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第98話「勇気」

(は⁉︎ ……まずい。完全に屋台を堪能してた! 目的を忘れるところだった!)


 心乃香は満たされた腹に満足して、このまま祭りを後にするところだった。


「そろそろ花火が上がるね? ……見に行かない?」


「あ、もしかしてあの場所に? ……でも、大丈夫か?」


「? ……何が?」


「足。前来た時さ、足痛そうだったから。今日も下駄だしさ……」


 斗哉が、心乃香の足元を指さした。二年前、そんなことに気が付いていたのかと、心乃香はほんの一瞬、息が止まった。


「あ……大丈夫。ワセリン、指の付け根に塗って来たから。そんなでもない」


「へー、そんな方法あるんだ? じゃあ、行くか。でも、痛くなったら無理すんなよ」


 心乃香はその斗哉の気遣いに、胸が苦しくなった。勘違いしそうになる……自分が彼にとっての、特別な友人なんじゃないかと、錯覚しそうになる。


 でもきっと、彼は友人に対してはみんなにこうなのだ。それは、五十嵐や菊池に対しての感情を見ても分かる。彼にとっては誰もが特別で、特別ではないのだ。


「はー、懐かしいー! 全然変わってないな、ここ」

 

 いつの間にか頂上まで来ていた。ちょうど夜空に、鮮やかな花火が上がった。あの時は、最後まで一緒に見ることができなかったことを、心乃香は思い出した。


 もうこんな風に、彼と花火を見上げることもないかもしれない。せめて今日は、今日だけは……彼の隣で最後まで、花火を見届けたいと心乃香は思っていた。

 


***


 心乃香と斗哉は、無事花火の最後を見届けると、しばらく余韻に浸っていた。


(……言わなくちゃ……)


 心乃香は、そう思うのに声が出ない。人がポツポツとその場を去り、静けさが襲って来た頃、斗哉がポツリと呟いた。


「……帰ろっか?」


 その一言は、心乃香にこの祭りの終わりを、はっきりと自覚させた。


***


(終わっちゃう……終わっちゃうんだ……)


 心乃香は、見晴台からの階段を降りる中、呪文のようにその言葉を頭に巡らせた。


 この階段を降りきり、神社を出たら終わってしまう。確かに、今日終わらせなくても良いのかもしれない。

 また何かに誘ったら、斗哉は付き合ってついて来てくれるかもしれない。気持ちを伝えるのは、その時でもいいかもしれないと、心乃香は思った。


 ただ姉の言うように、彼も何かしらの、ケジメをつけるために来ていたとしたら、ここで引き伸ばすのは、得策なのだろうか? 


 どんな形になったとしても、ここでケジメをつけて、彼をこのしがらみから解放してあげるべきではと思った。思えば自分が「絶対許さない」と吐いた時から、彼は呪いに縛られていたようなものだ。


(もう、許してる……怒ってなんかいない……)




「八神」

「……ん?」


 斗哉は、心乃香に呼び止められて振り向いた。


***


「……今更って、思うかもしれないけど……」

「……?」


(ダメだ……声が、声が出て来ない)


 心乃香は思うように、言葉を続けられなかった。


 永遠とも言える刹那の時間が、二人の間に流れた。

 斗哉は不思議そうな顔で、心乃香を見ている。


「あの……私……」

「……」


 心乃香は「はあっ」と深呼吸し、斗哉を改めて見据えた。

 


「……八神のことが……好きなの」

「……」


 瞬間、夏の生暖かい風が二人の間を吹き抜けた。斗哉は無表情で心乃香を見つめていたが、やがて、顔を僅かに(しか)めて呟いた。


「……え?」


 

つづく

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