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第九五話 「浦島軍師」

 星空の世界を進むレージュははたと思い出す。ペタルという名の少女は、ローワが子供の時に古代遺跡に飲まれて死んだはずの少女であることを。しかし、彼女は本当にローワの話していたペタルなのだろうか。レージュは後ろを歩くペタルに振り向く。


「ねえ、ペタル」

「どうしたの? 天使様」

「もしかしてペタルが探している男の子ってさ、ローワって名前?」

「わっ、凄い! 当たりよ! 何で分かったの?」


 レージュの夜天の隻眼は、彼女が嘘をついていないことを見抜く。しかし、まさか本当に……?


「天使の勘だよ」

「へー」


 感心したように彼女は何度もうなずいている。


「さらに言うとそのローワって子は赤茶の髪で金色の瞳にちょっと臆病な七歳の男の子でしょ」

「すごいすごい! 正解よ天使様! どこかでローワ君に会ったことあるの?」


 やはり嘘は言っていない。間違いない。彼女はローワの話していたペタルだ。まさか本当に生きていたのか。だが、この姿は……。


「実はそうなんだ。彼はもう先に出て行っちゃったよ。あたしたちはペタルを連れて出てきてって彼に頼まれたんだ」


 もちろん嘘だが、この場で真実を告げて混乱させるよりも、今はこう言うのが一番だとレージュは判断した。


 レージュは、ローワからあの事件のことは聞いたことがあった。あの事件がきっかけで彼もまた古代遺跡の危険性を実感するようになったのだ。そして、今の会話でローワの慕っていた姉であるペタルが彼女であることが判明した。


 中で何が起こるか分からない古代遺跡だが、こんなに奇妙な出来事に遭遇するとは思わなかった。レージュ自身も古代遺跡に飲まれたペタルは死んだものとして考えていたからだ。


 しかしそうだとするとおかしい点がある。現在六十歳を越えるローワが七歳の時に分かれたペタルが全く年をとっていないということだ。しかも彼女の口振りだとこの古代遺跡に入ったのはついさっきという印象を受ける。


「ところでさ、ペタルはここにどれくらいいるの?」

「そんなに経ってないはずよ。教会の鐘の音が聞こえてから入って、まだまだ次の鐘まで時間があるわ。お日様が無いからよくわからないけど」

「ふーん」


 教会の鐘はおよそ三時間毎に鳴らされる。彼女の口振りから察するに、ここに入ってから一時間程度しか経っていないのだろう。



 つまり、彼女がここで一時間の時を過ごしているうちに、外の世界では五十年以上の時が流れているのだ。



 普通ならとても信じられない話だが、ここが古代遺跡の中だということを考えると腑に落ちてしまう。だが、自分たちがここに入ったときにセルヴァの懐中時計で調べても内部の時間の流れは外とそう変わらない。彼女がこの短時間で五十年過ごすには時間の流れがとても速くないと不可能である。


「推測だけど、この古代遺跡があたしたちを飲み込んだときに中の時間の流れが変わったのかもしれない。それで外と中で五十年のズレができたんだろうね」


 ペタルに聞こえないように小声でセルヴァに耳打ちすると彼女は小さくうなずく。セルヴァも同意見のようだ。


 とりあえず今は秘密にしておくしかない。古代遺跡こんなところで取り乱されても困る。


               ☆・☆・☆


 星空を歩く少女たちの話題はローワに移っている。


「ローワ君はね、いつもオドオドしているけど、とっても優しくて、やるときにはやるすごい子なんだよ」

「そうだね。あれで中々胆力あるもんね」


 二人が話している人物はまったく同じだが、想像する姿はまったく違う。


「天使様はローワ君について色々知っているようだけど、じゃあこれは知っているかしら。彼は未来の……」

「未来のマルブル王、でしょ。にひひ」

「……も、もしかして本当に天使様が王様を選んでいるの? 戴冠式で王冠を被せる女の子っていうのも本当に天使なの?」

「どっちも違うよ。王は血筋で選ばれているし、戴冠式の天使は仮装だ。そのときにはあたしはまだ生まれてないしね」

「あら、天使様って凄い長生きなのかと思っていたけどそうでもないのね」

「あたしは十三歳だよ」


 拾われ子なので自称だが。


「わあ、私と同じ! 天使様と同じなんてすっごい偶然ね!」

「それならその畏まった言い方(天使様)は無しにしよう。どうにもむず痒くっていけないからね。ペタルもあたしのことはレージュって呼んでよ」

「でも、天使様をそんな……」

「ただ翼が生えているってだけで、あんたと同じ十三歳なんだ。畏まった方がおかしいよ。ペタルは髪や目の色が違う同年代の友達ともそうやって接するの?」


 レージュの言葉にハッとしたペタルは先ほどよりも自然で柔らかな笑みを浮かべる。


「わかったわ、レージュ」

「にひひ、やっぱりそう呼んでもらった方が落ちつく」


 その様子をニコニコとして見ていたセルヴァに気づいたペタルは彼女にも問いかける。


「あ、じゃあ、セルヴァさんはいくつなの?」


 セルヴァは、その問いに人差し指を立てて口に当てて返答する。


「それはー、秘密ですー」

「なるほど。秘密は大人の女性の魅力ってわけね。勉強になるわ」

「……そういうものなの?」

「そういうものなのよ」


 すると突然、星の瞬きを飲み込むように奥から闇が流れ出してきた。暴風のように襲い来る闇に彼女らはなす術もなく飲み込まれてしまう。

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