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第四三話 「餃子軍師」

 ヴァンの演説の後、蝋燭の明かりが灯る夜の会議室にはレージュにヴァン・リオン・オネット・ビブリオ・ヌアージが卓を囲んでいる。オンブルはおらず、スーリは呼ばれていない。

 ヌアージのことは既に砦にいる全員が知っており、(おおむ)ねが『馴れ馴れしくてとてつもなく胡散臭い爺さんだが、レージュ(軍師)ヴァン(王太子)が追い出す気配を見せないのでとりあえず様子を見ておく』という思いのようだ。


「作戦の最終確認だ。みんな、よく聞いておくように」


 面々の顔を見渡し、凛とした声でレージュは言った。今の彼女は、長い金髪をサイドテールにして赤いリボンで結んでいるワンピース姿だ。蝋燭で照らされたその表情と声に、かつてない力強さが籠もっていることを、彼らも気づいたようである。


「フクスの伝書鳩は既に飛ばしてある。だから、予定通りなら後二日、新月の夜に相手はここまでやってくるはすだ。罠の設置は終わってるね?」


 この作戦は、視界の悪くなる新月の日に最も効果を発揮する。月の満ち欠けにも気を配るのは軍師としては当然のことだ。


「砦周辺は完成している」


 と、オネット。


「街道も終わっている」


 続くリオン。


「森もバッチリだ」


 最後にヴァンが報告して仕掛けが全て設置されたことを確認する。本来ならば義賊団の事はオンブルが報告するのだろうが、彼は今ここにいないのでヴァンが報告しているのだ。


 マルブル軍が担当する砦周辺と街道の罠はレージュが細かく指示したが、森の中の罠は義賊団に「足止め用の罠を」とだけ伝えて一任した。ヴァンから「そういう罠ならあいつらに考えさせた方が良い」と助言があったからだ。


 そしてレージュは今ある戦力を三つに分けた。まずはオネットを中心とする正面歩兵部隊、そして義賊団の伏兵部隊、リオンと義賊たちの混成奇襲部隊だ。


 机に広げた地図にチェスの駒を配置する。自国は白の駒で、カタストロフ軍が黒の駒だ。白の駒を砦内と離れた街道に一つずつ、周辺の森には二つ置き、黒の駒は北から街道に沿って細長く配置される。


「まずは奇襲部隊が先駆けて敵に見つからないように埋伏して侵攻してくる敵の裏を取る。この会議の後すぐに出発してもらうよ。斥候が戻ってきたら義賊部隊も森で待機し、敵がデビュ砦まで近づいて来るのを待つ。敵の兵力はおよそ二千。数だけで見たらかなり厳しい戦いだ。でも大丈夫。全滅させる必要はない」


 あくまで目的は敵の撃退だとレージュは強調した。


「相手は急いでいる。こっちに生き残りが集まる前に包囲して戦うはずだ。だから隊列は必然的に伸びる。こっちの人数が少ないから奇襲もあまり警戒してないだろうしね。そこにこれ見よがしに罠を置いて、相手の動きを森へ誘う」


 黒の駒が動き、地図上のデビュ砦を包囲しようとする。


「半分ぐらいが森に入ったら行動開始だ」


 離れた位置に置かれた白の駒が黒の駒の後方に突っ込む。リオンたち奇襲部隊だ。


「まずは油断している所へリオンの奇襲部隊が襲いかかって分断する。リオンたちはそのまま補給物資を奪いに行く。それと同時に森のオンブルたちが糞の矢を降らす。オネットたちの正面部隊は太鼓を鳴らす。これらを同時に仕掛ければ相手は必ず浮き足立つ」


 統率の取れていない崩れた軍隊など烏合の衆に過ぎない。砦から出た白の駒と補給隊を叩いていた駒が、敵の前方にいる黒のキングに迫っていく。


「そしてオネットとリオンで挟み撃ちにして大将首を取る。逃げる相手は深追いしすぎない程度につぶす。以上が作戦の概要だ。質問は?」


 ヌアージがしわだらけの手を挙げて発言を求めるとレージュは彼の発言を許可する。


「鶴翼を広げたときに相手の総大将が先頭にいるという前提で話を進めているが、クラーケ将軍がそこにいると本当に言い切れるのかの。別な場所にいたらどうするのじゃ?」


 もっともな疑問だ。この作戦は指揮官(クラーケ)を倒して志気を削ぐことを要としている。クラーケが後ろの方で構えていたら作戦は破綻するだろう。しかし、そんなことを見落としているようでは蒼天の軍師は務まらない。


「あたしはクラーケ将軍と直接やり合ったことはないけど、マルブル軍が彼と戦った時の記録は全て知っているからね。そこから人物像はいくらでも読みとれた。戦い方や性格はもちろん、カニが好物だってことまであたしは知っている。そして、彼は好戦的で手柄を求めるタイプだ。今度の戦いでも、一番にあたしやヴァンの首を取りにくるだろうから、後ろで見ているってことあり得ない。あたしは自分の首の価値ぐらいわかっているさ」


 浅黒く細い首を叩いてレージュは笑うとヌアージもつられて「ひぇっひぇっ」と白くて長い髭を揺らして笑う。


「あい分かった。続けてくれてかまわぬぞ」

「さて、何度も言うけど、今回の作戦の主目的は相手を撤退させることだ。全滅させる必要は全くない。そして、副目的として相手の物資を奪いたい。二千人規模の物資を手に入れられればすぐにオルテンシア奪還に動けるからね。物資を奪うのはリオンの奇襲部隊にやってもらう」


 そう言ってリオンの顔を見ると少々不機嫌そうにしている。今回の部隊編成の話をしたときの事を思い出しているのだろう。


               ☆・☆・☆


 フクスから情報を聞き出し、作戦の概要が決まった頃、レージュは部隊を編成し直し、その結果をリオンに知らせていた。


「五十人だと」

「そう。リオンは騎士と義賊を二十五人ずつの混成五十人を率いて奇襲をかけてもらう。全員が騎乗して戦うことになる。歩兵がいると足並みが揃わないからね。本当はもう少し人数を増やしたいんだけど馬がそれしかないから仕方ない」


 レージュは説明しながら純白の片翼を羽ばたかせる。彼女が平時に着ている白いワンピースは、背の部分が大きく空いており、翼の動きを阻害することはない。


「五十人もいらん。俺一人で十分だ」

「言うと思った」


 浅黒い肌の半分の天使はわざとらしくため息をつく。


「いいかい、リオン(大陸最強)。確かに今こっちは人数が少ない。五十人を他に回せるなら回したい。だけどね、あんたの部隊の仕事は奇襲だけじゃない。輜重(しちょう)隊と本隊を分断した後、その物資を奪うのが役目だ。二千人規模の輜重を、全部とは言わないでも一部を奪えれば即座にオルテンシアへ出撃できる。物資の強奪は確実にやらないといけないんだ。だからあんたに任せることにした」

「盗賊の真似事なんざごめんだがな」

「やりたいやりたくないで戦場を生き延びることができないのはリオンが一番知っているでしょ。輜重を奪った後は大将首を取りに行って良いよ。だから、ちゃんと物資は奪ってね」


 未だにレージュは翼をバサバサと羽ばたかせている。なりは小さいが翼は大きいのでそれなりの風がリオンの髭を揺らす。


「……いいだろう」

「大丈夫だとは思うけど、無理そうだったら物資は焼いちゃって良いよ。リオン以下五十人が帰ってこないのが一番困るからね」

「そこが戦場ならば、全て成す。余計な気を使うな」

「うん。期待しているよ。にひひ」


 これでマルブル軍の騎士二百人は二十五人がリオンの奇襲部隊に、残りがオネットの正面部隊に回され、義賊たちは強奪能力に長けた二十五人が奇襲部隊に、残りが伏兵部隊に振り分けられた。もっとも、騎士たちと違って義賊たちは全員が戦闘要員ではない。伏兵部隊は多くても五十人といったところだろう。


「彼ら義賊団は山間で強襲して荷物を奪うことは得意だけど、戦場で相手の物資を奪うことにはそう慣れていない。その辺りも踏まえて義賊たちと連携が取れるように調練しておいてね」

「言われんでもそれぐらいはわかっている。足手まといはいらんからな。必ず戦場で使い物になるようにしてやる」

「頼もしいねえ」

「だがそれは盗賊たちやお前のためではない。全ては陛下をお救いするためだ。そのためにお前の指示に従っていることは忘れるな」

「それで十分。ローワの爺さんは必ず救ってみせるさ」


 レージュはにひひと笑いながらも翼を羽ばたかせている。


「さっきからバサバサやかましい奴だな。俺を挑発しているのか」

「ああ、ごめんね。片翼になってから全然空を飛べないからさ、こうしてたまに動かさないと(なま)っちゃうのさ」

「もはや飛ぶことはできないのにか? ご苦労なことだ」

「……結構はっきりと言うよね、リオンって」

「性分だ」

「まあ、それでこそリオンだ。変に気遣ってきたりした方がへこむよ」

「そこは安心するんだな。俺は戦うことしかできんからな。……いいからその目障りな羽ばたきを止めろ。あとでやれ」

「はいはい」


 羽ばたくのを止めると、レージュの細い首に結んである赤いリボンも風にそよぐのを止めた。


「これを若い兵たちの前でやると結構受けるんだけどな。こう見えても新兵たちには人気あるんだよ、あたしってば。にひひ」


 新兵たちの調練をより一層厳しくしようと思うリオンであった。


「なに、あたしはまだ空をあきらめちゃいないさ。今は地上に降りてきているだけ。すぐにまた大空へ飛び立ってみせる。必ずね」


               ☆・☆・☆


 その後、リオンはちゃんと言われたとおりに義賊たちとの調練を進め、戦場での物資強奪も問題なく行えるようになった。もっとも、奇襲部隊の義賊たちはリオンの過酷な調練でボコボコに打ちのめされたようだが。それでもなんとかものになったようだ。


「よし、これで確認は終わり。そういや今回の作戦名がまだだったね。そうだな……、じゃあ、ギョーザ作戦(・・・・・・)で行こう」


 前回の唐揚げ作戦もそうだが、今回も何だか分からぬ作戦名になった。しかも、今回は元になっている物も分からなかった。唐揚げと同じで食べ物なのだろうか。


「なんだ、ギョーザとは?」


 ヴァンの疑問にビブリオが答える。


「この大陸より遥か極東にある国の食べ物ですね。以前に文献で読んだことがあります。小麦粉を練って作った丸い皮に肉や野菜を細かく刻んで混ぜた餡を包んで茹でる料理です」

「さすがビブリオ司書。よく知ってるね。あたしは白き翼にいた頃、極東から来た人に作ってもらって食べたことがあるんだ。結構美味しかったよ」


 今回の作戦もギョーザの様に包み込む様な作戦だからそう名付けたらしい。

 変な作戦名も二回目だからか、ヴァンも何も突っ込まなかった。

16/06/30 「メイドの降る日」と順番入れ替え。

16/12/27 文章微修正(大筋に変更なし)

17/03/28 文章微修正(大筋に変更なし)

17/07/12 文章微修正(大筋に変更なし)

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