第五五話 「説明軍師」
古の天使たちが作り出したといわれている超科学の道具、古代遺産。普段は古びた十字架の形をしており、使用する時には変形し、様々な力を扱うことができるのだ。その力は人知を越え、マルブルを一夜で焼いた赤い光も古代遺産の力である。
「レシュティ姫様がオルテンシアが取り戻されるのではないかと心配されている。私は君の優秀さと忠誠心を疑っているわけではないが、確実に事を成すように、と姫様がこれを持たせるよう仰ったのだ」
レシュティ姫からの賜り物とあってはヴェヒターも受け取らざるをえない。忠誠心は誰にも負けていないつもりだが、それだけで敵を撃滅できるわけではないことは十分に理解している。
「十字架は二つあるようですが、両方とも私が使うのですか?」
古代遺産はリスク無く使えるものではない。古の天使たちは自在に使いこなしていたようだが、現代の人間では過度な使用をすると精神が崩壊してしまうのだ。
「流石のキミでもそれは難しいだろう。もう一つは彼女に使ってもらう」
「私、ですか?」
「そうだよ。キミ、名前は?」
「グリュックと申します、宰相様」
「グリュックか、幸福を意味する良い名だね。女性といえどキミもカタストロフのために働く立派な戦士だ。レシュティ姫様は、懸命に働く者をちゃんと評価する御方だからね」
コシュマーブルは机に転がした古代遺産を指でもてあそぶ。
「キミたちは古代遺産を持つのは初めてだろうから、使い方を簡単に説明しておこうか――」
古代遺産を使用する際になにか特別な技量や能力は必要ない。適合者ならば誰にでも強大な力が扱えるのが古代遺産の最大の特徴だ。
適合者とはその古代遺産を使用する資格が有る者の事をさす。大抵の古代遺産はほとんどの人間が使用できるが、例外として、特殊なものや強大な力を持つ古代遺産は使用者を自ら選ぶ。例えばレージュの持つ古代遺産クレースは彼女にしか扱うことができない。他にも、銃の古代遺産がレシュティ姫を撃ったのも、使用者を選ぶためである。そのため、優れた古代遺産には意志が宿っていると考える識者も少なくない。
古代遺産の使用方法は至って単純だ。古代遺産が持つ非現実的な力を実際に使えるとイメージしてやるだけで良い。古代遺産がどのような力を持っているかは、適合者が手に取ったときのみ、一瞬で理解できるという。あとはその力をどれだけ上手く使いこなせるかだ。
しかし、超自然的な力を行使するリスクはそれなりにある。古代遺産は使用者の精神を喰って効果を発揮するからだ。過度に使用すると精神が崩壊して廃人となり果ててしまうという。古の天使たちは不自由なく使用していたと記されているそうだが、現代を生きる天使レージュすら、廃人にはならないものの強制睡眠というリスクがあるので、本当に天使たちが問題なく使用していたかは疑わしい。もっとも、彼らの天国はすでに滅んでいるので確かめようもないが。
コシュマーブルは十字架の一つをグリュックに手渡す。
受け取った十字架からは複雑な力が渦巻いているようにグリュックは感じた。そして、頭の中に何かのイメージが雪崩の様に流れ込んでくる。瞬時に使い方を理解し、グリュックは思わず笑みがこぼれる。こんなに小さく、こんなに軽いのに、こんなに頼りになる物は今まで知らなかった。
これが、世界が渇望する力なのか。
無意識にグリュックは唾を飲む。
「ありがとうございます、宰相様。この命、必ずやカタストロフの為に役立てます」
「ああ。期待しているよ」
笑顔のコシュマーブルはヴェヒターの方に向き直り、胸ポケットから何かを取り出す。
「あとこれは私個人からの贈り物だよ、ヴェヒター」
コシュマーブルは銀色の指輪を机の上に置く。
「これは?」
「いざというときに古代遺産と一緒に使うと良い。きっと力になってくれるだろう」
見た目はただの銀色の指輪だが、この男が言うのだから効果は確かなものだろう。
「それと、歩兵ばかりだが一千の兵を連れてきた。クラーケ将軍が出ていって残留五百の兵だと不安だろうと思ってね。練度はキミの部隊にも引けを取らないはずだ」
一千もの兵とは、いったいどこからかき集めてきたというのか。主力は西側の連合軍の相手をしているし、レージュ復活が伝わってから本国の出兵では到底間に合わぬ。周辺に浮いた兵もいないはずだ。だが、もしも事前に死神復活を知っており、兵を潜ませていたとしたら、千の兵が湧いたのも不思議ではないが……。この男には未来でも見えているのだろうか。
「ここまでしていただき、まことにかたじけない」
「気にすることはない。祖国の事を想うのは私も同じだからね」
さて、どこまで本気なのか。
カタストロフ建て直しの実績があるから何も言わなかったが、この男にはどこか人では持ち得ないような物を心の奥に持っている。そんな不気味さをヴェヒターは常に感じていた。そう思う要因の一つに、コシュマーブルは全ての古代遺産の適合者であり、国の建て直しも古代遺産を用いたという噂があるからである。
あくまで噂にすぎないのだが、もしも本当に全ての古代遺産の適合者であるならば、彼は神にも等しい力を持っていることになる。そんな存在が、世界一の強国であるカタストロフの宰相の地位に付いているとなれば、もはや彼を止められる存在は皆無だ。
この男を野放しにしておくのはあまりにも危険すぎる。しかし、どうすれば良いのか。
「グリュックくん」
「はい」
コシュマーブルは机の上に広がるオルテンシアの地図にある一画を指す。このオルテンシアは、城郭を囲む城壁が星形になっており、防御力に優れた構造となっている。その星の角の一つをコシュマーブルは指し示している。
「ここへ行ってみるといい。きっと良いものが見られるよ」
間者の女はヴェヒターの方を見る。ヴェヒターが黙ってうなずくと、女は消えるように部屋から出ていく。
「彼女は実に優秀な人材だね。キミが育てただけあって、カタストロフ民らしい、上の人間の言うことをよく聞く。ああ、もちろんキミ自身にも期待しているよ、ヴェヒター」
ここで自分が死神の首を取れればそれで良し、もしも取れなかったとしても、反感を抱いている自分を処断する良い機会だと考えているのだろう。やはり、この男は危険だ。こんな奴が側にいては、カタストロフの未来は絶望的なものになるだろう。しかし、現状の自分がこの男に対してできることはない。ともかく、今は死神を討ち取り、自分の命を繋ぐほかはないのだ。
「そろそろ失礼するよ。姫様の側をあまり離れるわけにはいかないからね。私が連れてきた兵は好きに使ってかまわない」
そして最悪なことにこの男はレシュティ姫様にもっとも近い。言うなれば姫様を人質に取っているようなものだ。もしも姫様に万が一があれば、カタストロフの歴史はそこで閉じてしまう。それだけはなんとしても阻止せねばならない。
「はっ。必ずや、死神の首を持ってご報告に伺わせていただきます」
ヴェヒターの形だけの言葉を背中で聞いたままコシュマーブルは部屋を出て扉を閉める。太陽すらぞっとするような笑みを浮かべて彼は青空を仰ぐ。
「フフフ、早く来てくれ、私の可愛い天使。イデアーと会った時のキミの顔が早く見たいんだ。そして、キミが取り戻そうと躍起になっているこの城郭を、キミ自らが滅ぼして絶望する顔を見たいんだ」
不気味に笑うコシュマーブルが懐から十字架を取り出し、軽く振ると足下から光の柱が現れ、その光が消えると、もう彼の姿はどこにもなかった。
16/12/29 文章微修正(大筋に変更なし)
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