第96話「返事」
姉の『返事がすぐこなければ脈なし』という言葉が、心乃香の頭を過っていた。
たとえそうだとしても「行けない」と一言返信してくれればいいのにと、心乃香は考えてしまっていた。
人を誘うと言うことは、そう言うこともあるのだと、心乃香は改めて思い知らされた。待っているあいだ、しんどすぎるのだ。
返信すらできないほど、忙しいのかもしれないと、考えることで気持ちを落ち着ける。もう自分とは、関わりたくないと言うことかもしれないと思うと、心乃香は胸が張り裂けそうだったからだ。
でもそれも仕方ないことかもしれない。思えば、彼には辛く当たってばかりいた気もすると、心乃香の視線は宙を舞った。
別段辛く当たっていた意識はないが、この自分の性格自体が、彼には耐え難かったのかもしれない。
かもしれないではなく、恐らくそうだろう。
元々違う世界に生きてきた、交差することは本来なかった相手だ。これが本来あるべき世界だったのだと、心乃香はぼんやりと考えるようになっていた。
***
心乃香がメッセージを送信して数日経った頃、祭りの日の直前に、斗哉からのメッセージがきた。
『返事遅くなってゴメン。どこで何時に待ち合わせる?』
心乃香は、もう返事がこないものと思っていたので、斗哉から返信がきたことにギョッとした。
返信はすぐにこなかったが、誘いには乗ってきた。これは、姉の恋愛観的にはどっちなんだろうと考えた。心乃香には、恋愛経験がなさすぎて判断しかねた。
***
「えー⁉︎ 返事きたの? 行くって? そんなのもう脈ありだよ!」
「……え? でもすぐ返事がこなかったら、脈なしって……」
「行くって言ってきたんでしょ? だったらありでしょ!」
「え……」この前と言ってることが違うではないかと、心乃香は姉に不信感を覚えた。
「あ……でも、待って! 心乃香の気持ちに気が付いて、どう断るか悩んで返信遅くなったパターンもありか……」
「え? わざわざ会って断ろうしてるの? その場合、会いたくないんじゃない? 文面で伝えれば済むことじゃ……」
「誠実に断るなら、直接会ってと思ってるかも?」
誠実? あいつにそんなものあるもんかと心乃香は思ったが、恋愛経験が乏しすぎて以下略。と言うか、この前までは完全に煽ってきていたのに、姉の態度はどうしたものかと、心乃香は困惑した。完全に姉に遊ばれている気がした。
「もういい。とりあえず明日行って来るよ。それだけ。じゃ……」
心乃香が姉の部屋を出て行こうとした時、心乃香はガシッと腕を掴まれた。姉はニヤリと不気味に微笑んだ。
***
「え……もう、いいのに……」
心乃香は、このパターンに内心うんざりしていた。姉と母親がまた浴衣を引っ張り出して、着付けると言い出したのだ。
「何でそんなテンション低いのよ! 今日は勝負の日でしょ? 勝負服着て行かなくてどうするのよ!」
「いや、前着た時、下駄痛かったし。それに……」
心乃香は、初めて斗哉と祭りに行った時のことを思い出した。
「浴衣姿、不評だったし……」
「え⁉︎ 不評? そんなこと言われたの⁉︎ ほら、お母さん、絶対こっちの色の方が良かったんだって!」
浴衣の色の問題ではない。えー心外と、二年前の浴衣を選んだ母が、項垂れてしまった。
「絶対、心乃香に似合ってたのに。それに八神君なら、何でも褒めてくれそうなのにー」
あいつに、どんなイメージを持っているのかと、心乃香は少々呆れた。確かに貶された訳ではないが、褒められもしなかった。
きっと自分の浴衣姿なんて、どうでも良かったのだろう。それを考えると、またこんなに、めかし込んで行くなんてと、虚しくなってくる。
「不評って、似合ってないとか言われたの? ……いつもと違う心乃香の姿に、びっくりしただけじゃない?」
姉に負けず劣らず母親もポジティブだ。どうしてそんな、前向きな考えに至るのだろう?
「いや、何も言われなかっただけ……」
「なんだ!」
「え?」
「じゃあ照れてただけね! それが恥ずかしくてコメントできなかったのよ!」
凄まじい陽の解釈に、心乃香は言葉を失った。前向きすぎて、もう怖い。
心乃香の心の内も知らず、母親と姉はワイのワイのと心乃香を着付け出した。
そのあまりの楽しげな様子に、たとえ今日、斗哉との縁が完全に切れてしまっても、今度は本当に二人の思いに報いることができるのだと、心乃香は目頭が熱くなった。
今度は嘘じゃない――
つづく
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」「今後どうなるの⁉︎」
と思ったら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちで、もちろんかまいません。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。