第八〇話 「再会軍師」
ヴァンたちがセルヴァと親しげに話しているのを、駆けつけたオネットは遠くから眺めていた。
正直な所、目の前の状況についていけない。レージュを初めて見た時もひっくり返りそうになったものだが、ここにきて二人目の天使に出会うとは夢にも思わなかった。生き残りの小隊長から話を聞いたときは半信半疑だったが、実際にこの目で見ると信じざるを得ない。
そこへ返り血まみれのリオンがやってきた。
「おう、オネット。なにを固まっているんだ」
「神話の登場人物がまた増えたのだ。固まりもする」
「お前はいつも考え過ぎなんだ。見た目通り、メイドが一人増えたと考えれば良いではないか。貴族のお前の屋敷にもいただろう」
「私のところは普通のメイドだ。羽根の生えたメイドなど世界を探してもここにしかいないぞ」
「羽根がなんだ。俺はメイドに羽根があっても二階の窓拭きが楽になるぐらいしか考えつかないがな」
笑い飛ばしてどこかへ行こうとするリオンの肩を掴む。
「それよりもリオン。貴公は敵兵を焼いたのか?」
「それがどうした」
「なぜそんな惨いことを」
「惨いだと? ではマルブルを焼いたカタストロフは惨くないとでも言うのか?」
「そうは言っていない。論点をすり替えるな。たとえ敵兵であろうと、裁判を受けさせ、正当な手続きで処罰を下すべきだ」
「甘いことを言うなオネット。貴族出身のお前にはわからないだろうが、やられたらやり返すのがこの世の理だ。マルブルが被った痛みは高々数十人を焼いた程度のものじゃないぞ」
肩に置かれたオネットの手をどかす。
「それにだ、あれは人間じゃない」
「リオン」
「勘違いするな。そういう意味じゃない。あれは古代遺産で作られた偽物の兵だ」
古代遺産という単語が出たことにオネットは首を傾げる。
「古代遺産だと?」
「そうだ。古代遺産で作られた人形の兵隊、オルテンシアの外に突然現れた千の兵の正体がそれだ。お前が城郭で斬った兵の何人かもその人形兵だろう。俺も、燃やして光の粒になるまでわからなかったがな」
「まさか、古代遺産は人間をも作り出せるのか……」
「まだ疑うならオンブルの奴に聞いてみろ。あいつも俺と同じ光景を見ている」
古代遺産は人間を作れる。キメラを作るよりももっとおぞましい事実にオネットは目眩を覚えた。
そんなことがあり得て良いのか。
「古代遺産でできたものなら焼いてもかまわんだろう」
「それでも、貴公が焼こうとしたときは人間だと思っていたのだろう」
リオンは低く笑っただけで答えずに行ってしまった。
☆・☆・☆
「ああー、忘れてましたー。ご主人様から、レージュ様にお会いしたらこの曲を聞かせるように仰せつかっておりましたー」
「曲?」
セルヴァは腰についている懐中時計を操作すると、そこからオルゴールに似た音が流れ出す。穏やかな旋律のその曲は、レージュにはとても聞き覚えがあった。
間違いない。現実では初めて聞くが、幼い頃から夢の中で何度も何度も聞いたあの曲だ。彼女が歌っていた、あの曲だ。
「この曲は! 夢で聴いた曲だ! なんでセルヴァがこの曲を知っているの!?」
セルヴァに掴みかかって激しく揺さぶるレージュをヴァンが抑える。
「落ち着けレージュ。そんなんじゃセルヴァも話せないだろう」
「あ~う~」
「あ、ああ。ごめん」
手を離して解放してやるとレージュは再びセルヴァに問う。
「セルヴァはこの曲が何なのか知っているの?」
「さてー? セルヴァはご主人様にー、レージュ様にお会いしたらこれをお聞かせするように言いつけられただけですからー。私はこの曲好きですよー」
「……あたしにこの曲を聞かせるって事は、あんたのご主人様って奴も相当食えない奴みたいだね」
だが、これで分かった。セルヴァの言うご主人様は間違いなくあたしのことを知っている。そしてあの夢にも関係しているのだろう。これは、そのうちなんて言っていられない。なんとしても、そのご主人様とやらには急いで会わなければならない。
だがとりあえず、今はオルテンシアを奪還できたことを喜ぶとしよう。
耳を塞いでいなかったカタストロフ兵はクレースの高周波を直に聞いて気を失っているはずだ。
戦いは終わった。あとは飛び立ってオルテンシアを取り戻したことを皆に伝えればいい。いろいろ考えるのはその後だ。
☆・☆・☆
十字架と純白の翼で空を飛び、高らかに勝利の宣言をして降りてきたレージュの元へ一人の男が全速力で走ってくる。
「お嬢ー! お嬢ー!」
手を振りながら走ってくる男を見たレージュは顔を輝かせる。
「……もしかして、ファナーティ? ファナーティじゃん! うわ、久しぶり!」
レージュはファナーティの胸に飛び込み、二人は抱き合ってクルクルと回る。ひとしきり回った後、ファナーティが泣きながら崩れ落ちてレージュを抱きしめた。
「お嬢、本当に生きててくれたんだね……」
「あたしがそう簡単に死ぬかっての。色男がなに泣いてんのさ」
「だって、お嬢、俺、本当に、心配して……」
「あー、よしよし。あたしはちゃんと生きてるよー。大丈夫だよー。本当に白き翼はあたし離れできないんだから」
泣きじゃくるファナーティをレージュが優しく包み込んで頭をなでてやる。子をあやす母の姿がそこにあった。
「お嬢……でも、目と翼が……。それに、火傷も……」
「うん。でも、生きている。生きていればやり返す機会はあるさ。ほれ、泣き止みなって。生きて再会できたんだ、笑っていこうよ」
レージュは涙に濡れるファナーティの顔を上げさせて天使の笑みを向ける。
「ねっ」
「……お嬢」
ファナーティは、微笑むレージュの髪を縛っている赤いリボンに気づく。
「姐さんが守ってくれたんだね」
「そうだね。アルマがいなかったらあたしはあの時に死んでいた。今でも、ずっと守られっぱなしだ」
「そんなことはない。お嬢は一人でも立派に戦っている。姐さんが守ってくれているのもそうだけど、お嬢もとても強くなった」
「にひひ、そうかな」
少し寂しげに笑うとレージュは白き翼の安否を確かめる。
「だんちょーたちは?」
「大丈夫だ。うちの団長は百回殺しても死なない。他の連中もお嬢の言いつけを守ってちゃんと無事だ。今は別の場所で戦っている」
それを聞いてレージュはホッと胸をなで下ろす。いくら信頼していても、そこに実像はない。こうして話を聞くまではわずかに不安があった。だが、それもファナーティの言葉でもう払拭された。
「じゃあどうしてファナーティは一人でここにいるのさ」
「そりゃお嬢が心配だったからに決まってるでしょう。抜け出してきたんだよ」
「白き翼は勝手な単独行動を許さないはずだけど?」
「俺は白き翼よりお嬢をとったんですよ」
「あーあ、こりゃあだんちょーに怒られるね」
「お嬢が生きてたことが最初にわかったんだ。殺されても、惜しくない」
大げさな、とレージュは笑う。殺されることは無いだろうけど、フクロにされて半殺しぐらいにはされるだろう。
それでも、ファナーティは白き翼よりレージュを選んだのだ。
「ところでお嬢、お嬢の羽と目を奪ったクソ野郎は誰なの?」
「その話は後でね。今言うとファナーティの事だからすぐに飛び出して行くでしょ」
「いやそんなことは」
「ほーら、嘘ついた。にひひ」
「……お嬢にはかなわないな、本当に」
彼の知るいつものレージュが目の前にいることを再確認すると、ファナーティはまた涙を潤ませる。
「本当に、生きててくれて良かった……」