第一五話 「唐揚軍師」
その夜。
数々の天幕が張り並ぶ中、豪奢な装飾が施された一つの天幕があった。その中には、ランプの光に照らされた六つの顔が並んでいる。
「それじゃあ無事に合流できたことだし、これからの作戦を指示するよ」
レージュがパルファンに火をつけずに口でくわえる。唇と舌でパルファンをもてあそびながら、十字架のサークレットを手で持って回し始めた。
作戦会議の場である天幕に集まったのは、レージュとヴァン・オンブル・オネット・ビブリオ・スーリの六人だ。円を描くように座り、中央には地図やら紙やらが敷き詰められている。
まず、ヴァンという王位継承者が立ったことを世間に広める必要があると彼女は言う。そうすれば、それを聞きつけたマルブルの生き残りがやってくるはずだ。
マルブルが焼け落ちた日に、王都に駐留していた兵は数少ない。マルブルに人的余裕は無く、常に戦力のほとんどが前線に向かっていたからだ。王都陥落の報を聞いたマルブル軍は、散り散りに逃げだし、今もどこかでカタストロフ軍から逃げ続けている。しかし、彼らは決して臆病者なのではない。彼らが逃げ続けているのは、レージュが予めそのように指示していたからだ。彼女は、負けるつもりなど毛頭無いが、最悪の事態は常に想定している。王都が陥落するようなことがあっても、そこで終わりではなく、そこから這い上がるためだ。
生きて、時を待て。
その言葉を信じ、彼らは天使の報を今でも待っている。
「しかしな、いくら生き残りが多いといっても、マルブルの総兵力はカタストロフに大きく劣るだろう」
「その通り。カタストロフの兵力が全部こっちに向いたらとても勝てない」
ヴァンが言葉をはさむと、レージュは不敵に笑う。彼女はヴァンとの問答を楽しんでいるようだ。
「でもね、カタストロフはマルブルを落とすのに必死になりすぎた。古代遺産の力を悪用すれば、当然周りの国から非難される。現に今も世界各国から敵として見られてるしね。さらに、強大すぎる力を使ったから、マルブルはボロボロで占拠してもうま味が少なすぎる。戦いには勝つべきだけど、三年も戦った末にアレじゃあ勝利とは呼べない」
古代遺産を大規模な攻撃行為に使用することは協定で世界的に禁じられている。しかし、大なり小なり古代遺産を戦争に使用する国は少なくない。大国ならばなおさらだ。そこで自分たちの不利にならないように、『古代遺産全てを兵器としての使用を禁ず』とせずに、『大規模な攻撃行為を禁ず』などと曖昧にしているのだ。どの程度が大規模なのかは、誰にも分からない。
ともあれ、その禁を犯したとされたカタストロフ帝国は、世界中の国から貿易や支援を破棄され孤立している。その事に憤慨して暴君と化したカタストロフ帝国は、近隣の国々を喰らい、自国の兵として吸収し、無茶な進軍を繰り返して、急速に領土を拡大している。世界最大の軍事力を有するカタストロフ帝国に焦り始めた国々は、慌てて連合軍を結成し、カタストロフ帝国を迎え撃った。だが、連合軍の結束は甘く、思うように戦えていないのが現状だ。
大陸は二分され、肥大したカタストロフ帝国が中央から東を占拠し、西側とカタストロフ帝国の周囲を連合軍が包囲している。だが、東側はマルブルを含め陥落した国が多い。そのため、包囲を脱したカタストロフが未だ優勢というのが現状だ。しかし、これはレージュにとってはそう悪くない状況であった。
マルブル陥落から半年が経過したが、未だ両者とも十分な戦力が残っている。しかし、このまま戦い続けては、この大陸は疲弊してしまい、どちらが勝利したとしても、すぐに滅びてしまうだろう。
「だからあたしたちが動く必要がある。連合軍を援護するように後ろからカタストロフをつついてマルブルを奪還する。そして、再びカタストロフ包囲網を作って全員で叩き潰す」
「しかしよく連合軍なんて結成できたもんだな。国なんて自分のところの利益と損失しか考えてないと思っていたが、意外とやるときはやるんだな」
「それなんだけどね、なんか勇者っていうのが立って国々を煽動したんだ。何回か会ったことがあるけど、変わった奴だったよ」
閑話休題。
「ま、先の話は一旦置いといて、今はデビュ砦を取り戻すことに専念しよう」
現状の世界情勢が把握できたところで、本題へ移る。
「まずは、なんで数ある砦の中からデビュ砦を選んだかって話なんだけど、主な理由だけ説明するね」
デビュ砦を最初に選んだ理由の第一に、リオンという武将が捕らわれている事を上げる。その名を聞いてオンブルが口笛を吹く。
「リオンなら知っているぜ。直接会ったことはないが、マルブル一の戦士とも言われているようだな」
「その情報は少し違う。あの男は大陸最強の戦士だ」
オネットがベタ褒めするほどの戦士であるリオンを取り戻すことは、単純に軍の戦力を向上させるだけでなく、戦場で無双すれば敵は恐怖に戦き勢いを失うだろう。むしろそっちが重要とレージュは指摘する。
「そのリオンを連合軍に取られたくないから反対側に置いたみたいだけど、完全に裏目にでたね」
見えず、数も少ないであろうマルブルの残党よりも、実際に攻めてくる多大な連合軍を優先するのは当然のことであるが、カタストロフは少し優先し過ぎたようだ。
「そして、あの砦は立地が良い。森の中の開けた平野にあって日当たりが良いし、周囲には川もある。守りやすく攻めにくい。占領されたマルブル領の端っこだから、連合軍とは反対の位置になる。よって守ってる戦力も少ないし、カタストロフの帝都からも遠いから援軍も遅い。良いことずくめだ」
「……概ね良いことだが、それは守っている側にとっての話であって、攻撃をする俺たちには辛い条件がまじってないか?」
「攻めるってのは、何も武力を行使する事だけじゃないよ。実際、武力で攻めるなら到底無理な話だからね」
レージュは、床に置いてある紙の束を広げ、書いてある内容が皆に見えるようにする。ここにいる者はスーリを含めて全員字が読めるので、いちいち説明する手間が省ける。
「斥候や周辺住民からの情報によると、砦内の敵兵はおよそ五百人。連合軍とは正反対の砦だからかかなり少ない戦力だけど、それでもこっちの倍近い。それに……キメラと思わしき影も一つ確認されている」
その単語に、天幕の中の空気が一層張りつめる。
古の技術で生み出されたキメラの戦力は、一体で歩兵千人分とも言われており、その存在は無視できるものではない。
「更に相手は砦に籠もっている。こっちはろくに攻城兵器も無いから正面突破は無理だね。そもそも砦を武力で攻めるのは良くないんだよ」
籠もる相手と戦う場合、相手の数倍から十数倍の戦力は必要だ。なので、たとえ勝っても攻めた方が被害は大きいことはざらだ。
「こういう時は兵糧責めが有効だけど、それは自分たちに後ろ盾があるときだけだ。あとは、彼らに出てきてもらって野戦することもできるだろうけど、無駄に兵を減らしたくないから、戦闘は極力回避すべきだね」
「じゃあどうするんだ」
「大丈夫。このあたしに任せておきなさい」
レージュは胸を反らして手で叩く。
彼女は自身の考えた策を、周辺の地図とデビュ砦内の見取り図を使って披露する。皆静かに聞いていたが、思うところは様々であるだろう。オネットは感心するようにうなずき、ビブリオは興味津々に眺め、スーリは不機嫌な顔をして、オンブルは顎に手を当てて口角をわずかにあげる。そして、ヴァンは少し不安そうだ。
「……そんな事で本当に上手く行くのか?」
「ご安心なされませ殿下。彼女は三ヶ月も持たぬと言われた我が故郷を、三年も守り続けるどころか、逆にカタストロフの帝都近くまで侵攻した実績があります」
この場で最年長であるオネットは、彼らの中でレージュと最も長くつきあっており、その信頼も厚い。
「戦争ってのは長くするもんじゃない。カタストロフが古代遺産を持っていないか、周りの国がもう少し物分かりが良かったら、二年以内にカタストロフに勝てたんだけどね」
大げさに腕を上げて、ため息をつく。
「過ぎたことを言ってもしょうがない。あたしの策に異論が無ければ決まりだよ」
誰からも反論の声が無いことを確認すると、レージュは手の平を叩いて音を出す。
「よし、作戦会議終了。以後は本作戦を唐揚げ作戦と呼ぼう」
「……なんだって?」
重く張りつめた空気を、一瞬で霧散させた作戦名に、ヴァンが間の抜けた声を出すと、苦笑しているビブリオがそっと耳打ちする。
「彼女の妙な作戦名はいつもの事ですので、お気になさらずに……」
「本当に大丈夫なんだろうな……」
しかしこの変な作戦名のおかげで、緊張の糸が張りつめすぎず、良い具合になるのだが、その事は本人を含め誰も気付いていない。
16/01/27 勇者にあった回数を変更。(一回→何回)
16/03/13 文章微修正(大筋に変更なし)
16/09/16 文章微修正(大筋に変更なし)
16/12/27 文章微修正(大筋に変更なし)
17/01/17 文章微修正(大筋に変更なし)
17/03/26 文章微修正(大筋に変更なし)
17/07/08 煙草削除(大筋に変更なし)