ある日のオタクの恋模様 ―カピバラが 繋いでくれた その気持ち―
「なぁ友希姐さん、明日ヒマ?」
ワンルームのアパートの一室で、ベッドで横になりながら、携帯ゲーム機でモンスターをハントしていた私は、すぐ横で声をかけてきた相手に、一瞬だけ視線を向け返事を返す。
「……バイトは休みやけど、ウチ今素材マラソンで忙し――」
「そんじゃあさ、お出かけ付き合ってくんない? 行ってみたい所があんねんけど、1人で行くん寂しいし」
ベッドの脇に敷いた布団で仰向けに寝転がり、私と同じく携帯ゲーム機の画面に視線を向けている我が友じ――いや、悪友?……まぁ友人でいいか――であり、現在我が家に居候している“智也”。
まぁ、名前はどうでもいい。
どうせ兄さんとしか呼んでない。
“兄さん”と呼んではいるが、彼と私は兄妹ではないし、高校の同級生なので、年齢も同い年。
話すようになった頃、お互いが“兄さん“”姐さん”と呼び合っていたのが、そのまま定着した、と言うだけだ。
「いや、今のウチの話聞いとったか!? 忙しいって言っ――「日付変わるまでマラソン手伝おう」――まぁ、1日くらい付き合ったってもええよ」
呼び方のせいかもしれないが、正直、同級生男女ってより、それこそ兄妹とか同性の友達とかと一緒にいるような感じだ。
だからだろうか、こうやって長期休みになると、バイト先が近いからと、私の家に気軽に泊まりに来る。
はっきり言って、私の事を女と思ってないような気さえしている。
まぁ、そんな相手だからこそ、こっちも変に気を遣わなくていいし、貴重なゲーム仲間だし、と居候を認めてるんだけど。
「よっしゃ! んじゃ早速やっちゃお。 ターゲットは?」
「……砦龍」
「むっちゃめんどいヤツやん!? ……まぁ、ガンガンいこか!」
とりあえず、今は私の鬼マラソンに付き合って貰うとしよう。
どこ行くのか知らないけど、あわよくば、移動中もマラソンに駆り出してやる。
「んで? 結局どこ行くん?」
翌日、バイトの時の癖が抜けず、7時過ぎに目を覚ましてしまった私達は、そのままゴロゴロしつつ、ゲームの続きを暫し。
9時前に家を出発し、最寄りの駅から阪神線で移動を開始していた。
「あれ? 言うてへんかったっけ? 神戸どうぶつ王国」
「いや、聞いてへんなぁ!? ってかそう言う所は彼女誘って行き~や! なんでウチやねん!」
何が悲しくて、オタク拗らせたエセ兄妹二人で動物園行かなあかんねん。
「彼女おって姐さん所に泊まってたらヤバイやろ。 それに、好きやろ? モフモフ」
「ぅ……まぁ、好きやけど……どうせ柵越し――「ちなみに、ふれあいエリアもあるし、カピバラとかも触れるらしいで?」――よし、早よ行こ!」
カピバラ!
カピバラやって!
ホンマに触れるん?
ヤバイ、電車やのにニヤケてまう。
「ってゆ~か兄さん、ウチがカピバラ好きなん知ってたん?」
「そりゃ、携帯にストラップ付いてるし、家にもあっちこっちにヌイグルミあるやん。 さすがに予想付くわ」
そうこうしてる間に、三宮に到着。
そこからポートライナーに乗り換えて約20分で、目的地に到着した。
「思てたよりデカイ」
「ほな、チケット買って来るから、待ってて」
そう言って売場に向かった兄さんを尻目に、私はゲートの奥に見える光景に目を奪われる。
あれは、フクロウかな?
向こうに見えるん、トラ?
まって!? あれミーアキャットちゃうん!?
「お待たせ~……って、どないしたん?」
「……兄さん、やばい、ここ、天国かもしれん。 モフモフ天国……うん、モフ天やな」
「いや、新種の天ぷらみたいな言い方すんなや。 ほら、ボーッとしてんと行くで!」
ポカーンと立ち尽くしていた私は、兄さんに手を引かれて、ついにモフモフ天国へと足を踏み入れる。
その後はもうテンション上がりまくった。
しばらく見つめ合ってると首をかしげる、ミミズク。
ガラスに片手を付いて流し目してくる、イケメンなミーアキャット。
などなど。
入口付近だけでも大満足してしまいそうだ。
そのまま、手を引かれつつ、のんびり奥へと進んでいた所で、ふと気付く。
「あ、そう言えば、入園料なんぼやった? 忘れん内に渡しとくわ」
「あぁ~、もうええよ。 付き合って貰ってるんやし、奢りにしとくわ。 気になるんやったら、代わりに中で食べ物奢って」
「……そう? ありがと」
肩掛けのバッグから出した財布を入れ直し、再び手を繋いで――
「――って! なんでウチら、ナチュラルに手ぇ繋いで歩いてんねん! 恋人か!」
「……あ、いや、ほら、思ってたより、人多いし、はぐれるよりええやろ? なっ?」
「いや、はぐれたら携帯で連絡取れば――「ほら、次ふれあい見に行こ」――……あ、うん」
なんとなく釈然としないが、結局手を繋ぎながら次へ移動する事に。
そうしてやって来たのは、本日のメインとも言っていいエリア!
もうね、テンション上がりすぎて、着いて早々に、兄さんの手を振りほどいて、まずはカピバラとのふれあいに突撃。
撫でたり、ごはんあげたり、撫でたり、写真撮ったり、撫でたり撫でたり撫でたり。
「やばっ、幸せ。 マジ可愛いんやけど」
「ホンマ好きなんやなぁ……まぁ、確かに可愛いけど、姐さ――」
「せやろ!? ホンマ可愛いねんって! このポケーっとした表情といい、ヌイグルミに比べるとしっかりした毛並みといい、エサ食べてる時のモキュモキュ感とかもう最高やねん!」
「――お、おぅ。 楽しそうでなによりやわ」
兄さんが何か言いかけてた気がするけど、今はとにかく、この天国を満喫せねば!
あ、そうや――
「そうそう、兄さん。 改めてになるけど、誘ってくれてありがとうな。 たぶん、ウチだけやと来る機会なかったやろうし」
うん。
重度のオタク&人見知りな私に、彼氏が出来るとか、いつになるかわからんし。
さすがに、一人で来るんは勇気いるし。
「せやから、ホンマありがとう。 なんだかんだ助けてくれるとことか、いつもウチの事気遣ってくれるとことかさ、兄さんのそう言うとこ、ウチ、結構好きやで?」
「――――っっ!?」
「……いや、なんでそんな、目ぇ見開いて驚くん? 失礼すぎひん?」
これでも普段から割りと感謝はしてるんよ。
いつも、一人で倒すんめんどくさいヤツの狩り手伝わせたりとか、結構わがまま言ってる自覚あるのに、毎回ため息混じりでも手伝ってくれるんよね。
ホンマいいヤツやと思う。
なんで彼女できへんのか不思議なくらいやし。
あ、でも、彼女できたら、こんな風に遊ぶ機会なくなるんかなぁ……それはそれで、ちょっと寂しいかも。
「あ、いや、別に、礼を言われて、驚いたとかじゃなくて……その……」
「ってか、なんか顔赤ない? 大丈夫なん? ちょっとじっとしぃ」
挙動不審気味な兄さんの顔が、ちょっと赤い気がして、つい小さい子にやるみたいに、おでこに手を当てた瞬間。
「――だっっ! 大丈夫! ちょっと可愛すぎてヤバイから、犬猫エリアで頭冷やしてくる!!」
「あっ! ちょっと、兄さん!――まぁええか。 ふれあいエリアの辺りに居れば、迷子にはならんやろうし」
たしかに、カピバラは天使級に可愛いからな。
あ~なってしまうのも無理はない。
ん?
って事は、もしかして、私もさっきあんな真っ赤な顔でニヤケてたんか?
…………………………
「よし、ウチもちょっと頭冷やそう。 たしかあっちでカンガルー触れたはず」
「いやぁ、満喫した~! ……今何時やろ」
いろんな動物をモフり倒し、最後にやっぱりカピバラに戻って来ていた私は、ふと、沢山いた他のお客さんが減ってる気がして、携帯で時間を確認する。
━━14:55━━
時刻は午後3時前……今日の営業時間が午後4時までだったはずだから、あと1時間くらいで閉園と言うわけだ。
「そう言えば、犬猫エリアにも行ったけど、兄さんおらんかったな」
さては迷子んなったな。
仕方ない、電話したろ。
携帯で番号を呼び出し、コールする事数回。
「あ、もしも~し。 兄さん今――『もしもし、友希姐さん!? どこ行ってしもたん?』――いや、どっか行ってしもたんあんたの方やんか」
『あ、いや、あれは、その……ごめん』
「んで? どこにおんの?」
『ふれあいエリア探して見つからへんかったから、俺は今アルパカの方に来てんけど――』
「あ、それじゃあそっち行くから待ってて――って、あれ? ヤッバ!充電切れた!」
……まぁ、いいや、アルパカに行けば会えるでしょ。
それから約40分。
「あかん……全然おらへん」
アルパカ、カンガルー、レストランまで、いろんなエリアを探したけど、兄さんは見つからなかった。
時間だけがどんどん過ぎて、まもなく営業終了する旨の館内放送が響き、周りから人が居なくなっていく中、後片付けをし始めるスタッフに、「落とし物ですか?」等と声を掛けられながら、とぼとぼと兄さんを探し歩いていく。
「あ……ここ……」
あてもなく歩いていた私が辿り着いたのは、ほんの数時間前、兄さんと別れた、カピバラエリアだった。
「――ぅ……ぐすっ……」
急に沸き上がって来た寂しさに、涙が出て来てしまう。
そんな私の側に、一匹のカピバラが近付いてきた。
「――慰めてくれるん? おおきにな」
「なに泣いてんねん。 そんな寂しかった?」
しゃがんでカピバラを撫でていた、私の手元が影で暗くなり、それと同時に、頭の上から、ずっと聞きたかった声が聞こえてきた。
「――泣いてへんもん。 兄さんのアホ」
ホッとしたせいか、涙が止まらず、「泣いてない」と行った手前、顔もあげられず、蹲ったままでいた私は――
「……ごめんな、友希姐さんを自分勝手に置き去りにして。 寂しい思いさせて」
――そんな言葉と共に、後ろから抱きしめられた。
「……ちょっ!? 兄さん?」
「ホンマごめん。 ほんのちょっと離れてただけやのに、もう、離したくないって思ってしもて……せやから、ずっと言えんかった事、やっぱりちゃんと伝えるわ」
「俺、やっぱり、友希さんの事好きやねん。 だから、俺と――」
この日、1つの関係が終わりを迎え、そこから、新しい関係が始まったのだった。
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ちなみに、こちらは、いでっち51号様が企画された『なろう恋フェス♥️』への投稿作品となっております。
字数制限に苦しみましたが、なんとか1つ目は書き上げられました。
恋愛小説、ムズいです……(泣)