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第二八話 「十字架軍師」

 時は少し前に遡り、レージュたちがデビュ砦を奪還した翌日である。


「おはよう」

「おう」


 デビュ砦戦勝の宴から一夜明け、レージュの瞳が朝日と同じ色になっている。同じく金色の瞳のヴァンは半分の天使と挨拶を交わす。レージュは既に革の胴着を脱いでおり、白いワンピース姿になっている。


「昨日のあれは本当に心臓が止まるかと思ったぞ」


 昨日、レージュがいきなり倒れて顔面をぶつけた後、ヴァンは慌てふためいてオネットたちを呼んだが、彼らはなんでもないようにレージュを抱えてベッドに寝かせ、「寝かせておけばそのうち起きます」と部屋を出て行ってしまった。そして、その言葉の通り、その後の祝勝会には、おでこにたんこぶを作りながらも、普通に食事をしている夜空の瞳をしたレージュの姿があったのだ。


「ごめんって。クレースを使った代償としてしばらく動けなくなっちゃうんだよ」


               ☆・☆・☆


 昨晩の事である。祝勝会の最中で、何事もなかったように胡桃くるみパンを頬張る金髪の片翼少女を見かけたヴァンは彼女を問い詰めた。レージュはヴァンと夜空の瞳で見つめ合いながら、口に入っている胡桃パンを咀嚼そしゃくし、飲み込んでから説明を始める。


「クレースの力を使うとね、使った時間と力に比例して強制的に昏睡状態になっちゃうんだ。たとえ一瞬だけ、十字架を一個動かすだけだとしても、絶対に少しは眠る。さっきみたいにね。だから、ここぞって時にしか使えないんだ。戦いの最中に寝ちゃったら終わりだからね」


 細長い赤いリボンをクレースに結びつけて流しているレージュは得意げに話し出す。


「クレースの力の本質は変化(・・)だ。形を色々な物に変えて戦う事ができる。さらに、あたしの身体能力を他人の身体能力に変化することもできる。キメラを倒すときに使ったのがそれだ。言うなれば真似っこだね」

「真似っこ?」

「そう。とどめの時にクレースが大盾と長剣になったでしょ。あれはオネットが使う武器で、あの時のあたしは彼になったようなものだ。大盾を自在に操るオネットの戦闘力をそのまま真似して動かしてるだけで、その前の大弓は白き翼にいた人の動きなんだ」


 つまり、あの力は誰かの戦闘時の情報を集めて分析し、その動きに合わせてレージュが動いているのだという。


「たとえば武術の稽古でよくあるように、師匠がお手本を見せて弟子がその通りに動くっていうやつがあるでしょ。クレースの力はそれの極限。お手本を寸分違わず真似することができる。動き方だけじゃなく、力や速さまでもね。あたしとオネットじゃあ体格も筋力も全く違うけど、クレースが完璧に調節してくれるから何の不自由もなくオネットとして戦えるんだ。もしあたしがあの状態でオネットと勝負したら力も動きも互角になるよ。勝敗も、オネットが新しい戦法を思いつくか、あたしが時間切れで寝るまで決着がつかない」

「じゃあ大陸最強のリオンの動きも真似できるのか」

「できるけど、あまりやりたくないな」

「なんでだ?」

「オネットでもそうだけど、力量差が凄いからそれを埋めるためにとても疲れるし、その分かなり長く眠っちゃうからね。それに、あの力はお手本の性格に引っ張られるから、あまりやりたくない。あたしはあんな(リオンみたい)に野蛮なキャラじゃないからね」


 なるほど、そんなところまで真似してしまうのか。それであの変な口調やキャラクターにも納得がいった。


 野蛮なレージュ(リオン)物静かなレージュ(ビブリオ)も見てみたいところだが、それは戦いが終わってからにしよう。


「もうちょっと落ち着いたらヴァンの動きも見せてあげるよ」

「そいつは楽しみだ。自分と戦うというのはどんな感じなんだろうな」

「概ね好評だから、面白いんじゃないかな」


 自分と戦えるというのは普通なら絶対に体験できないことだ。本当にこの天使といると飽きる時がない。


「だがそういう危ないことは事前に言ってくれ。お前に何かあったら困る」

「にひひ、ごめんね」


 レージュは小さく舌を出して謝った。


               ☆・☆・☆


 朝日を受けて輝く金髪に照り映える浅黒い肌、それと半分になった宝玉の眼と純白の翼、どれを取ってもこの世のものとは思えないほどの美しさだ。そのとき、ヴァンはレージュの白い翼に目が行く。傭兵団『白き翼』。レージュが育った最強の傭兵団。彼らは今どうなっているのだろうか。もしも共に戦ってくれるなら、これほど心強い味方もいないだろう。


 そのことをレージュに聞いてみるが、ヴァンが期待したような答えは返ってこなかった。


「うーん。マルブルが落ちる直前は最前線にいたはずだけど、どうなっているかわからない。マルブルから逃げるときも、あたしは気絶してたしね。お目付け役ともはぐれちゃったし」


 えらく軽い感じで言うのでヴァンの方が心配になってくる。


「わからないって……。心配とかしてないのか?」

「大丈夫大丈夫。だんちょー(・・・・)は殺しても死なないし、他の皆も逃げ方は知っている。どこかで生き延びてるよ」

「信じているから、か?」

「そういうこと。あたしの方でも探しているんだけど、だんちょー(・・・・)たちが本気で隠れたら見つけるのは困難だ。たぶんオルテンシアを取り戻せば出てくるはずだよ。今はまだこの砦を奪還したのがあたしかどうか見極めているはずだからね。だから、今は先に進む事だけを考えよう。オルテンシアを取り戻して白き翼が合流できれば良し、できなかったらまた探しながら進むだけだ」


 クレースに結んだままの赤いリボンをいじりながらにひひと笑うレージュは、白き翼の生存を微塵も疑ってもいない力強い金色の瞳で空を眺めている。


「強いな、レージュは」


 自然と、言葉が出た。


「あたしは別に強くないよ。言ったでしょ。自分にできる事をやれって。だから、あたしが今できることは、前を向いて歩くことだ」

「では俺も一緒に突き進ませてもらおう。立ちふさがる障害は俺が叩き潰してやる。それがいま俺のできることだ」

「にひひ。ありがとね。でも、ヴァンの今やることは王様になる勉強なんじゃない?」

「あー、まあ、それはそうなんだがな。勉強は苦手だ」


 赫赫かっかくの頭を掻きながらバツが悪そうに視線を泳がす。図体のデカイ老け顔の男が子供みたいな事を言うと妙に可愛くなる。レージュはにひひと笑い、白いワンピースの裾を泳がせてヴァンの手を引く。


「ま、勉強は後でやるとして、とりあえずご飯食べに行こうか。ノワイエの焼いたパンは一日経ってもおいしいんだ」


 ヴァンは、レージュの小さな手から感じる強さにどこか危ういものを感じていた。しかし、この場では何も言わなかった。

15/12/20 文章微修正。(大筋に変更なし)

16/09/29 サブタイトル変更「旧:クレースの力」

16/12/27 文章微修正(大筋に変更なし)

17/03/28 文章微修正(大筋に変更なし)

17/07/09 文章微修正(大筋に変更なし)

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