15 魔導の色彩―1
魔導には色がある。
色は魔導の性質を表している。
色によって使用する魔術が異なる。
青は強さを求める勇者の色。
魔印を刻む魔導騎士――
自己を改変する
黄は慈悲深き聖者の色。
聖なる魔導騎士――
人を癒す
緑は自然と語らう賢者の色。
精霊使いの魔導騎士――
精霊を呼び出す
赤は闇を信奉する魔女の色。
呪詛を編む
色がないこともある。
無色とか、最悪の色と呼ばれる。
無色は魔術を使えない。
――出典『基礎魔導学』
「やばい。やばいやばい!」
朝。
ロザリーは白く積もった雪の上を走っていった。
大雪をもたらした厚い雲は消え失せ、空は快晴。
王都に住む誰もが清々しい気分でいるはずなのに、ロザリーの顔には焦りしかない。
理由は遅刻。
考えすぎて寝つけず寝過ごしたのだ。
「ヒューゴも起こしてよね、もう!」
それが八つ当たりとわかっていても、ロザリーはそう言わずにはいられなかった。
教室の扉は閉まっていた。
静かだが、中から多数の人の気配がする。
ロザリーは寝癖を整え、扉を開けた。
教室にいた同級生の目が、一斉にロザリーに注がれる。
が、誰も彼も、すぐに視線を逸らした。
「みんな、すごく神経質になってる……」
ロザリーは教室を見回した。
学年全員の四百余名が入れる大教室だが、埋まった席は半分ほど。
教官の姿もない。
「ロザリー」
よく通る声がした。
見れば、グレンが手招きをしている。
ロザリーは早歩きで彼の元へ行った。
「お
「その言い方やめて。嫌な記憶が蘇るから」
「どんな記憶だ?」
「言いたくない」
「そうか。ならいい」
グレンはさして興味ないようで、すぐに質問を引っ込めた。
ロザリーがもう一度、教室を見回す。
「半分くらいしかいないけど」
「儀式を終えたら帰っていいんだと」
「あ、じゃあ半分は終わったってこと?」
「ああ」
グレンは教室の前方を指差した。
「黒板横の扉、あるだろう? あの奥に個室が四つあって、それぞれに教官がいる。呼ばれた生徒は個室に入り、儀式を受けるんだ」
「……なんか、個人面談みたい」
「だろう? 俺、儀式って言うからもっと仰々しいもんだと思ってた」
「床に魔法陣を描いたりしてね」
「そうそう」
グレンは声を殺して笑った。
黒板横の扉を見ていると、同級生が一人出てきた。
入れ替わりに別の生徒が、緊張の面持ちで入っていく。
ロザリーが尋ねる。
「これ、どういう順番? 私、まだ呼ばれてないよね?」
「まだだ。貴族連中が先で、俺たち一般出身者は後回し」
「じゃ、王族のウィニィが最初?」
「ああ。黄色だったらしい」
「へえ。
「本人はすごく喜んでたぞ。『
「よくわかんない喜び方」
と、そのとき。
「違う! 嘘よっ! ……いやぁぁぁぁっ!!!」
耳をつんざく悲鳴が、黒板の裏から響いてきた。
生徒たちの目が黒板横の扉に向かう。
聞こえた悲鳴は女性のもの。
奥からは騒がしい物音と、揉めるような声が聞こえる。
教室にいた女子生徒が口々に噂し、その噂がすぐにロザリーの近くにいた男子生徒のグループまで伝わってきた。
ロザリーとグレンが聞き耳を立てる。
「ハズレが出たらしい」
「色無しが!?」
「うわあ、悲惨!」
「誰だ?」
「ラナ。ラナ=アローズ」
「あいつ跡継ぎだよな? どうなるんだ?」
「色無しの不良品が継げるわけないだろ。貴族ですらなくなる」
「かわいそ~。終わったな」
しばらくすると、扉の奥が静かになった。
扉から中年の教官が顔を出す。
「再開する。次の者、中へ」
そして扉が閉まる。
次の順番だった生徒は、足を震わせながら奥へ入っていった。
それから大教室の中は、前にも増して静かになった。
一人ずつ、扉の奥へ消えていく。
誰もがラナのようになりたくないと願いながら。
彼らの願いが届いたのか、それ以降、扉の奥から悲鳴が響くことはなかった。
そして。
中年の教官が再び顔を出す。
「よし、貴族の生徒は終わったな」
教室に残ったのは、二十人弱の一般出身者。
「グレン、ロザリー、ロブ、ロイ。中へ」
グレンが姿勢よく立ち上がった。
「ロザリー。お前は赤だよな?」
ロザリーが頷く。
するとグレンは妙なことを口走った。
「俺は青を引く」
ロザリーは眉をひそめた。
「……グレン、なに言ってるかわかってる?」
「俺は実力でのし上がるつもりだ。貴族連中みたいなコネもないしな」
「うん」
「黄色は集団戦でこそ力を発揮するし、緑は精霊の機嫌で力がぶれやすい。赤はお前にゃ悪いが搦め手ばかりだ。個人で実力をいかんなく発揮できるのは青だろう? だから青を引く」
「だーかーらー。
「グレン! ロザリー! 何をしてる!」
見れば、教官が怒りを滲ませている。
残りの二人はすでに扉の奥へ入ったようだ。
グレンとロザリーは扉へと向かった。
扉の奥には狭い個室が並んでいて、そのうち四つの個室の扉が閉まっている。
「ロザリーは一番奥の部屋。グレンはその手前だ」
二人は頷き、指示された個室へと向かう。
そしてそれぞれの部屋のドアノブに手をかけたとき、グレンが言った。
「選べないことはわかってる」
「なら、なんであんなこと」
「それでも、俺は青を引く」
そう言い残し、グレンは部屋の中へ姿を消した。