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第八一話 「遭遇軍師」

 レージュと白き翼(家族)の久々の再会を邪魔しないように遠巻きに見ていたヴァンの肩が叩かれる。


「よう、ヴァン」


 振り返ればいつもと変わらぬ幼なじみの姿があった。


「おう、オンブル。ちゃんと生きてたな」

「当たり前だ。危なっかしい団長様を残して死ねるかよ」

「相変わらず口の減らない奴だな」


 二人は拳を打ち合わせ、互いの無事を祝う。

 オンブルが無事にここにいると言うことはレージュから依頼されていた仕事も終わったのだろう。


「レージュからかなり無理なことを言われたんじゃないか?」

「まあな。なに、俺一人でやったわけじゃねえさ。事前にこのマントゥルが計画を全て立ててたんだからな」


 オンブルの後ろから無精髭のマントゥルがのっそりと歩いてくる。帽子には純白の羽飾りが付いていた。


「それこそお前らがいねえと成功しねえ話だったぜ。――あんたが噂の王太子様かい。レジスタンスのリーダーのマントゥルだ」


 マントゥルの差し出した手を握り返しヴァンも自己紹介をする。無骨ではあるがどこか鮮麗されていて信があるようなマントゥルをヴァンも気に入ったようだ。


「よろしくな、マントゥル。早速で悪いんだが領主のフェールは無事なのか?」

「心配しなさんな殿下。奴ももうすぐ現れるでしょうよ」


 マントゥルが笑うとファナーティに連れられてレージュもやってくる。


「これは蒼天の軍師殿。この度はご助力いただき、感謝の言葉もありませんぜ」


 マントゥルが腕を広げて感謝の言葉を述べるが、レージュは彼をまじまじと見つめると呆れたような目を向ける。


「ああ、うん。……いや、ていうか、フェールだよね。何、その言葉遣い。いつも品良く話せってうるさかったくせに」


 ヴァンが驚いてマントゥルの方を向くと、そこにはすでにマントゥルではなくフェールがいた。姿は何も変わっていないが、身にまとう空気が粗野なものから洗練されたものになっている。


「流石は我らが勝利の女神、蒼天の軍師レージュ殿ですな。お見抜きになられましたか」


 さっきまでと打って変わって真面目な口調になるマントゥルにオンブルは肩をすくめる。


「やっぱりお前がフェールだったか」


 ファナーティがフェールを小突く。


「ほらね、あんたの演技力じゃあ騙せないって言ったでしょ」

「その通りですな。やはり慣れないことはするものではありません。しかし、なぜオンブル殿はそれを知っていて私に聞かれなかったのですかな?」

「そうまで隠したいならおいそれと口にすることじゃねえと思ってな」


 オンブルが事前にレージュから聞いていた話では、フェールは厳格で規律や言葉遣いや身だしなみに厳しい男という情報だった。男という以外、マントゥルはそれにまったく当てはまらない。だが、奥に秘めている雰囲気と、オルテンシア奪還にかける情熱、なによりレージュから羽をもらっていることから、おおよその見当はついていた。


 それにしてもとレージュは言う。


「なんで領主がレジスタンスのリーダーなんかやってんのさ」

「ここは私の城郭まちです。こそこそ隠れて逃げまどうのは性に合いませんので。むしろ堂々とレジスタンスを立ち上げ、先頭にいた方が敵にもバレにくいかと考えました。どうやら成功したようですな」

「いい根性してるねホント」

「民を守るために先頭に立つのが領主の役目ですから」


 フェールは角度まできっちりと刻んで深々と頭を下げる。


「この度はまことにありがとうございます、蒼天の軍師殿。また後ほど形式に則ってきちんとお礼をさせていただきますので、今は略式にて失礼いたします」

「相変わらずお固いねえ……。その『ありがとうございます』だけで十分なのに。さっきの、マントゥルだっけ? その方が良いんだけど」

「いえ、そういうわけにはいきません。城郭まちを取り戻せたのなら、レジスタンスは不要ですから」


 自身の知るフェールと全く変わらぬことにレージュの顔は綻び、夕日に暮れる赤い空を真紅の隻眼で仰ぐ。


「ま、それならそれでいいか。……流石に今日は疲れた。美味い飯を食って、パルファンを焚いて、ゆっくりと寝ちゃいたいね」


 同感だ。とヴァンたちは笑う。


 しかし、運命はそれを許さなかった。


               ☆・☆・☆


 レージュの瞳が赤へと完全に変わった頃、彼女はふと、違和感を覚えると共に顔をしかめる。


 吹く風が、ひどく不味い。


 自分の舌は風の味を感じ取り、今後の天気を予測できるが、こんな味は初めて感じた。嵐でも来るのだろうか。いや、嵐はこんな味じゃない。もっと、もっとおぞましいものが、来る。


 そして、これまでに何度も感じてきたあの悪寒が、痛烈な視線となってレージュを刺す。


「うわっ!」

「レージュ、どうした」


 頭を抱えてうずくまるレージュにヴァンたちが駆け寄ってきた。


 レージュは誰かに睨みつけられて背筋が凍ったような錯覚に陥る。何故かはすぐに分かった。今まで散々感じていた悪寒の正体が来るのだ。すぐにここへやって来る。今まで感じていた悪寒はヴェヒターの古代遺産でも、城郭まちに広がる古代遺産の人形兵でもない。古代遺産なんて(・・・・・・・)チャチなもん(・・・・・・)じゃあない(・・・・・)。とびっきりヤバい物が、来る。


 緊張で唇が震えながらもクレースを翼に変化させてレージュは叫ぶ。


「さ、最警戒態勢!」


 すると、オネットたちは何かを考える前に即座に状況の深刻さを理解し、レージュとヴァンを円陣で囲み、武器を構えて周囲に目を光らせる。


「どうしたレージュ。敵か?」

「わかんない。でも、とにかくヤバい。ヴァンは何も感じないの?」

「いや、何も……」


 そんな馬鹿な。気配に敏感な義賊のヴァンがこの空気を感じ取れないはずがない。しかしリオンもオネットも周囲を見渡すだけだ。


「周りには誰もいねえな」

「しかしレージュは最警戒態勢と言った。そしてあの慌てようはただ事ではないぞ。どこかに何か潜んでいるはずだ」


 レージュ自身も嫌な気が大きすぎて、どこを警戒すればいいのか解らなくなっている。不安で押しつぶされそうだ。十字架の翼も金属同士が擦れあう嫌な音を立てている。


 どこだ。

 どこから見られているんだ。


 この感じは……空?


「あれは、なんだ……?」


 ヴァンが、いつの間にか暗雲の広がっている夕焼けの向こうに何かを見つける。飛んでいるようだが鳥では無い。もっと人のような形をしている。そして速い。ものすごい速度でこちらに突っ込んでくる!


「――クレースッ!」


 突っ込んできた謎の物体に対応したのはレージュだ。即座にクレースを握り拳の形に変化させて殴ることで迎撃とした。上空から飛来してきたものと凄まじいスピードでぶつかり合い、クレースの拳が激しい音を立てて砕け散る。


 鉄板同士がぶつかり合ったような轟音が耳に残る中、クレースがほどけて宙に散らばる瞬間、レージュは正面からそいつ(・・・)と見つめ合う。


 笑っている。紅い、夕日の隻眼で。


 飛来してきた人物は後方へ宙返りして地面におり立つ。その姿を見たとき、この場にいる誰もが言葉を失った。


 白っぽい金髪に夕日の右目を持つ黒いワンピース姿の少女は、純白の片翼を羽ばたかせて悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「ニヒヒ」


 前髪が伸びてて左目がどうなっているか確認できないが、金髪に夕日の隻眼、半分だが純白の翼も持っている。


 その姿は、まるで鏡のように顔までそっくりだった。


「……あたし?」

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