
風が吹き、霧と雲の切れ間にハイランドが見えたのだ。
切り立った断崖は仰け反るほど見上げてもなお頂上は見えず、雲の中へと続いている。
「行きましょうか」
ロロが思い出したように歩を進めると、赤のクラスの面々もそれに続く。
時々、上を見上げながら。
ハイランドの麓が近づくと、前を行く緑の列が乱れ、崩れてきた。
座って休む黄のクラス生の姿もある。
「着いたようですね」
ロロは後ろを振り返った。
「皆さん、お疲れさまでした。しばし自由行動とします。霧が出てますので、遠くへは行かないように。――特に、オズ君!」
名指しされたオズは、口を尖らせた。
「わっ、わかってるよ」
「なら、結構。私は前の様子を見てきます。ロザリーさん、一緒に来てくれますか」
「もちろん」
ロロとロザリーが絶壁へと向かう。
雑談する生徒たちの中を抜けると、絶壁を前に人垣ができていた。
ロザリーはその中に、腕組みした親友の姿を見つけた。
「グレン」
グレンは振り向き、こぶしを作って腕を伸ばしてきた。
「ロザリー」
ロザリーはそのこぶしに自分のこぶしをぶつけ、グレンの横に並んだ。
「何の騒ぎ?」
「洞窟の入り口が開かないんだ」
人垣の隙間から前を覗くと、大きな扉が崖肌にくっついていた。
扉は金属製で、表面に不可思議な紋様が描かれている。
身体能力に自信のある青のクラス生が数人がかりで扉に挑んでいるが、いくら押しても開かないようだ。
ロザリーが扉を指差して言った。
「グレン、自分でやってみないの?」
「
「へえ。グレンの口からそんな台詞を聞く日が来るとはね」
「自分が
ロザリーがわざとらしく驚いてみせる。
「私、僻んでる?」
「フ。ああ、僻んでる」
「そっか。ふふっ」
ロザリーとグレンが笑い合っている間にも、入れ代わり立ち代わり扉に挑んでいる。
が、やはり扉は開かない。
そのうちにさらに人が集まり、ロザリーの後ろにも人垣ができてきた。
赤のクラス生の姿も見える。
黙って見ていたロロが、ぼそりと呟いた。
「これも課外授業の一環なんですかねぇ」
「あー。開かずの扉を工夫して開けろ、みたいな?」
「そうそう。なにか仕掛けがあると思うのですが……」
そのとき、勝気そうな少年が金髪をなびかせて歩いてきた。
「あっ。ロザリー」
「ウィニィ」
ロザリーが軽く手を挙げて応えると、ウィニィは視線をキョロキョロさせながらロザリーを手招きした。
ロザリーが近づくと、ウィニィは彼女にだけ聞こえる声で囁いた。
(大事な話があるんだ。怒らないで聞いてくれ)
「……もしかして婚約のこと?」
「っ! ……知ってたのか」
「ジュノーでしょ? 彼女素敵よね、よかったじゃない」
「誤解なんだ!」
「そうなの? 婚約してないの?」
「いや、そこは誤解じゃないんだが、事情があって、誕生パーティーで父上がいきなり強引に……あー、とにかく! ロザリーが心配するようなことじゃないんだ!」
「なぜ私が心配するの?」
「ほら、やっぱり怒ってるじゃないか」
「怒ってない。話は済んだ? なら行くね」
そう言って踵を返したロザリーは、歩きながら首を捻った。
(私、怒ってる? ……なんかイラついてる気はするけど)
ロロとグレンの元へ戻ると、ロロが目を輝かせて尋ねてきた。
「なんの話だったんですか?」
ロザリーは無言でそっぽを向いた。
ロロは焦って、別の質問を重ねてきた。
「あっ、そうだロザリーさん。私、思うんですけど、あれって【鍵掛け】のまじないがかかってるんじゃないですかね。【鍵開け】、試してもらえませんか?」
そう言われてロザリーは、扉を注視した。
そしてそのまま考え込む。
「構わないけど……うーん」
「気が乗りませんか?」
そうロロに問われても、また考え込むロザリー。
「いや、そうじゃなくて……」
ロザリーが腕組みして悩んでいると、人垣の別のところから、一人の赤のクラス生が扉の前に出てきた。
「あーあー、もう。しょうがねえなあ」
オズである。
「下がってろお前ら。しっ、しっ」
扉に挑んでいた青のクラス生を邪険に追い払い、オズは人垣に向かって立った。
「
ざわっ、と騒ぐ声が広がる。
「聞いたことがあるわ」
「妙な紋様はそれか?」
「どうすりゃいいんだ」
オズは両手を掲げ、鎮まるように促した。
そして偉そうに話し出す。
「まじないってのは奥が深くてな? 術者の力量によって効果が変わる。型通りにはいかねえんだ。【鍵掛け】でいえば、掛けた
ふんふんと聞き入る生徒たち。
一方、赤のクラス生の間からは、クスクスと笑い声が漏れた。
オズの台詞はほとんどヴィルマの受け売りで、そんな彼の軽口を他のクラス生が真剣に聞いているのがおかしかったのだ。
「だが安心しろ。
そう言ってオズは、扉に挑んでいた青のクラス生たちを嘲るように見た。
青のクラス生たちはバツが悪そうにしていたが、そのうちの一人が言う。
「じゃあ、開けてくれよ」
「んっ?」
「その【鍵開け】とやらで早く開けてくれ」
「あー、うん。えーと、そうだなあ……」
突如、挙動不審になるオズ。
それを見て、どうしたのかと不思議がる生徒たち。
赤のクラス生だけは理由がわかり、みんな下を向いて笑いを堪えている。
「奴はどうしたんだ?」
グレンがオズを見たまま、ロザリーに尋ねる。
ロザリーも、笑みが漏れる口元を手で隠しながら答えた。
「【鍵掛け】と【鍵開け】のまじないは、まだ理論しか習ってないの。実践は課外授業から帰ってからの予定」
「あいつ、結局開けられないのか」
グレンは呆れ顔でオズを見つめた。
一方のオズはどうしたものかと考えあぐねていた。
だがふとロザリーと目が合うと、途端に瞳を輝かせた。
余裕綽々な態度で扉に寄りかかり、ロザリーを指差す。
「ロザリー。どうだ、やってみるか?」
赤のクラス生たちが口々に囁く。
(うわ、押しつけやがった)
(サイテー)
(あいつ、考えて喋れないの?)
人垣の目がロザリーに集まる。
しかしロザリーは、その場を動かず腕組みしたままだ。
「どうした、ロザリー? ちゃちゃっと開けちゃえよ。お前なら簡単だって」
オズが親指で扉を指差すが。
「いや……う~ん」
「なんだよ。自信ないのか?」
「あのさ、オズ。まじないがかけられた物って、見てると何となくわかるの。これは難しい【鍵掛け】だなー、とか。あー、これはまじない罠がありそうだ、とかさ」
「へえ、そうなんだな。……ってことは、この【鍵掛け】、お前でも難しいのか?」
「そうじゃなくて」
ロザリーは人垣の最前列まで進み出て、もっと近くで扉を眺めた。
そして確信に至り、一つ頷く。
「この扉、何のまじないもかかってないと思う」
「へっ?」
驚いたオズが、そう言った瞬間。
「へあああああっ!?」
扉に寄りかかっていたオズが、肩透かしをされたように横向きに倒れた。
横開きに開いた扉と共に。
グレンが人垣の前に出て、開いた扉を確かめる。
「引き戸だったのか。どう見ても両開き扉なのに」
「先入観に囚われるな、ってことかもね」
ロザリーはそう言って、倒れたオズを見下ろした。
オズは横倒しに倒れたまま。
ロザリーの視線に気づくと、彼は親指で洞窟の入り口を指差した。
「なっ? 開いたろ?」
初めて誤字報告をいただきました
適用してみました
勝手に修正されてるすげえ
報告してくださったお二方、ありがとうございました