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第二一話 「獅子軍師」

 日も射さない地下牢は暗く、異臭が満ちている。


 デビュ砦の地下牢は、罪人を捕らえておくというよりも、捕虜を置いておく部屋といった感じだ。かつてマルブルがこの砦を所有していた時はもっと綺麗にされていたのだが、カタストロフに奪われてからはろくに掃除もされていないのだろう。

 この陰気くさい、あまり長居したくないような場所に、ヴァンとレージュとオネットはいた。


「ああ、いたいた」


 レージュがのぞき込んだ牢には一人の男が半裸で鎖に繋がれていた。男は、様々な手段による傷を筋骨隆々な全身に負っており、髪もひげも伸び放題であったが、その獅子のような眼光は飢えた獣さながらの力を持っている。


「……なんだ、死んでいなかったのか」


 助けに現れたレージュたちを見ても、男は喜びもせずにそう言った。


「にひひ。あんたも元気そうでなによりだ。流石は鎧袖一触がいしゅういっしょくの獅子。丈夫丈夫」

「これがそう見えるならば、貴様のやかましい目もとうとう濁りきったようだな、小娘」


 明るく陽気なレージュの声と違って、男は獅子の唸りのような声で答える。


 彼がリオンであり、マルブルでは『鎧袖一触がいしゅういっしょくの獅子』『大陸最強の戦士』と尊称される武将だ。元々髭を蓄える彼だが、長い時間手入れもできずにおかれた今はまさに獅子のたてがみのようだ。

 籠城を得意とする守衛的なマルブルでは珍しく、城外へ出て野戦を得意とする将軍である。レージュとしては、彼の好戦的な戦力は好むところであり、人間としても好いているのだが、獅子の方はそうでもないらしい。


「……早く鎖を解け」

「わかってるって」


 鎖を外された獅子に最初に声をかけたのはオネットだった。


「貴公が無事で何よりだ。半年もこんなところに繋がれて、体のほうは大丈夫か?」

「久しいなオネット。この程度は問題ではない。カタストロフの軟弱なクソ共と違って頑丈にできているからな。いつでも戦場に立てるぞ」

「無茶はするな。せっかく助け出したのにすぐに死なれては困る」

「戦場に身を置いていない方がよっぽど死にそうだったぞ」


 リオンは獅子の様に歯をむき出して笑い、拳を突き合わせ、友との再会を喜んでいるようだ。

 ともに優秀な将軍であるオネットとリオンは同期であり、交流も深かった。リオンの方が少し若いが、そんなものは彼らにとって些細ささいな事だった。


「……あたしの時とはえらい違いだね」

「見ない顔がいるな。誰だ、こいつは」


 レージュが対応の違いに不平を漏らすが、リオンは無視してヴァンを見据える。ヴァンの方が少し背が高く、リオンはいぶかしげに、ヴァンは若干楽しげに見つめ合う。


「不敬だぞリオン。このお方は我らがローワ王のご子息であらせられるヴァン王太子殿下だ」

「ヴァンだ。オネットはああ言っているが、こういう場では俺に頭を下げる必要はないぞ。あくまで俺は代理だからな。ま、友人としてつき合って行こうぜ。よろしくな、リオン」


 この間まで義賊の頭であったヴァンは、おおよそ王族らしくない言葉と仕草で手を差し出す。それを見て、リオンは低い声で笑う。


「なるほど。確かに陛下に似ているな」


 差し出された手をしっかりと握り返して猛獣の笑みを浮かべる。


「よろしく殿下、リオンだ。野戦は俺に任せろ。カタストロフのクソ共の血で草原を彼岸花の原にしてやるぞ」


 ヴァンの顔を若干ひきつらせると、すぐにオネットに向き直る。


「オネット、我らが王はどうなったのだ。クソ共の話では囚われたと聞いたが本当なのか」

「遺憾ながら事実だ。ローワ王はカタストロフに捕まり、何処におられるかは分からん」


 壮絶な舌打ちとともにリオンは石の壁に拳をお見舞いする。地下牢全体を震わすほどの衝撃を与えた拳が壁から離れると、レージュがいつもの気楽な調子でしゃべり出す。


「大丈夫、あの爺さんはそんな簡単に死なないよ」


 先ほどまで無視していたレージュを、猛獣の目が素早く捉える。


「なぜ貴様はそんな事が言える」

「信じているからさ」


 隻眼せきがんの天使の答えは簡潔なものだった。俺の時と同じだな、とヴァンは密かに苦笑する。


「あたしは爺さんと約束したんだ。お互いに目標を達成するまでは、絶対に死んじゃ駄目だって。だから、大丈夫」

「そんなことで納得できん!」


 なんの根拠もない言葉に、猛獣の怒りは増す。


「納得できないなら、あんたが話を聞く蒼天の軍師の立場から言ってあげようか、リオン。カタストロフにとっては、爺さんは殺すより生かしておいた方が都合が良いのさ。なぜか。持ってるだけで、こっちに対して大きく有利だからだよ。それに、いざとなったら人質にもできる。カタストロフが余程の阿呆じゃないかぎりそう使うだろうね」


 持っているだの、使うだのと、蒼天の軍師は国王を物のように言う。その事に更に腹を立てる忠臣リオンだが、レージュの言っていることは筋が通っている。熱く猛っていても、心には一本冷えているものがあるリオンは、口をへの字に曲げて黙り込む。


「ま、とにかくここから出よう。変な臭いがクレースに付いちゃう」

「そうだな」

16/12/27 文章微修正(大筋に変更なし)

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17/05/09 文章微修正(大筋に変更なし)

17/07/09 文章微修正(大筋に変更なし)


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