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第二四話 「燕尾服軍師」★

挿絵(By みてみん)



 話は少し前にさかのぼる。

 レージュとヴァンが出会う一月ひとつきほど前。

 カタストロフ帝国首都ゲベーアム城にて――。


               ☆・☆・☆


 おそらくは、この大陸で最も大きく、最も高い建造物であろう。遠くから見れば山と見間違えるに違いないそれは、カタストロフ帝国の中枢ゲベーアム城である。天に伸びる城壁は何重にも構えられ、その堅固さを表している。この馬鹿でかい城に町一つが丸ごと入っているのだ。


 その規格外な城の最も空に近い一室で、深紅のドレスを身にまとい、革紐に十字架のトップが付いたネックレスを首に掛けた少女が外を眺め、朝日を浴びていた。

 金髪を流すその顔はまだ幼さの残る顔立ちで、体つきも少女そのものであるが、青空の瞳には確固たる決意の意志がある。


「あたしは世界が欲しい。父上が成し遂げられなかった世界統一を、あたしがこの手で成し遂げてみせる」


 豪語する少女の瞳には虚栄や虚勢の色はない。自信と気迫に溢れている。


「レシュティ姫様ならば必ずや達成できましょうとも」


 少女の夢に、燕尾服えんびふくの格好をした長身の青年が、大理石で出来たテーブルの上で紅茶を淹れながら静かな声で賛同する。


 以前は下女たちが彼女の世話をしていたのだが、この男が来てからは、身の回りの世話などは全て彼が一人で行っている。燕尾服を着ていて、まるで執事のような男だが、これでもカタストロフ帝国宰相なのだ。


「紅茶が入りました。本日のモーニングティーはマルブル産の茶葉です」

「もうマルブルではない。我がカタストロフの茶葉だ」

「失礼いたしました」


 赤と黒を基調として彩られた部屋は、重苦しい印象を受けるが、レシュティにとってはそれが心地よくもある。窓から空を睨みつけると、大股で燕尾服の男の元へ歩いていく。テーブルの横にある真っ赤な絹が貼られた椅子が笑顔の男によって引かれ、少女も当然のように深紅のドレスの裾をちょいとあげてその椅子に座り、優美な動作でカップを手に取る。


「素晴らしい香りだ」


 琥珀色の紅茶を賛美して一口飲み、音をたててカップを置く。


「だが、これでは世界は取れない。他国からの侵略を防ぐことはできない。自国の民を守ることはできない」


 文化や思想だけでは何も守ることができない。現実に響くのは武力だ。圧倒的な軍事力だ。それがこのお姫様の持論である。


「力で民を支配するのは当然のことだ。民は、はっきりと分かりやすい差がないと困惑してしまうからだ」


 武力という単純明快な支配こそが、世界統一に最も優れた力である。生産力だの財力だの文化力だのという不完全で曖昧な力では成し得ない。話し合いだけで物事が解決するはずがない。しかし、今まで数多の指導者が武力による統一を目指したが、その全てが道半ばにして倒れている。なぜか。答えは単純。弱いからだ。その武力が足りないのだ。だが、首都に古代遺跡を有し、世界でもっとも多くの古代遺産を保有するカタストロフ帝国ならば可能である。世界最大の軍事力に古代遺跡、もはや今のカタストロフ以上に武力を持った国は、歴史書を紐解いても、神話の天使の国以外には何処にもない。我らの前に敵はないのだ。彼女は絶対の自信を持ってそう言った。


挿絵(By みてみん)


「連合軍との戦いが始まって半年が過ぎた。奴らの戦力は確実に減ってきている。マルブルに比べれば数は多いが、兵の練度や結束度がまるで違うな。マルブルは、敗れこそしたものの、あの結束力は目を見張るものがあった。それに匹敵するような手応えのあるのは極一部の大国だけで、あとは烏合の衆だ」

「左様でございますか」

「ところで」


 飲み干して空になったカップを音を立てて荒々しく置くと、金髪の少女は終始笑顔の燕尾服男を睨みつける。


「何故オルテンシアに三千もの兵を置いている。あれは連合軍とは反対側にある。鎮圧だけなら千人もいれば十分であろう。周辺の小国を警戒するにしても、数が多すぎる。中に籠もるだけならもっと少ない人数で――」

「小鳥が飛び立ちましたね」


 燕尾服の男が話の腰を折り、窓の外を指さす。指し示した方向には、先程レシュティが覗いていた窓から一羽の白い小鳥が大空へ向かって飛び立っていく姿があった。健気に飛ぶ、その小さく可愛らしい姿は、数瞬後に跡形もなく弾け飛ぶ。男は笑顔を張り付かせたまま、彼女の方を向く。彼女は長い筒のようなものを構えていた。


 この世界にまだ見ぬ技術。この世界にかつてあった技術。いつかの世で『銃』と名を付けられた武器を彼女は持っている。


 古代遺跡より発掘されたこの銃は、細く長い砲身を持ち、無骨だが鮮麗された美しさを備えている。本来、銃とは弾丸を発射する武器だが、銃の無いこの世界に銃弾などあるわけがなく、古代遺産であるが故に銃弾は必要ない。日の光を動力とするこの銃は、太陽の下にいればそれだけで使うことができる。この銃は、玉座に座るレシュティ姫への献上時にひとりでに作動し、なんの躊躇も無く彼女へ発砲した。発射された弾は少女の右目を目がけて飛んできたが、この笑顔の男がすんでの所でレシュティをかばい、少女は目尻とこめかみに傷を残し、血が涙のように流れた。この事態に側近たちは肝を潰したが、少女は大声で笑い、その銃を恐れたり壊そうとしたりせず、むしろいたく気に入り、自ら扱う武器とした。

 普段は十字架のネックレスとして首にかけており、少女の意志でいつでも銃へと変化するのだ。そして今、その銃は男へ向けられている。


「まさか、死神レージュが生きているとでも?」


 燕尾服の男は答えない。


「『レージュは死んだ』という報告は嘘だったのか?」


 睨みを利かせて銃口を男へ突きつけるが、彼は眉一つ動かさない。

 風が吹き、男の黒髪と少女の金髪が揺れる。


「本当ですとも、レシュティ姫様。私は彼女の目を抜き、羽をもぎ、全身に刃を突き立て、胸を裂いて心臓を切り離し、最後は業火にくべました。それでも生きている人間を、私は知りません」


 涼しげにそう言ってのけると、レシュティは鼻を鳴らして銃口を男の喉元に押し当てる。


「ずいぶんと嬉しそうだな」

「ええ、それはもう。また彼女に会えると考えるだけで興奮が収まりません」

「大した忠臣だな」


 試すように笑うと、少女は銃を下げる。


「もしもあいつが生きていて、天から遣わされた不死身の天使だと言うのならば、今度こそあたしの前に跪かせてやる」


 甲高い音を鳴らして銃は十字架のネックレスへと戻る。深紅のドレスの裾を蹴飛ばすようにして席を立ち、大きく開け放たれた窓へ近寄る。


「この地上だけではない。あたしは、空をも征服してやる」


 彼女は長い金髪を風になびかせ、青空の色をした瞳で空を睨み続けた。

16/03/20 文章微修正(大筋に変更なし)

16/09/29 サブタイトル変更「旧:天災の姫と燕尾服の男」

16/12/17 ロゴ追加。

16/12/29 文章微修正(大筋に変更なし)

17/03/28 文章微修正(大筋に変更なし)

17/04/04 文章微修正(大筋に変更なし)

17/07/09 文章微修正(大筋に変更なし)

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